陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

映画「エレファント・マン」

2017-09-19 | 映画──社会派・青春・恋愛
1980年のイギリス・アメリカ映画「エレファント・マン」(原題 : The Elephant Man)は、世にも醜い外見のため疎まれてきた、悲しき男の半生に迫ったヒューマンドラマ。

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19世紀、ヴィクトリア女王時代のイギリス。
解剖学を専門とする医学部教授フレデリック・ドリーヴズは、サーカスの興行師バイツから”エレファント・マン”と呼ばれる畸形の男をひきとる。
本名ジョン・メリック、イギリス人の21歳である彼は、母親が妊娠中象に踏まれたことから生まれつき醜い姿だった。

ジョンはサーカスでさんざん見せ物にされ、バイツに虐待されていたために脅えていた。しかし、温情家ドリーヴズの手厚い保護をうけ、しだいにこころを開くように。勤務先のロンドン病院で受け入れに反対していた院長も改心、厄介者扱いしていた婦長たちも世話を焼いてくれるようになる。

ドリーヴズの妻のもてなしを受け、はじめて人間らしい生活の喜びに触れるジョン。舞台女優のカンドール夫人との「ロミオとジュリエット」の台詞回しでほのかな恋情を募らせる場面、いつも懐中している肖像写真の母を懐かしむシーンなど、思わず涙を誘います。
ドリーヴズがジョンを初見した瞬間、目から涙が溢れのがなんとも印象的。しかし、本作は障害者と医師とのハートフルな交流を描いたものではないのです。

ジョンの存在を学会で発表したことによってドリーヴズの名声が高まり、よかれと思って引き合わせた社交界の紳士淑女たちは、興がってジョンと面会を求めてくる。
そして、病院の警備員の男が小遣い稼ぎに、隔離病棟へ見物客を通したことが、幸福に酔いしれていたジョンをふたたび元の精神の牢獄へと送り返してしまう羽目に。

最終的には紆余曲折を経て、ドリーヴズの監視下に保護されるのですが、それまでにさんざん好奇と侮蔑の目を浴びつづけてきたジョンには、明るい表情は戻っていません。観劇に招待され夢心地のまま就寝する彼が、人間らしい臥せ方で終わっていくのはせめてもの救いなのでしょうか。

本作でおそらくいちばん良心的だったといえるのは、サーカス団に所属する芸人たちでしょう。檻のなかに監禁されたジョンを逃してやったのは、社会から孤立し虐げられた扱いを受けた仲間意識から、彼にだけは運を開いてもらいたいという熱い想いだったのです。不遇な芸人同士が気持ちを通わせるというのが、フェデリコ・フェリーニの名作「道」をしのばせます。

何らかのハンディキャップを背負った者が自己の傷口をさらけだしながら、それでも前向きな生活力をアピールするような本や映像作品は多いもの。しかし、そういう弱者に健常者は安っぽい自己満足な憐憫をかぶせてしまっているのでないか、という本質を暗に批判したかのような話でした。

主人公は実在の人物ジョゼフ・メリックで、実際は遺伝疾患からくる畸形だったとか。彼の稼ぎ口であった見世物興行に対する風当たりの強さで職を失ったようで、現在のごく一般的な道徳観が実は一部の人の生活を奪っていた例だともいえるのではないでしょうか。


「羊たちの沈黙」での怪演が光り、「アトランティスのこころ」で超人的な老人を演じた名優アンソニー・ホプキンスがドリーブズ役。エレファント・マンに扮したのは、「コンタクト」のジョン・ハート。特殊メイクが施されているので、役者の素顔はまったく見えていません。

十九世紀らしさを醸し出すためのモノクロ映像と、時代がかったモンタージュの演出などがほどよく古さを感じさせています。

監督は「マルホランド・ドライブ」のデイヴィッド・リンチ。

(2010年4月3日)

エレファント・マン(1980) - goo 映画


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