光の風☆★

~画家すずきゆきおの世界~
 夢と希望に癒しの芸術を
生み出す画家の日々の、つぶやき

雑感165(隙間?)

2018-11-09 | 日常
朝は起床5時、
制作は午前中で終えてしまう。

日々、ほとんど変わらない過ごし方。
ここのところ制作のペースが落ちてるような気がしてならない。
落ちている分が読書の量に比例しているのか?

それはそれなりに以前と同じく過ごしているにせよ、
1日の時間に隙間が生じていると感じてしまう?

何か、大事な忘れ物を、
しなければならない用事があったように感じてしまう。

マロン、ヤエが亡くなって、
1日に2回の犬の散歩が無くなったその時間が、
隙間として感じられているのか?

そうでもあり、
そうでもない。

今年の個展後、
ほんの一時、体調を崩していた夏でした。

もしかしてある年齢になると、
有るという年齢の壁からくる、
一時の不調だったのかも知れない。

ふと、時間の隙間を感じたり、
何かやるぺき事を忘れていると心配して、
手帳を確かめたりする漠然とした不安。

何よりも制作の進捗状況が良くないから、
なおさらです。

年齢相応の心構えになっていない、
そのアンバランスから生じている
隙間の感じかもしれない。

実年齢からくる体力と、
年齢相応からくる心構えとの齟齬を、
意識として把握していないことが、
日々に感じる隙間感を生んでいるのかもしれない。

そうだ!
72歳は爺さんだ!
年寄りは年寄りらしく。
鏡を見るたびに実年齢を感じることを、
年齢と体力の齟齬を少なくするために。
というわけで髭を生やし始めた?

老いの装いとしてアゴ髭にして三ヶ月。
明らかに老け顔に変身したみたい。

先日、バスの中で、
同年配らしきお爺さんから席を譲らてしまった。(苦笑)


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雑感164(こだわり)

2018-09-15 | 絵画
隣町の今は無いKデパートに、
母に連れられて見に行った「山下清・展覧会」
確か私は11歳。

黙々とサインをする山下清さんを、
何か変わった大人だと思った。
その後、山下清の絵を真似て描こうとするが、
点々の細かい表現が難しくて、
自分の絵が描けなくなったので、
すぐに真似をするのは止めた。

子どもの頃から絵にこだわりを持っていたのですね?

山下清展から、
61年も経った遠く過ぎた日のことです。

ついでに昔話をしますと、
山下清展から約1年後の小学6年生の時です。
初めて図工の専任の先生に教わることになった。

図工のT先生は長髪でいかにも芸術家の雰囲気。
展覧会で賞を取っているとのウワサもあった。

T先生の授業は、しばらくは楽しかったが、
すぐにつまらなくなった。

隣の席にいた友達が、
T先生にウケる絵は簡単だよと言う。

友達は画用紙に絵具を垂らして、
筆でぐちゃぐちゃにして描いた。

デタラメに描けばT先生に褒められるという。

たしかに友だちの絵は評価が良かった。

ぐちゃぐちゃにすれば良くて、
それ以外の描き方はダメとするT先生に幻滅する一方、
図工の時間はつまらなくなってしまった。

昔のことを思い出すと、
子ども心に絵へのコダワリが強かったのだと思う。

そんな子どもだっから、
紆余曲折があっても画家になったのだとわかる。

画家への種はすでに撒かれていたようです。

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雑感163(とりとめのない日)

2018-06-28 | 日常
今日は、とりとめのない日!にしようと決めて、
それこそ完全にオフの日にした。
とりとめのない日!にしようと決めたというのも、
変な表現です。
決めたというのでは、とりとめの無さ!の純粋性?が消える。

何もしたくないと決めた。
何処も行かない。
制作もしない。

まとまった読書もしないで、
数冊の本を拾い読み。

個展の数日前は、
溜まっていた疲れが、
どっと出るのかどうかは分からないが、
1日は終日何もしないで、
とりとめの無い日!を過ごすことが多い。

とは言っても、
洗濯をして干して取りこみ、
掃除をしたりお米をといだりしたから、
食器を洗ったりした。

おまけにブログを書いたりしているから、
とりとめの無い日!とは言い難いが、

制作をしない日の、
なんと抑揚の無い、とりとめの無さであること。

驚くべき平坦な日であること。

ましてヤエの散歩も世話もないことの、
平板な日の虚しさ。

またしてもヤエを思ってしまう。

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雑感162(ヤエとリズム)

2018-06-21 | 
ヤエが亡くなってから1ヶ月。
私達夫婦の年齢を考えたら、
犬と暮らすのもヤエの死をピリオドとしたい。

長いものです。
犬と共にいたのは計5匹で年数は40数年です。
いつも傍らに犬がいたわけです。

40数年の今、
初めて犬がいない生活。

歴代5匹の中でヤエは唯一、
ほとんど室内で過ごしていたので、
いつも私の傍らにいた。

制作している時も近くにいた。
なににしても側にいた。

ヤエの世話をしながら制作をしていたわけです。

ヤエが亡くなってから1ヶ月、
私は体調を崩したのが2日ある。
すぐに体調は元にもどり
制作をしていたが、
気がついてみたら、
熟読しなければ理解できない本を、
読んでいない。

そう言えば制作も、
個展出品のものは、ほぼ出来上がっているので、
正確には制作も読書も、
ここ1ヶ月いつものペースではない。

意識せずにいようと思っても、
喪失感が強い。

ヤエは亡くなる数時間前、
寝ていた姿から座りなおして、
私の目をじっと見詰めていた。
その時間、約1時間。

笑みを含んだ優しい眼差しで、
私を見つめていた。
どうした、ヤエ!と言いながら、
私は視線を合わせて話しかけていた。

あの時のヤエの目を思い出してしまう。
あのような目的を持たない、
欲求もしないで、
ひたすら私に向かって、
お父さん!という語りかけの、
無私の眼差し。

私は、不穏なものを感じて、
ヤエ、どうした!と声かけをしていた。

我儘な甘えん坊のヤエが、
もしかして自分の最後を本能的に感じて、
最後のお別れと感謝の気持ちを私に伝えていたのだろうか?
そのように考えたくなるヤエの眼差しだった。

どうも、この1ヶ月、
私の生活のリズムが狂っている。
変わらないスケジュールの日々を過ごしているつもりが、
どこか微妙にズレが生じているようだ。

ヤエは、いつも私のそばにいた。
制作されていく絵も見ていたと思う。

ヤエの大小の世話に食事、
散歩。
もろもろの世話をしながら、

それらが制作と混然と一体になっていたリズムが、
今は無くなった。

微妙に生活のリズムが破綻しているようだ。

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雑感161(原型への問いかけ)

2018-06-04 | 絵画
私は何処から来て何処に行くのか?
たとえば、このように自らに問いかけて
何十年も経ったような気がしている。

制作をすることは、
自らの魂の原型に問いかけているのかもしれない。

だからと言って、
この青色は何の言葉
この黄色は何の言葉に思いを示すという具合に、
対応するわけでもないし、
簡略な図式として対応するものではない。

もっと感覚に素直に従った、
もっと日常に即した手仕事の地味な営み。

時として人はいう。
少年の心をいつまでも忘れずに持っていると、
褒めたつもりが実は違う。

少年は大人になり、そして老人になる。
いつまでも少年であるということは、
成長していないことである。

長老だといわれて、
はじめて褒め言葉だということです。

ときとして人はいう。
明るい絵ですね!
明るい性格なんでしょうね。

私は何処から来て何処に行くのか?
父母未生の以前を、
いつも問いかけて何十年経つかもしれない。

明るい絵が生まれても、
決してたんなる性格判断の図ではないはず。

自分が生まれる前の
原型はどのようなものか?

それは如何に?

こつこつと地味にマチエールづくりをして
日が暮れていく。


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