『トラや』南木佳士
著者の南木佳士は「ダイヤモンドダスト」で芥川賞を獲った作家で医師でもある。
本書は重い鬱病を抱えて苦しむ作者本人が、ひょんな事で飼う事になった野良猫「トラ」に、
鬱病の為とかくギスギスしがちな家族の雰囲気がやわらげられ、
いつの間にか、その鬱病自体も治癒していく様子を描く。
「トラ」は病気が治っていくのと歩みを同じくするように老衰して行き、
やがて死ぬ。
南木が描写する鬱病の状態は興味深く、
私自身の、一時期自殺を真面目に考えていた頃を思い出させた。
南木によると、鬱病の特徴として不眠が挙げられると書かれている。
なぜ不眠になるかというと、
心体が弱ると、他から攻撃されはせぬかと防御本能が過剰になり、眠れなくなるのだという。
私の場合、明け方にハッと飛び起きるような事は時々あったが、
眠れないということは無く、私は鬱病ではなかったようだ。
また本書では南木は心が弱く、木々を見て泣き、虚空を見つめて意味無く涙を流す。
私の自殺観は
「自殺」というよりも「自裁」または「自決」という感じであり、
死に追い詰められるとか、この世から消滅したいというものではなく、
もっと積極的に死に向かって行き、死を選び取るというもので、
死に対する敗北感は希薄で、むしろ死ぬ事により勝利を得るという気分であったように思う。
この本は新聞の書評を読んで興味を覚えたもので、
07年11月初版で、南木の最新作なのだが読み物としては軽く淡くそして浅い。
ただ、鬱病の症状の描写は面白く、これを読みながら、
腎臓を患い、体力が落ちていくことを日々体感じながらも、
精神だけは強くしなやかでありたいものだ、、と改めて思った。
★★☆☆☆