毎日を楽しく

新しい発見”ミッケ”

糸島

2009年05月06日 | 親戚 友 仲間
      
  〈友の畑 二丈町一貴山〉           〈裏の竹林から収穫した竹の子〉

糸島に行こうと急に思い立った。
一人で電車で友の家に行くのは初めてなので不安だったが、車の運転はまるで自信がないので仕方がない。
JR博多駅から地下鉄空港線に乗換え、筑肥線唐津行き筑前深江駅に無事降りたった。
(いつの間にかに、JRと地下鉄がドッキングしていて新鮮な小旅行になった)

10年前、友は都会から田舎へ移り住んだ。
養鶏を始めたその頃にも私たち夫婦は訪ねたことがある。
夫は、荒れた畑に背高く伸びた雑草を草刈り機で払い、少しでも野菜ができるようにと、1日中農作業をしてくれた。
友は真面目にコツコツ働くので、困った時は誰かが手を差し伸べ助けてくれる。
そのころ書いた文章がある。



和子よい
和子とは初めての職場で知り合い、もう40年もたつなり。
糸島での養鶏場は女手一人でさぞ大変なむ。
鶏は元気に走り回り、おいしい卵を生んでいる様子、順調でなりよいやち。
自然との厳しい生活も早3年、よう辛抱して頑張っているなむ。
イノシシや猿とも共存しよって感心しうる。

和子よい、今のわが楽しみは、毎夜寝床で本をよむことなり。
村田喜代子作「蕨野行」を読んでいるなり。
飢餓・貧困の江戸時代、食い口を減らすためワラビの衆は、60になると野に入るなり。
木の実、獣、魚を捕り、飢えをしのぐなり。冬の真白き野をいかに超えつるか。
江戸の棄老は悲しきかな。
われら昭和の時代に生を受け、幸せなりける。

和子よい、お互い齢60に近くなりたる。平成の婆はいかに生くべきか。
身体はなえ、頭もかすんでいくなり。
若き者に甘えることなく、人の役立てば心豊かに暮らせるらん。
共に老いてみようぞ。
近いうち、糸島の魚と沢ガニ飯とビールで語り、笑い合おう。



6年前の真面目くさった投稿用の文章は気取っていてこそばゆい。
この時期より月日が経ち、友は2年前60歳で晴天の霹靂、初めての結婚をした。
やさしい伴侶ができ新婚生活を送っている二人は、テレビドラマのシナリオのようだ。
鶏は3百羽から百羽位に減らしたが、裏の竹林も購入し、ブルーベリーも出荷できるようになった。




「ココココッコケー おいしい卵生みましたよ」と太陽が当たった鶏小屋の中から色艶の良い羽の鶏たちが教えてくれる。
生みたての卵をパックに詰めると私も軽トラの助手席に乗り込み、お得意さまへの配達にくっついて行く。
道の駅や福岡天神の店などから注文もあるが、ほとんどは各家庭への配達が多いようだ。
単価は高いが、安全な発酵餌や野菜を食べさせる正直者の友の養鶏場の卵は人気で、有難いことに配達を待っていて下さる。

鶏の健康維持のため野菜農家へ新鮮なキャベツの外葉を取りに行ったり、日頃の忙しい友の生活が伺えた。
1泊した夕方、竹林の中から掘り出した竹の子、数時間前に生んだ安全なおいしい卵、採れたて有機野菜などのお土産をいっぱい持って帰った。
早速ご近所の方にも、友の愛情の籠った自然食品を味わっていただこうとお裾分けに廻った。
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