光の風☆★

~画家すずきゆきおの世界~
 夢と希望に癒しの芸術を
生み出す画家の日々の、つぶやき

雑感140(懐旧は逆行?)

2016-09-12 | 精神世界、道徳
新たな一歩を踏み出すために、
どうしても断捨離が必要となったが、
取っておいても不要な物は捨てている。
思い切り捨てる。

同時に今までの歩み、
特に画業の事に関することは、
ある程度は記録として残して保存している。

雑誌に書いたエッセイも残しておきたい。
エッセイも今思うと、けっこう書いた。

作品の画像の写真は残しておきたい。

個展のハガキは本当に多い。
それだけ沢山の展覧会をしてきたのだと感慨深くなる。

整理整頓が不得手なのでストレスになってしまう。

頂いた手紙も捨てられないので、
どのように保存したら良いのか?

どうしても資料の整理整頓は、
過去を振り返ってしまう。

忘れていた過去の記憶が蘇ったりするから、
懐かしい反面、

どうしても気持ちが後ろ向きになってしまうのは否めない。

制作をしていると気持ちが前向きになる。

制作は休みなくしているので、
断捨離をしていても、資料の整理をしていても、
まあ元気が削がれることはないと!

強がっても何処か晴れやかではない。

「一日の懐旧は十日の逆行を来す。
一年の旧談は十年の背戻(はいれい)を至す。
美行佳話と雖も、事の今日に益なきものは必ず皆わが進学を害す。
百年学んで得る所なし。
終に廃頽のみ。(新井奥遂 聖言)」

厳しい言葉だが正にそうです。

しかし!と言って新井奥遂先生に抗弁を一つ。

青虫が蛹になる前に、
しきりに沢山の排出物を出していきますが、

新たな一歩を、
新たな日々を後半生に繰り広げるためには、
今は必要な断捨離に、
整理整頓ということです。

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雑感139(シンプル)

2016-09-05 | 日常
私はとみに生活がシンプルになっている。
年齢からくるものかもしれないが、
元々、ストイックにすることに抵抗がない。
抵抗が無いと言い切れるのは、
老いたからこそかもしれない。
しかし老いにすべての元があるとは言えない。

今の世の中はグルメの時代で、
味について蘊蓄を傾ける人を見かけるが、
私の子どもの頃は敗戦後の食糧難の、
その意味においては大変に厳しい時代だった。
世の中全体がそうだった。

同世代の友人を見ていても、
あまりグルメの人は少なく、
まあ、とにかく腹一杯に食べられたら良い。
味は二の次という按配である。

だからと言って食を疎かにして無関心ではないが、
どこか食を飽満にすることに、
特に私は無意識に警戒するところがあるような気がする。

シンプルという話題が、
どんどん脱線し始めたので、
話しを戻します。

明治のキリスト者で隠者。
新井奥遂(1846~1922)という優れた宗教者がいます。
彼の塾に出入りしていた人の中に、
内村鑑三や田中正造がいたらしい、
この二人は新井奥遂を深く尊敬をしていたという。

求道者として厳しいが温かい人柄で、
なおかつ寡黙。

日常の営みのエピソードで、
特に私が気に入ったのがある。

以前は酒飲み画家で今は水飲み画家の私が、
特に気に入っているものです。

「先生は酒を嗜まれた。しかし御馳走は酒一合と焼味噌で十分、
お手数の料理は必ず無用とその文面にある通り、
簡素そのものであった。
主として秋田の酒の頂きものであった。」

お弟子さんの文面から引用しましたが、

道を究める謹厳な求道者が時にして、
酒を嗜むというところが、
それも酒一合と焼味噌で十分というところが気に入っている。

私が酒飲み画家だった頃は、
一人で飲む晩酌でも酒一合にしておこうと思っても、
時として、いや時としてではなく、
いつも一合は二合になってしまった。

さすがに二合止まりになったのは、
かろうじてある自制心ではなく、
妻の視線が防波堤になっていたような気がする。

でも晩酌には酒の肴は
わずかなツマミで十分でしたから、
そのてんは稀有な求道者と一緒。

人間の内容ではなく、
酒の嗜みかたが新井奥遂と一緒で、
シンプルだった。

だった!と過去形なのは禁酒中だからです。

*新井奥遂の遂という字はもっと複雑な字ですが、
 私のパソコンでは変換されなかった。


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雑感138(水飲み画家)

2016-09-03 | 絵画
10数年前までは
毎日欠かさずお酒を口にしていたのが、
嘘のように今は飲まずにいても平気になった。

年齢と共にお酒が弱くなると聞いていたが、
たぶんその例にもれない。

さほどに飲みたくないのです。
どこか体調が悪いわけではない。

お酒を生涯の伴侶と位置付けていたのが、
信じられない。

以前は時として、
昼間からチビチビ飲みながら制作していたが、
今や、そんなことをしょうと思わないし、
したいとも思わない。

その代わりが、
水です。
健康のために水を飲むようになっている。
ということは爺さんということです。

意識して四季を問わず、
チビチビと水を多く摂っている。

水飲み画家です。

理想はカスミを食するようになる。
そうならば仙人画家。

話しは飛びますが、
先般の個展で、
古くからのお客様から、
色彩が以前に増して明るく鮮やかになっていますが、

特別に何か秘密の策が有るんですかと訊かれた。
それは一人二人ではなく、
かなりの人数からの質問でした。

自分が良しとする色彩よりも、
ほんの少し明るく強くしているかもしれないと答えたものです。

なるほど、
そうですか。

納得していただける。

だいたい、こういう類の会話は、
絵の核心に達せずに周辺部分のものですが、

もしかしてお酒の
代わりに水を飲むようになったからだと言ったら、
それこそあまりに絵の核心から遠すぎる。

以前より色彩が強くなっているのは、
それだけ私が元気だという証しでもある。

お酒よりも水のが健康に良いということだろうか。

でも友人からの、
今度、一杯しましょうと言うお誘いは断ってはいない。

まさか、一杯しましょうとの問いかけが、
水であるわけがないですからね。

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