顔の表情がくっきりとわかるぐらいに近寄ってみると、真琴はまるで待ち受けていたのかのように、にかっ、と歯を輝かせて笑っていた。
そこを一枚ぱしゃりとやった。それは、姫子にとってはその日いちばん大切な写真になったはずだった。そういえば、この真新しいカメラで、人を写したのははじめてだった。
レンズから目を外したときのほうが、真琴はもっと笑いを深めていた。撮るたびにもっといい笑顔をつくってくれるんだと、嬉しくなって姫子がもう一枚と、カメラに手をかけようとしたそのとき。
おもむろに真琴がフリスビーを構えるようなしぐさで、麦わら帽のつばを左脇に抱え込んだ。
円盤投げ選手のように、上体を背中がみえるまでねじり、腕がびゅるん、と解けるのに任せて前へと放り投げた。姫子はとっさにカメラから手を外し、その投げ出されたものに無我夢中で双の手を差し出していた。さきほどのように水の甘さに誘われてではなく、あたかも、罰の鞭打ちを受けるかのようなおっかなびっくりの手つきで。
麦いろの帽子が自分に向かって投げ出されたのだ、と思う前に、かってにからだが動いていたのだ。
だが、カメラを放棄した反動の重みで、首の後ろに回した吊り紐が締めつけられ、姫子の重心ががくんと下がった。あたかも、それを見越していたかのように、麦わら帽は姫子の額にさらりとした風を浴びせ、その明るい前髪をふわりと浮かせてから、計算しておいたかのように真琴の手に戻っていた。ヨーヨーのように長くした首紐をたぐりよせていた真琴は、上体をかがめて硬直した姫子を見やって、さも愉快そうに笑った。腹の中の転がる音まで聞こえんかというばかりに大きな声で笑っていた。
下を向いたレンズが宙ぶらりんになって、水面すれすれを泳いでいた。かがんでいた態勢の姫子は、まるで心臓が飛び出してしまったかのように、むなしくぶら下がるレンズの揺れと、降りかかる真琴の笑いに戸惑っていた。
「はははっ。今度はちゃあんと、拾おうとしたんだな。よしよし、いいぞ、いいぞ」
帽子を被りなおした真琴は、自由になった両手で、低くなった姫子の頭を仔犬を褒めるように、撫でなでした。
むう、とすこしだけ不満を浮かべながら顔をあげようとした姫子の首が、急にふわりと軽くなった。真琴がそのカメラの吊り紐を首にかけて、レンズを向けていたのだ。
「えっ?! ちょっと、マコちゃ…」
終わりの「ん」を待たずして、快活なシャッター音とともに明るい閃光が放たれた。
辺り一面が一瞬ばかりの白い光りに覆われた。きっと、中途半端にまごついた口を開いた姫子が、その記憶の函には収められてしまったことだろう。うっかり瞬きもしたから、眠っているようなとぼけた顔になっているかもしれない。これ以上、失態を写されてはかなわない。