背中の声
背中の声
山口敏太郎
@過去の聞いた不思議な話、蔵出し
現在、私は千葉県の船橋市に住んでいる。
当然、この船橋でも毎週のように、様々な人から、多くの話を聞いている。
人には、必ずと言って良い程、怪談・奇談のひとつは持っているようだ。
ある老人Sさんから話を聞いた。
「そうだな…、あの話だけは思い出したくなかったんだが…」
濁った瞳をうるませながら、Sさんは語り始めた。
震えるその手には古い銘柄のタバコが挟まれている。
「あれは、わしが南方に送られた時の事だった。ある意味、厭戦的なムードがあった大陸での戦線とは違い、南方はもう殺戮戦だった」
Sさんは、満州事変の頃から終戦まで闘い続けた職業軍人であった。終戦に近い頃は南方の某地域で闘っていたという。
「わしの部隊はな、上陸してきた敵に果敢に突撃していったんだが、敵の砲火の前に全滅してしまった。仲間の肉片が飛び散る中でな、わしは気を失ってしまった」
老人が意識を取り戻した頃には夜になっており、周りは味方の死体でうめつくされていた。(助かった… 今なら逃げれる。ジャングルを越えてとなりの入江に行こう。あそこには、まだ味方がいるはずだ)
Sさんは、闇に紛れジャングルに逃げ込んだ。そして、方向も分からず歩き続けた。どうやら生き残ったのは自分だけのようである。
(あんなにいた仲間も俺独りになってしまったのか)
心細いやら、情けないやらで涙と鼻水をすすりながらSさんは、ジャングルを彷徨った。「おーい、貴様は、日本人だろう」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。
(はっ誰だ)
Sさんは一瞬身構えたが、周りには誰もいない。
「ここにいるよ。どうやら足をやられた。動けないんだ」
Sさんが目を凝らしてみると、闇の中で木の根っこにしがみつくように日本兵が横たわっている。戦友のTだった。
「おい T!無事だったのか」
Sさんは、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
真っ暗なジャングルで生き残った戦友にあったのだ。
「馬鹿言え、足をやられて無事とは言えんぞ」
Tの足は考えられない方向に向いていた。
「おい、S!自分はもう歩けない。せめて遺品だけ国の家族にもっていってくれんか」
Tは遺品をSさんに預けようとした。
「何を言うんだ。共に戦った仲間を見捨てる程、俺は落ちぶれてはおらんぞ、貴様を背負って友軍に合流してみせる」
Sさんは、動けないTを背負うとジャングルを歩き始めた。しかし、磁石すら持っていないSさんはジャングルの中を何度も迷い続けた。
(困った、俺達はどっちに行けばいいんだ。)
何日も彷徨い、Sさんの苦悩は続いた。
「おいSよ、さっきと同じ場所を通っているぞ、俺は背負われながら通る道筋の枝を折ってきたんだが、どうも同じ道を何度も歩いている」
背負われたTが指摘した。
「そうか、ありがとう。どうも自分は方向音痴でいかん、誘導してくれんか」
Sさんの申し出でTが誘導を始めた。そして、ようやく5日目の朝に友軍の陣地にたどり着いたのだ。
「やっとついたぜ T、おまえのおかげだ」
そう言うとSさんは疲労の為、倒れ込むと気を失ってしまった。
Sさんが意識を取り戻したのはそれから数日後の事であった。
(あれっ俺は失神していたのか、Tはどうなったんだ)
傍らにいる軍医に訊ねた。
「自分が背負ってきたTくんは元気でしょうか」
軍医はその問いに一瞬答えを詰まらせた。
「何か Tの身にあったんですか?」
軍医は大きく溜息をつくと、言い聞かせるように話を始めた。
「いいかい Sくん 落ち着いて聞き給え、Tくんは死んだ」
「ええっ死んだって…」
Sさんはその言葉の意味がわからなかった。足が負傷しているとはいえ、あれ程元気だったTが死亡したなんて…。
「いや、正確に言おう、Tくんは死亡していた」
「…!!?どういう意味ですか」
「とっくに死亡していたんだ。どう見ても死後1週間はたっている。君が背負った頃には既に腐敗が始まっていたはずだ」
「……」
「つまり、君は遺体を背負って5日間ジャングルを徘徊していたんだ。この陣地についた時、遺体は腐敗が進み、ぐちゃぐちゃで、水のようにどろどろに溶けてたよ」
山口敏太郎
@過去の聞いた不思議な話、蔵出し
現在、私は千葉県の船橋市に住んでいる。
当然、この船橋でも毎週のように、様々な人から、多くの話を聞いている。
人には、必ずと言って良い程、怪談・奇談のひとつは持っているようだ。
ある老人Sさんから話を聞いた。
「そうだな…、あの話だけは思い出したくなかったんだが…」
濁った瞳をうるませながら、Sさんは語り始めた。
震えるその手には古い銘柄のタバコが挟まれている。
「あれは、わしが南方に送られた時の事だった。ある意味、厭戦的なムードがあった大陸での戦線とは違い、南方はもう殺戮戦だった」
Sさんは、満州事変の頃から終戦まで闘い続けた職業軍人であった。終戦に近い頃は南方の某地域で闘っていたという。
「わしの部隊はな、上陸してきた敵に果敢に突撃していったんだが、敵の砲火の前に全滅してしまった。仲間の肉片が飛び散る中でな、わしは気を失ってしまった」
老人が意識を取り戻した頃には夜になっており、周りは味方の死体でうめつくされていた。(助かった… 今なら逃げれる。ジャングルを越えてとなりの入江に行こう。あそこには、まだ味方がいるはずだ)
Sさんは、闇に紛れジャングルに逃げ込んだ。そして、方向も分からず歩き続けた。どうやら生き残ったのは自分だけのようである。
(あんなにいた仲間も俺独りになってしまったのか)
心細いやら、情けないやらで涙と鼻水をすすりながらSさんは、ジャングルを彷徨った。「おーい、貴様は、日本人だろう」
蚊の鳴くような小さな声が聞こえた。
(はっ誰だ)
Sさんは一瞬身構えたが、周りには誰もいない。
「ここにいるよ。どうやら足をやられた。動けないんだ」
Sさんが目を凝らしてみると、闇の中で木の根っこにしがみつくように日本兵が横たわっている。戦友のTだった。
「おい T!無事だったのか」
Sさんは、顔をくしゃくしゃにして喜んだ。
真っ暗なジャングルで生き残った戦友にあったのだ。
「馬鹿言え、足をやられて無事とは言えんぞ」
Tの足は考えられない方向に向いていた。
「おい、S!自分はもう歩けない。せめて遺品だけ国の家族にもっていってくれんか」
Tは遺品をSさんに預けようとした。
「何を言うんだ。共に戦った仲間を見捨てる程、俺は落ちぶれてはおらんぞ、貴様を背負って友軍に合流してみせる」
Sさんは、動けないTを背負うとジャングルを歩き始めた。しかし、磁石すら持っていないSさんはジャングルの中を何度も迷い続けた。
(困った、俺達はどっちに行けばいいんだ。)
何日も彷徨い、Sさんの苦悩は続いた。
「おいSよ、さっきと同じ場所を通っているぞ、俺は背負われながら通る道筋の枝を折ってきたんだが、どうも同じ道を何度も歩いている」
背負われたTが指摘した。
「そうか、ありがとう。どうも自分は方向音痴でいかん、誘導してくれんか」
Sさんの申し出でTが誘導を始めた。そして、ようやく5日目の朝に友軍の陣地にたどり着いたのだ。
「やっとついたぜ T、おまえのおかげだ」
そう言うとSさんは疲労の為、倒れ込むと気を失ってしまった。
Sさんが意識を取り戻したのはそれから数日後の事であった。
(あれっ俺は失神していたのか、Tはどうなったんだ)
傍らにいる軍医に訊ねた。
「自分が背負ってきたTくんは元気でしょうか」
軍医はその問いに一瞬答えを詰まらせた。
「何か Tの身にあったんですか?」
軍医は大きく溜息をつくと、言い聞かせるように話を始めた。
「いいかい Sくん 落ち着いて聞き給え、Tくんは死んだ」
「ええっ死んだって…」
Sさんはその言葉の意味がわからなかった。足が負傷しているとはいえ、あれ程元気だったTが死亡したなんて…。
「いや、正確に言おう、Tくんは死亡していた」
「…!!?どういう意味ですか」
「とっくに死亡していたんだ。どう見ても死後1週間はたっている。君が背負った頃には既に腐敗が始まっていたはずだ」
「……」
「つまり、君は遺体を背負って5日間ジャングルを徘徊していたんだ。この陣地についた時、遺体は腐敗が進み、ぐちゃぐちゃで、水のようにどろどろに溶けてたよ」