陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

彫刻には物語性が必要なのだ

2023-12-09 | 芸術・文化・科学・歴史

この記事は、2023年10月、宇部市に人気アニメ新世紀エヴァンゲリオンのロンギヌスの槍を模した巨大も脱麺とが出現というニュースをもとに、論考をふくらませたものです。

日本の街場のモニュメントと言えばゼロ年代くらいまでは、古くさい銅像の日展系作家の人体像か、ミニマルアートに影響された抽象的な造形物、適当に刻みました程度の石の置物だとか、あるいはチープな樹脂でつくったモチーフがなんなのか意味不明な物体が多かったのです。

モニュメントとは、ほんらいは何かの記念碑なのでした。
偉人の功績を称えたり、悲劇の死を迎えた犠牲者を悼んだり、歴史的な出来事を記憶させたりするための。18世紀あたりのフランス革命以後、王侯貴族によって囲い込まれた絵画コレクションの宮殿がミュージアム化したころから、西欧ではStatuemaniaと呼ばれた銅像ブームが起きました。日本でも明治期以降、上野の西郷隆盛像を筆頭に、国内に偉人たちのモニュメントが乱立し、一時は規制がかかったほどだったと言われています。

それが戦時には勤続供出で溶かされたり、GHQの命令で撤去されたり、それがまた戦後に復興したり、しかし公共工事の街の整備で移動やら取壊しの憂き目にあったりと、台座がついたり、地面に生えたりした根の深い設置物であるモニュメントには、歴史の荒波が伴います。

額縁で異化された二次元の窓をもつ絵画とは違って、三次元の立体物には、現実の重みがのしかかるからです。絵画の色や形はデジタルでその偉容を伝えられるかもしれませんが、彫刻物の立体感を3Dでリアルに表現できるかは触感の度合いによりますが、空虚感を内にはらんだままで量塊感(マッス)を押し迫るように見せるという、鋳造物ならではのマジックリアリズムは、デジタルでつくる立体的造形では再現しえないのではないかと思うわけです。なぜならば、デジタルはそのモニターの平面性や大きさの範囲内でしか、ものごとを視認することができないという制限がかかるからです。私たちは宇部市の常盤公園にあるロンギヌスの槍がどんな形状だかを見てとることはできるでしょうが、実際のそのサイズや、表面の光り、風が吹いたときの揺らぎや空気の流れ、雨粒の跳ね返し、影の落とし込み方など、時々刻々と環境が与えてくれそうな偶然の感受するものを、ウェブ上の画面では知ることなどおよそできはしないからです。

だからこそ、モニュメントはそこにあらねばならない。
そして、観る者はぜひともそこを訪れなければならない。彫刻は現実世界に深く食い込んでいく芸術形態なのです。なのに、建築物のように、日常の中に人間をくるんでくれるものでもない。

ちょっとした都市部には、バブル期のパブリックアート隆盛に後押しされたモニュメントがありますが。多くの市民はその作者も、その意味あいも知らぬまま、ただなんとあく、そこにある目印だぐらいの感覚で通りすぎていくばかりです。

それが鎌倉の大仏のような街場のメルクマールになるには、巨大建造物であるだけではなく、百年以上そこにあったという時の試練が必要。
風雪に耐えて、その設置を維持するための資金も時間も人手も必要。そのためには、そのモニュメントを愛する支え手がいなければならず、そうしたサポーターを何世代にわたって継承させるために必要なことは、その造形物に、たゆまず人類を魅了する物語性(narrative)があることなのでしょう。

日本のアニメや漫画が世界中の人々の情感をゆさぶる、すぐれた物語性を有しているのはすでに知られているところ。だとすれば、今後とも、一貫性のブームにとどまらずに、サブカルのモニュメントは増えていくのでしょう。

それと同時に、旧来の純粋な造形作家たちの、コンセプトのはっきりしない造形物の展示はもはや閑古鳥で、日本の野外彫刻たるものもそのありかたを主催者たちは考えねばならないときにさしかかっていると思うのですよね。
公園に置いたらすばらしいものだから観に来てくれるだろう、ではなくて。高尚な宗教的な来廃物としての神聖化だとか、待ちの姿勢の芸術家肌ではなくて。もっと異業種とコラボして商魂たくましい、老若男女にとっても楽しめるようなワクワクするイベントとしてプロデュースすべきなのではないか、私にはそう思われるのですが。



(2023/10/09)



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