陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

稲穂いろキャンバス

2008-10-28 | 芸術・文化・科学・歴史
秋だから出かけたい場所といえば、やはり紅葉の美しいところ。美術館や博物館はべつに秋でなくとも出かけられる。めぼしい展覧会があれば。
彼岸花が集い咲く巾着田も棄てがたい。想い出の古都も行きたいのはやまやまだが、行けば悲しくなってしまう。行けば横に肩をならべて歩いてくれた存在の影を探してしまう。秋だから蘇る、そんな迷信めいた願いがときおり目眩のように、くらくらとのぼってくる。

しかし、今年の秋にどうしても、出かけなければならない。そんな場所を仮に選ぶとしたらどうだろう。
だとすれば、私は青森県の田舎館村を選ぶ。
紅く散るものではない、淡く実るものがみたいがために。

人口約九千人ほどのこの村は、縄文・弥生時代の遺跡がおおく存在し、稲のふるさととして著名な土地柄。その場所で、平成五年からはじまった村おこし事業が「水田アート」
面積約一万五千平方メートルの水田をキャンバスとし、古代米の三色の稲で色分けして手植えで絵を描くという壮大なプロジェクト。黄稲で文字を描き、紫稲で黒い影を、ふつうの青い稲のつがるロマンで緑のトーンを出している。

知ったのは一箇月ほど前ウェブ上でだが、最近、TVでも紹介されていた。
最初は簡単な山の図案だったのが、モナリザや棟方志功の女神像、風神雷神図など、年を追うごとに意匠が複雑高度化してるのが魅力。これが、すべて手作業というからすごい。
近くにある村役場は日本でも珍しく天守閣をモチーフにデザインされた建物で、その展望台から一望できるそう。

アートイベントを村おこしの一環事業として採択することは珍しくないのだが、往々にして問題になるのは、自然環境破壊である。人口の造形物を置くために、景観の美しさを損なった例は数知れない。海外のランドアートですら、しばしば地元住民の反対に遭っている。この水田アートは農業の振興と芸術美、そしてウィリアム・モリス奨励するところの手仕事の尊さとを、いかんなく融合させた傑作プロジェクトといえるだろう。一時は市町村合併の余波によって存亡の危機にあったと聞く。ぜひとも、伝統としてこの風景を護りつづけてほしいと願わずにはおられない。
なお、この水田アートはいまや全国各地に存在するようだ。

去年の夏の末の日記に書いた早い稲の光景を思い出した。どこかに旅をしても人間が求めてやまないのは、幼い自分をつつみ育んだ原風景なのかもしれない。
学生時代に明日香村の田園地帯をバイクで走っていた時に、なぜだか涙が滲んでしまったことがある。ここに来たのははじめてなのに、どこかしら懐かしい、そのような魂のふるさとというものがあるのかもしれない。いまだもって古代の遺跡に惹かれてしまうのも、そのせいなのだろう。

ナスカの地上絵のような大地のアート。一年に一度実りの季節にしか味わえない黄金の光景、いつかこの眼で確かめてみたいものだと思う。
願うならば、その名画のなかに足を踏み入れて。
秋のゆるやかな風がさらさらと渡り、境界を接した三色の稲が縒りあいながら、図像の輪郭を揉みほぐすようにかえてゆく。そこではモナリザの微笑は永遠ではないのだ。人間の情熱と汗と自然の気まぐれとが描いたふしぎな稲の絵画というものを、ゆくりなく体感してみたい。




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4 Comments

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Unknown (nana)
2008-10-28 21:43:06
田舎館村の取り組みは私も昨年取り上げました。
すごく立派で、しかも村全体、村民のみならず他からのボランティアまで動かすほどのイベントになったようです。
事実、米どころの我が県でも細々ではありますが田んぼアートに挑戦するところがあります。

しかし、今春前村長との確執があって一騒動あったようです。
とっても心配していたのですがでもそのごまた素晴らしいアートが多くの人たちが楽しめたようで一安心。

個人的ですが、田舎館村の取り組みを応援しています。
返信する
おひさしぶりですね (万葉樹)
2008-10-28 22:06:40

ごきげんよう、nana様。
ひさびさのコメントありがとうございます。

>田舎館村の取り組みは私も昨年取り上げました。

すみません。たぶん、目を通していなかったのかも(汗)
もしいつの記事かお教えいただきましたら、関連記事としてリンクかTBいたします。

>事実、米どころの我が県でも細々ではありますが田んぼアートに挑戦するところがあります。

新潟も米の産地ですね。食産業が衰退するのはしのびないので、ぜひともこういうイベントで活性化してほしいですね。後継者のいない休耕田の有効活用にもつながるでしょうし。
この時期帰省すると、耕さない畑をコスモス畑にしていたりするのですが、それと同じですね。安易やたらと駐車場とかにしないでほしいものです。

>しかし、今春前村長との確執があって一騒動あったようです。

そうだったんですか?利害関係で揉めたんでしょうかね。
混合米になるので収穫しても商品価値がゼロ。そのあたりが問題だったのでしょうか。意味のないバラマキは困りますが、こういう日本の原風景を護るためなら,行政支援はあってもよかろうかと思いますね。

アートといえば以前、そちらでとりあげられていたガムテームで作った書体が興味深い話でした。なんでもかんでもアートの名を冠することには疑問があるのですが、この試みは農産業の振興と地域活性化にもつながるので応援したいですね。
ただ秋になるまで名画が見られないというのがちょっと残念ではありますが。

返信する
Unknown (nana)
2008-10-28 22:39:24
あらためて見たところとてもお恥ずかしい記事でした。
でもこんな機会に過去記事をみるのもいいものですね。
もっとも今でさえたいしたことは書けていないのですが。

さて

http://arabesque99.blog114.fc2.com/blog-entry-356.html

http://arabesque99.blog114.fc2.com/blog-entry-54.html

以上の記事で取り上げていました。
笑って見てくださいませ。
返信する
Unknown (万葉樹)
2008-10-28 23:11:52
nana様、参照記事のリンクありがとうございます。
一番目のリンク記事を拝読しまして納得しましたが。企業利益が絡んできたのですね。

私もやはりこうしたおおきなプロジェクトの運営維持には巨額の資金が必要かと思いますので、広告としての利用には賛成したいところ。
逆にそうしたスポンサーを呼べないような事業なら、ただの素人の自己満足に終わるかと思われます。

前村長さんは地権者ですからクレームつける権利はあるでしょうけれど、抜き取るというのは大人げないですね。
どういうふうにロゴをいれたのかは確かめられなかったのですが。

二番目の新潟の蛙の記事はリンク切れでみれなかったようです。
にしても刈り取るのが無性に惜しい名画で、それがなおのこと、美しいという情感を掻き立ててしまうのが魅力なのでしょうね、このアートは。
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