陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夜の滸(ほとり)」(十三)

2009-09-15 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


目を凝らして西の方角をみれば、逆光になって見えにくい視界のなかに、燃えさしのマッチ棒のようにたどたどしい人影が確認できた。

真琴の背中は遠くで小さくなっていた。
ほっ、とひと安心。姫子はその瞬間だけ、水の冷たさも重たさも忘れてしまった。胸をなでおろすものの、空をかき抱くように懸命に手招きしても、かの遠い影がこちらに戻ってくる気配はなかった。

真琴は川の流れをたどるのがおもしろくてたまらないらしく、どんどん先へと進んでいたのだった。
彼女はこうと決めて歩き出したら、ゴールが見えるまでは立ち止まらない性分だった。このままで、山の頂まで登りつめてしまいそうなくらいの勢いがあった。姫子の足ではとうてい追いつけない。しかも、ここはなにせ足場の悪い水の中。ただでさえ俊速の真琴には、一にも二にも分が悪い。いまは広くて浅い川底たりとて、上を目指せば、おのずと深くなり立ってなどいられなくなる。向かってくる水は、姫子の足を遅らせようとばかりに、いっこうに流れを止めることがない。

親友を呼び止めなければ、どこかに行ってしまいそうだった。
どこかに。どこか途方もない遠くへ行ってしまう。帰ってこれなくなる。二度と会えなくなる──なぜかそんな理由のない不安が胸にきたしてきて、姫子は真琴を止める方法を真剣になって考えはじめた。そして、喉が裂けそうなくらい声を張り上げて、その名を叫んだ。川の流れが止まらせることができなかったのは、唯一それだけだったから。

「マコちゃあん。ここで写真撮ろぉーっ」

真琴はやっと後ろを振り返ってくれた。姫子が近づくまで、彼女はそこでとどまってくれていた。


真琴は姫子のほうを振り向くと、紳士的なカウボーイよろしく、麦わら帽子をとって胸に当てて、軽く会釈してみせた。
姫子が近づく時間さえ惜しまれたのか、真琴のほうから一歩、二歩と近寄ってきた。真琴が姫子に引き寄せられる力は、川の涼やかな流れに押されて弾み、その前に進む足の動きも軽やかだった。帽子のつばを掴んだままの手をオペラ俳優のように陽気に挙げ、口笛まで吹きならしながら、真琴はさも楽しそうに向かってくるのだ。

姫子は、真琴が振り返ったときから、カメラを構えて迎えていた。
姫子は写すべき親しい友人の魂をそこではじめて受けとめたのだ。

シャッターの反射を受けて、あたりの水面が一瞬だけ乱反射した。
それから複数枚。撮りながら進むものだから、足も遅れようというものだった。こちらに向かって突き進んでくるものの、動きをぶれないように撮るのも至難の業だった。

最初は川の水平線がフレームの上端まで伸びたなかに棒切れのようにおぼろげな真琴の影があった。
それから、徐々に画角を狭めていく。一枚、いちまいと真琴の姿がレンズのなかで大きくなるにつれて、姫子は真琴に近づいていった。真琴の本質に迫っているのだと信じていた。



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