陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

名ばかり欲しがり、その実さっぱりのパクリ絵師の末路(前)

2019-04-06 | 芸術・文化・科学・歴史

政治経済が安定した時代には、文化が爛熟することがあります。
過去に学び、かつそれを乗り越え、業師たちが独自の美を競い、目利きたちがそれを見出す。それは文化史の常なのです。百年経とうが、その作品が語る力は後世の者を魅了し続けます。たとえ、その作者がうっかりと偽られてしまったのだとしても…。

絵画でコンクール受賞したこともなく、美大・芸大で専門教育を受けたわけでもなく、芸術分野に関する仕事にすら就いていなければ、総じて絵を知らないとか、芸術の何たるかを心得ていないという誹り(そしり)があります。しかし、アートやデザインには無縁でも、子どもの頃から美術図鑑を眺めるのが好きとか、生物や風景への観察力がとかく優れていて、さらに美術館巡りなどもしていて、目が肥えている人だって一般人のなかには大勢います。美学や美術史研究者には、セミプロで画家だった人までいるぐらいですから。そういう人にとって、一部のアーティストやらデザイナーやらを名乗るひとのモラルのない言動、奢りすぎたふるまいは、格好の怒りを招くことになりがちです。

日本で数少ない銭湯絵師に見習い入りし、かつモデルとしても活躍する女学生が、企業商品のプロモーションとしておこなったイベントで、不適切な行為が発覚しました。数日前から、ネットでは大騒ぎに。

勝海麻衣さんという、現在、東京藝大大学院M1デザイン描画研所属(ただし、学部は武蔵野美大卒の学歴ロンダ組)の女性。
スマートな容姿を活かしてファッションモデル業のかたわら、銭湯絵も手掛け、テレビやCM出演も多い。この彼女、今年3月、大正製薬がおこなったドリンク剤宣伝用のライブペインティングで、二頭の虎を和風に描きあげました。とうしょは好評だったようなのですが…。

ところが、その絵がネット上の指摘によって、ある実力派女性 イラストレイターの盗作ではないかと疑われています。
(参照:「モデルで芸大の女絵師、企業のライブペインティングイベントで元絵を見ながらパクって大炎上」 痛いニュース2019年03月29日) 

パクられ先で被害者とされているのは、猫将軍さん
ペンネームですが、氷室京介のアルバムジャケットをはじめすでに15年以上の活動実績があり、海外でもアート公演を行っていて、名を知られています。なんと、美大などで専門教育をまったく受けていない独学で、小さい頃からずっと絵を描きつづけていたそう。ニコニコ動画では有名アニメを迫力ある描画にしたイラストで人気を博した方です。ホームページにも作品展示がありますが、絵に艶があり目を奪われるほど美しい。動物もそうですが、節足動物とか、メカとかスムーズに描けるひとは画力かなり高いんですよね。きちんとリスペクト受けた人を表明しているし。こういう職人肌のクリエイターさん、尊敬します。作品以外に、個人の箔付けとか属性は不要ですし。絵ではなくて描いている私を見て、なのか理解に苦しみますね。ゆきすぎた自己ブランディングブームの弊害ですね。

剽窃ターゲットにされたのは、猫将軍さんの同じく虎の絵二枚。二曲一双式に対になった猛虎が対峙しあっています。




とても失礼なのですが、猫将軍さんの絵を見たのちでは、女学生絵師のほうは魅力がかすんでしまいますよね…。私みたいなド素人でもわかるぐらいなので、本職の絵師が見たら滑稽すぎて吐き気がするレベルではないでしょうか。漫画やアニメののっぺりした絵の、表層的に色塗りや線描だけしか学んでなかったような程度の絵ではないでしょうか、と。

今回、構図の盗作が訴えられているのは、三点の事実があるからです。
ひとつは、猫将軍さん絵(以下、元絵と呼ぶ)にある創意ある工夫をわざと真似した箇所があること。実物の虎にはない首の下の紋様は、虎の眉間にはつけても、そこには描きません。これをわざわざ似せている。また四つ足の獣の肩の関節は人間と異なるのですが、猫将軍さんはわざと左側虎の左前足をありえないふうに変節させて、しかもなお筋肉をリアルに描いているので違和感がないのですね。ところが、女学生絵師の絵では、首が間延びして妖怪みたいで、「背中に足が生えた」不細工なものになっています。生物の骨格を理解しないまま、輪郭だけ追って再現したのが丸わかりです。




さらには、ライブペインティングであるにも関わらず、カンペの下書きを手に描いたこと。
その下書きらしきものが、くだんの元絵をプリントアウトしたものと推定されている。なお、猫将軍さんの元絵もライフペインティングで、アタリなし一発勝負、しかもなんと黒マーカー一本で描かれています。なんという恐ろしい超絶画力でしょうか。しかし、ここまで精巧ではなくとも、ふつうライブペインティングと聞いたら、自分の頭に描いて練り上げた絵の構想をぶつけるように、即興で描くものではないでしょうか。私が思い浮かぶのは、米国の抽象表現主義の代表者ジャクソン・ポロックのアクション・ペインティングなのだけれど、あれも思いつきでなくて、かなり出来ばえを計算しているのですよね。実在の風景写真を渡されて、もしくは明らかに過去の傑作だとわかる絵を題材として、それを大画面に脚色して描いてみせたイベントです、ならまだしも。他のプロの絵画作品の大まかをあくまで自作だと偽るのはまずいですよね。

なぜに、下書きを携えて描くのか。自分の画力の範囲で描きなれているものしておけばよかったのに。そもそも銭湯絵ならば富士山など決まりきったモチーフなので、看板描きと同じで写真や雑誌などを模写してもいいのだろうけれど。なぜ、この女学生は自作オリジナリティとして壁画を描くのか、それがなぜこの飲料広告になるのか、よくわかりませんね。

最後に、この女学生絵師が、絵の趣意をまったく理解していなかったこと。
猫将軍さんの元絵の原題は「A」と「HUM」で、仁王像の阿吽を虎におきかえたものです。噛みつかんばかりの「阿」の右虎。爪先で力を溜めて隙を狙っている「吽」の左虎。見事にバランスのとれた構図。惚れ惚れとしますよね。ところが、女学生絵師の絵は、右虎が舌を大過ぎて化け猫の妖怪じみていますし、左虎も口を開けていますが威嚇にならず。むりやり元絵から異化しようとして、失敗した感じにも思えますよね。猛獣が怒って噛みつかんばかりの時は顎をひくので、舌が垂れるはずがないですし(マタタビで酔ってるのか?)、鼻筋に凶暴な怒り皺が寄るはずです。こういう画意がまったくなくて、ただカッコいい構図の虎の絵をなんとなくチャチャっと描いて色塗りして見栄え良くしときました、の図に終わっているだけ。何を表している絵なのかテーマが伝わってこずに、絵具まみれで頑張りました、褒めてください的な絵に多い、「絵が死んでいる」タイプです。凄みのある絵が描けないひとですね。

とかくクリエイター業の類は、ろくにまともな作品も実績もないのに、名乗ったモンがちになりやすいものです。
地方新聞にボランティア同然でネタ漫画を載せてもらっただけで、漫画家やらアーティストやらを自称するような輩もいますし。東大に入っただけで、自分が全世界の知性を代表しているかのように本を出す芸人もどきの学生もいますし(学歴の自称は、まともな卒論を書いて学士号を得てからにしてください)。今回のモデル女性も、学歴を前に出した売込みやメディア権威者との癒着が取沙汰され、無駄に騒がれ過ぎているのです。


【掲載画像】
俵屋宗達『風神雷神図』(17世紀前半頃、建仁寺、京都)
宗達は、出自生没年不明ながら、桃山時代の芸術プロデューサー・本阿弥光悦と親交を結んだ、当時を代表する絵師。俵屋は、京都の作画工房の屋号。王朝古典をよく学び図案を借用しつつも、金銀泥を墨のようにたらし込む独自の技法などには高い独創性が認められる。本作はいうまでもなく宗達の最高傑作であり、国宝に指定されている。「風神雷神」と聞けば、まず日本人が思い浮かぶ図像であり、某製薬会社の風邪薬のCMでも有名であろう。


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名ばかり欲しがり、その実さっぱりのパクリ絵師の末路(後)
技能を磨かず、絵画の神髄を求めず、他人のふんどしを借りて、ただハリボテの栄誉ばかりを欲しがる絵師やらデザイナーやらは、すべての芸術を志す者の魂を侮辱しているのではないのだろうか。



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