陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

アジア映画「青いパパイヤの香り」

2023-02-08 | 映画──社会派・青春・恋愛

1993年のフランス・ベトナム合作映画「青いパパイヤの香り」は、ふしぎな情緒が漂ってくる味わい深いアートフィルム。
全編、台詞がほとんどなく、騒々しいBGMも添えられていない。「小津安次郎もしくは黒澤明を思わせる」と評されるように。情緒ゆたかな映像美学に支えられた良作です。

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1951年のベトナムはサイゴン。
中流階級の商家に雇われた十歳のムイは、好奇心旺盛だがすなおで、生き物を慈しむ優しい女の子。

住み込みの侍女として働くムイには、いっけん幸せそうな主たちの脆くも悲しい現実が映っていく。
旦那様は仕事をしない。浮気癖があって、しょっちゅう家出する。家計を支えているのは奥様だが、ひとり娘を亡くした悲しい過去があった。姑は息子の放蕩を嫁のせいにして、なじっている。長男は社会人だが、下のふたりの坊ちゃんは、そんな家庭の重い空気を感じてか、どことなくこころが荒んでいる。
とくに、三男坊のほうはやんちゃで、しばしばムイの仕事のじゃまをします。そんなムイですが、長男の友人のクェンに秘かにときめいていたり…。
しかし、家族にさらなる悲劇が襲い、旦那の母を中心とした力関係が逆転。一家は長男の嫁に牛耳られ、崩壊してしまいます。

さらに十年後。
成人したムイは、初恋の人で気鋭の若手音楽家として名高いクェンに仕えることに。甲斐甲斐しく仕えるムイですが、クェンには高慢ちきな恋人がすでにいて…。

邦画でもあるような家庭問題が淡々と描かれているのですが、前半で豊かだった雇い主の家運が傾いていくのに反し、使用人だったヒロインが、あれよあれよという間に幸せを手にしていくストーリー。
我が子のように可愛がってくれた奥さんとムイとのやりとりが、微笑ましいですね。

その後、ベトナム戦争に出兵を余儀なくされて別れてしまう…なんてハリウッド映画によくある戦争ラブロマンスではないです。
終始、とても静かに、ひとりの慎ましく生きる女性の幸せを描いていく姿勢に好感が持てます。これみよがしな、愛の告白台詞なんぞも存在しない。
あからさまな色艶シーンはないですが、それとなく官能性を匂わせる演出が巧みで、そそられます。

フェルメール絵画を見ているかのような、窓を通してフレーミングする手法が効果的に用いられ、視聴者に覗きをしているような背徳感をもたせてしまうのがうまい。

監督は、ベトナム生まれパリ育ちのトラン・アン・ユン。
ベトナム映画史上初のアカデミー賞ノミネート、カンヌ映画祭新人監督賞、セザール賞新人監督賞受賞。

(2009年9月2日)


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