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毎週小説

一週間ペースで小説を進めて行きたいと思います

並木の丘 10

2007-02-24 13:51:52 | 並木の丘
前澤の押しの強さに、我儘だと分かっていても押し切られてしまった。多分そうなるだろうと想像できる程、自分の優柔不断さもいつも通りで、一層の事、かけこみ寺にでも逃げてしまいたい衝動に駆られた。
同じ日の夕方、明日は一日自分の家に居なさいと久美子に命令され、弥生は渋々了解した。土、日はいつも逃げていたので、健吾にも再三催促されていた。
土曜の昼前に、健吾と千恵子が昼食用の買い物に出かけたので、慎一と二人きりになった。
「あのう、これから何て呼んだらいいんですか?」
慎一が改まった顔でいきなり聞いてきたので、一瞬戸惑った。
「何てって、私の名前の事?」
「そうです」
「そう言われても、まだ・・・名前のままでいいけど」
「お姉さんではいけませんか」
「お姉さん!」
弥生はくすぐったいような恥ずかしさと共に、未経験の快感を覚えた。
「わ、わたし、そういきなり言われても」
「これを受け取って下さい」
慎一は一冊の本を差し出した。アガサ・クリスティの推理小説だった。
「この短編集は女性が主人公なのでいいかな、と思って」
「アニメで似たようなのを見た気がするわ」
「本のが絶対面白いですよ」
「有難う、私本を読む事が少なかったから、早速読んでみるわ」
弥生が打ち解けてきたので、慎一は明るい顔になってきた。
4人で食事をしたが、弥生は大人に対する反発がまだあり、夕方には叔母の元に戻っていた。
「もう出てきちゃったの、晩御飯も食べてくればよかったのに」
「だって、疲れたから」
「まだまだね」
「それより叔母さん、昨日はどこに行ったの?随分お洒落して出かけたじゃない」
「なに言ってるのよ、この子は、あなたには関係ないの」
「いい人と泊まってきたの?」
「本当に怒るからね、大人をからかって」
「だって朝電話したら留守だったから」




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並木の丘 9

2007-02-17 20:45:05 | 並木の丘
久美子の許可が出たのをいい事に、弥生は金曜の夜から月曜の朝まで入り浸る様になっていた。自分では引っ越した気分になっている。
梅が咲き揃った2月下旬、久美子は前澤ときちんと話し合いたくなり、金曜日の夜、代官山デンマーク大使館近くにあるカフェレストランで待ち合わせた。
彼は現在専務になっており、多忙の中だったが、無理を聞いて貰った。
「お忙しい時期に呼び出したりしてすいません、家に来て頂ければよかったのですけれど、いま娘が一人居候しておりまして」
「ああ、君の姉さんの」
「そうなんです、いくら言っても聞かないものですから」
「あなたに取っては可愛い一人娘みたいなものでしょう」
「小さい頃からよくなついておりました」
「私に遠慮する事はないのだから、好きなだけ置いてやればいいでしょう」
「でも、申し訳ないですわ、これだけお世話になっていて」
「前にも話したけど、あのマンションはあなたのものですよ、とっくに名義変更もしてあるし」
「でも、私には高価すぎますわ」
「なにを言っているのですか、ずっと前に会社を辞めたがっていたあなたを、私の為に引き延ばして婚期も遅らせてしまった、謝るのは私の方ではないですか」
「まだ独身でいるのは縁が無いからで、義明さんとは関係ありません」
「いや、すまないと今でも、これからも思っていくでしょう」
「もうよろしいんですよ、私の事を考えるのは、これからの仕事に差し支えがあってはなりません」
「このまま別れてくれとでも言いたいのですか?」
「そういう時期が来ているのではありませんか」
「時期なんてありません、姪御さんが居るのなら、こうして表で会えばいいではないですか、また音楽会に行ったり、そうだ、来月は年度末で忙しいけど、今年の春は遠野に桜を観にいきましょう、遠くの山との調和が美しいですよ」





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並木の丘 8

2007-02-12 10:18:12 | 並木の丘
昼食を一緒にしてから、休日になると時々勝野家の二人が遊びに来るようになった。最も弥生はクラブ活動や友達との付き合いで外出する事が多く、出掛けに挨拶をする程度なのだが、帰りは必ず叔母の住まいに寄り、晩御飯を済ませるのが当たり前になっていた。
「たまには早く帰ったら、お父さんも気にしているんじゃない」
「いいのよ、あっちはあっち、ねえ叔母さん、私の着替えを持ってきてもいいでしょう、都合の悪い時は絶対来ないから」
「隠れ家を作る気ね」
「こういう生活をいまから練習しておかなくちゃ」
「困った子ね」
久美子はもうあまり心配しなくなっていた。いくら止めても弥生は必ずやってくるだろう、思い込んだら一途な性格だから、自分も少しは見習いたいと思うのだが、こればかりは性格でどうにもならない。
中途半端な生活というか、付き合いを一旦清算したいと会社を辞めたものの、ずるずると今まで引きずられてきてしまった。
一層の事、本当に弥生との生活を始めてしまった方がはっきりした意思表示になるのかも知れない。
そんな風に考えていたある土曜日の朝、健吾が、近くまで来ているので伺っていいでしょうか、と電話をしてきた。
「弥生がよくお邪魔しているようで、すまないと思っています」
「とんでもない、今は自分の娘だと当たり前の様に感じているから、不思議ね」
「そう言って頂くと助かります、私が不甲斐ないもので、娘一人もちゃんとみてやれなくて」
「そんなに考え込むことないですよ、健吾さんさえよかったら、弥生ちゃんが居たいだけ居てもいいんですよ」
「有難うございます」
「どうでしょう、とりあえず週末は私の所に居るようにしたら、そうすれば勝野さんも健吾さんの家に泊まる事もできるし、最初は近くで暮らしながら徐々に慣れていくのもいいんじゃないかしら」
久美子の提案に、健吾は黙って聞き入っていた。
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並木の丘 7

2007-02-10 15:54:19 | 並木の丘
「私、余計な事を聞いちゃったかしら、ごめんなさい」
「ううん、いいのよ、女が独身で長く勤めているとあまりいい事がないから」
「そんなものなの、会社って」
「あなたの世代の人達は違うかもしれないわ、もっと割り切れるかもしれないからね」
久美子は、弥生には20才を過ぎたら話してもいいと考えていた。最もその前に気づかれてしまうかもしれないが、そのほうが楽でいいとも思っている。
入社当時から営業部に配属され、最初の5年間は事務仕事だけだったが、会社を訪れて来る得意先にお茶を出したり、接客の手伝いをしている内に、その美貌故なのだが、夜の接待に是非連れてきて欲しいとの希望が強く出され、困った上司から一度だけの約束で出席させられることになった。
お酒は結構飲める方でカラオケも上手い、忽ち夜の主役に踊り出て、本人の意志とは別に接待係を任される様になり、幾度となく配置転換を申し出たが、その都度給料が上がり、係長の肩書きも付くようになった。
こうなると諦めと割り切りの気持ちが出てきて、仕事に専念していたが、30才になった春、新しい営業本部長が就任してきた。
前澤義明、この会社前澤工業3代目で将来の経営者候補、一族のリーダーでもある彼が、修行と勉強の為大手銀行に勤めていたが、時期とみて自分の会社に戻ってきたのである。
中小企業の一族にありがちな尊大ぶったところは感じさせず、部下や役員に対しても一管理職として接してきたので、最初過敏な神経を使っていた女子社員達にも人気が高まっていった。
義明は久美子の存在も以前から聞いて知っていたらしく、最初から細かい用事を全部久美子に回してくるので、周りの社員も遠慮して、事実上義明の専属秘書になっていった。
出張も多く乗物の予約もよく頼まれるが、その内2枚ずつ購入する様になり、久美子が券を預かって朝待ち合わせるようになっていくのである。
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並木の丘 6

2007-02-05 20:25:27 | 並木の丘
昼食まで一緒に居ようということになり、駅ビルB館8階のレストラン街に入った。
健康をテーマにしたビュッフェスタイルのレストランがあり、好きなものを選びに動けるので弥生には気が楽だった。
1時間程で食事が終わり、久美子と弥生は皆と別れ、新宿へ買い物に出かけた。
早速、約束のバッグを探す為である。
「あー気が疲れた、長かったわ」
「でも弥生ちゃん、割と感じは良かったんじゃないの?」
「まだ分からないわ、猫かぶっているだけかもよ」
「あの男の子ちょっと変ってるわね」
「うん、そうね」
準特急だったが30分も掛からず新宿駅に着いた。
東口を右方向に出た近くの店で、G社のハンドバッグが並べられていたので、弥生は気に入った形の物をかなり迷いながら探して買って貰った。
「叔母さん、有難う、私こんなにいいバッグ持ったの初めてよ」
「よく似合うわ、あなたは顔もスタイルもいいから得ね」
「そんな、もう少し大人にならないと合わないんじゃないかしら」
「そんなことないわ、皆とうまくやっていくのよ」
「まだ自信ない」
二人はその先のデパートに向かっていた。次は久美子の買い物に付き合う番である。
久美子は春物の服を試着して次々に買っている。弥生は不思議に思った。
叔母は現在仕事をしていない、昔両親は工場を経営していた、と母に聞いたことはあるが、遺産を沢山相続したのだろうか、でもそれだったら母だってもっとリッチな生活をしていた筈だが、極めて質素だった。趣味に凝る訳でもなく、友達と出かけたのも見たことがない。
買い物疲れでデパート内の喫茶店に入り、弥生はフルーツパフェを頼んだ。こういう時しか食べるチャンスがない。
「叔母さん、いまは会社に行ってないんでしょう、普段は何をしているの?」
「会社を辞めてから3年経つわ、色々あってね」
急に重い雰囲気になってきた。
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並木の丘 5

2007-01-24 20:24:01 | 並木の丘
「姉も師範の資格を持っていたのですが、勝野さんは何年教えていらっしゃるのですか」
「丁度3年になりました、まだ新米なんです」
「お弟子さんは何人位いらっしゃるの」
「60名を越えたところです」
「3年でその人数は悪くないわ、ねえ、健吾さん」
「ええ、その他に会場や会社の飾りつけの依頼も結構多いんですよ」
弥生は大人達の会話を聞き流しながら、勝野親子を観察していた。
千恵子は想像していたよりも地味で控えめな感じがして、母に似ていなくもない。
慎一はというと、端に座って場違いの所にいる様な格好で本を読んでいる。根暗なのかな、何の本だろうと見ようとしたが、見えなかった。
「弥生さんは、なにかクラブ活動をなさっているのですか」
千恵子が聞いてきた。
「いまはバレーボールをやっています」
「スポーツが好きなんですね、うちの慎一は本ばかり読んでいて、もう少し活動的だとよいのですけど」
「でも読書はいいね、いまの学生さんはインターネット中心で本はあまり読まなくなってきてるでしょう、慎一君、何の本を読んでいるの?」
健吾の質問に、慎一は重そうに口を開いた。
「シャーロックホームズです」
「ああ、ホームズね、僕もよく読んだな・・第一作は緋色の研究、でしょう」
「そうです」
「この子は学校の校内誌というんですか、そこによく推理小説のようなものを投稿しているんです」
「ようなものじゃなくて、推理小説だよ、まだまだ未完成だけど」
「じゃあ、慎一君は将来小説家希望なんだ」
「なれるか分かりませんけれど、書物に関わる事をやっていきたいんです」
「いまから目標を持っているんだから、大したものだよ、僕の友人の中にも出版関係の人はいるから、将来役に立てるかも知れないよ」
慎一が話すようになってきたので、健吾は嬉しそうだったが、弥生は不満足だった。

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並木の丘 4

2007-01-21 11:15:01 | 並木の丘
少し風邪気味だったので、うがいをしようと洗面台においてあるコップを使おうとしたが、大きいのと小さいのが二つある。無意識に小さいのを手に取ったが、大きいのは男性用なんだろうと自然に感じた。部屋を見回しながら叔母の近くに戻ってくる。
「何をあちこち見てるの、まだ自分の住みか探し?」
「うん、まあそういうところ」
弥生は少し気が削がれてしまった。さっきの冗談がもし本当だったら、簡単に引っ越して来れそうにない。
「桜ヶ丘って言うくらいだから、桜で有名だったのかな」
「昔はね、駅周辺が名所だったそうよ」
「今でも坂を上っていくところの桜なんか、私好きよ、ここは駅からも近いし、いい場所ね」
「そろそろ出かけた方がいいんじゃない」
「いいわよ、待たせる位で、私挨拶だけしてすぐまたここに戻ってきたいから」
「でもお昼を一緒に食べるつもりでいるわよ、きっと」
「やだなあ、叔母さん何か理由作ってよ」
「我慢しなさい、その代わり後で好きな服でもバッグでも買ってあげるから」
「そう、それならしょうがないか」
弥生はブランド物のハンドバッグがとても欲しかったのである。
店まで10分も掛からないが、約束より少し遅れて着いた。
健吾が立ち上がり迎える用意をしている。
「勝野さん、娘の弥生です」
「初めまして、勝野千恵子と申します」
「高辻弥生です」
「あの、息子の慎一です」
そういって紹介された中学生の男子は、黙って立ち上がり頭を下げたが、痩せ型で背が高く内向的にみえた。
「健吾さん、私が一緒にお邪魔してすいません」
久美子は、弥生が固まっているのが明らかだったので、何でもいいから喋らなければ、と内心汗をかいていた。
「いえ、とんでもない、いつも頼りにしてしまって、」
「織田久美子と申します」
「勝野です、お話は度々伺っています」

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並木の丘 3

2007-01-18 05:17:34 | 並木の丘
日曜日の昼、聖蹟桜ヶ丘駅交差点近くの喫茶店で、叔母同伴を条件に会う事を了解した。
挨拶だけしてすぐに叔母の元に逃げようと考えていた。近い将来の仮住まいだ、といまから計画している。
当日、健吾は相手の家族と一緒に喫茶店へ向かうことになったので、弥生は朝、叔母のマンションに行き、一緒に出かける様にした。
「叔母さんが母親だったらなあ、小さい頃からとっても良くしてくれたし、私のお母さんは堅すぎるっていうか、時々疲れる時があったから」
「本当の親はそういうものよ、育てるのは大変なんだから、私はたまに会ってお小遣いをあげたり、なにか贈り物をすれば喜んで貰えるけど、毎日そうはいかないでしょう」
「それだけじゃないわ、ねえ、叔母さんのマンション3LDKでしょ、私の部屋は充分有るわよね」
「いまからそんな事考えるんじゃないの、本当に困ったらいくらでも相談にのってあげるから」
「本当よ、本気であてにしてるからね・・・やっぱり丘側がいいな」
「なにいってるの、しょうがないわねえ」
久美子は少し困り始めていた。確かに弥生とはとても気が合う方で、姉も、私と居る時よりもずっとよく喋る、と話していたのを思い出す。
でも、いくら一人住まいだといってもそれなりの生活がある。
「叔母さんは今でもこんなに綺麗なのに、なんで独身なの?」
「なんでって、だから、縁がなかったのよ」
「うそ、大恋愛の不倫でもしているんじゃないの」
「まあ、なんて事言うの、この子は、いつからそんな風になったんだろう」
「私だってもう子供じゃないんだから、男と女がどうなるか、なんて全部知ってるわ」
「いい加減にしなさいよ、大人しく聞いてればいい気になって」
「わー怒った、お手洗いにいってきます」
弥生はからかったつもりはなかった。母よりもずっとお洒落のセンスも良いし、話題も豊富で面白い。
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並木の丘 2

2007-01-02 06:37:57 | 並木の丘
「健吾さん、この間はお疲れ様でした」
「いろいろ手伝って頂いて助かりました」
「姉もこれで満足してくれたと思いますよ・・・ところで弥生ちゃんから聞いたのですけれど、再婚の話がでているそうなのですが」
「そうなんです、確かに時期が早いと言われればその通りなんですが、お互いの家庭環境を考えると、今がいいのかな、と考えたものですから」
「お父さんは私の事より、自分の環境を優先しているんじゃない」
「弥生ちゃん、話を聞きましょうよ」
「相手の方は勝野千恵子さんというのですが、6年程前に離婚して、中学一年の男の子と暮らしています。彼女は会社の仕事は半分で、後の半分は、いけばなの師範をしています」
「あら、おはなのお師匠さんなの、姉も習っていたわね」
「ええ、同じ流派でした、私の会社の飾りつけにもよく来ていて、それで会う機会が増えたのですが」
「それはよい才能を持っているわね、弥生ちゃんも教えて貰えるじゃない」
「私、興味がないわ」
「お幾つなの?」
「現在38才です」
「私より一つ下ね、若くていいじゃない」
「叔母さんが家に入ってくれればよかったのよ、独身なんだから」
「なに言ってるの、こういう事は全て縁なのだから。それで具体的にどうするかは考えていらっしゃるのですか」
「弥生の気持ちもよく分かりますので、すぐ結婚して同居するというのではなく、お互い行き来して親交を温めてから検討しようと思い、明日家に連れて来ようと考えていました」
「明日来るの、私いい、まだ会いたくない」
弥生は立ち去ろうとした。
「弥生ちゃん、ちょっと待って、ねえ健吾さん、いきなり家で会うというのも何だから、どこか近くのお店で挨拶する位にしておいたら、今回は」
「そうですね・・・弥生、それなら会ってくれるかい?」
「挨拶位ならいいけど、私行きたい所があるから」

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並木の丘 1

2006-12-31 07:25:06 | 並木の丘
百草園は江戸時代から続く梅の名所として有名である。現在は約800本、樹齢300年を越える老木も有る。
松尾芭蕉の句碑や、若山牧水の歌碑も、この多摩丘陵に佇んでいる。
この春高校2年になる高辻弥生は、淡い桃色の花が好きだった。紅や白だけが梅ではないと思っている。
自分が住んでいる京王堀の内からも割と近く、花の見頃や紅葉の時期は、必ずコンパクトカメラを持って何回も訪れている。
今年も春の撮影は梅の花から始めようと行く日を決めていたのだが、その週の火曜日、今度の日曜日を空けといてくれ、と父の健吾に頼まれた。
またあの件だ、やだって言ったのに、弥生は納得できなかった。
母の3回忌が終わったばかりだというのに、父から再婚話を持ち出され、反発していた。
早すぎるのではないか、それに私は他人と暮らすなんて嫌だ、それなら寮のある学校か、叔母さんの所に行ってしまいたい。そう思うと堪らず翌日の夕方、聖蹟桜ヶ丘に住む叔母の元へ駆けつけた。
「久美子叔母さん、あんまりでしょう、いくらなんでも早すぎるわ」
「そうね、そうかも知れないけれど、でも一度会うだけ会ってみれば、それから自分の意見を言うといいわ」
「叔母さんから言ってやってよ、私そんな話聞きたくもないし、関わりたくないんだって」
「でもお父さん、会ってくれって言ったんでしょう」
「私、叔母さんの家で預かってくれない、最悪の場合」
「最悪って、再婚した場合って事」
「決まってるじゃない、私他人と暮らすなんて絶対嫌なんだから」
「それは分かるけど・・・難しい問題ね」
弥生は、もう半分は家を出ようと決めていた。途中で出て行く位なら、最初から一緒でない方が良いと考えているのである。
週末の土曜日、織田久美子はケーキを持って高辻家を訪ねて来た。











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