陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「プライベート Attacker」(十三)

2011-10-27 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

築山みりんは空に向かって、両腕を挙げ、ううんと大きく伸びをした。
この長身がそのポーズをとると、まるで空へと突き出たひとつのタワーのようであった。

「あたし、きっと、琹さんに嫉妬していたの。夢を諦めないで、一筋の道に進んでしまった琹さんが心底うらやましかったんだわ」

そうか、たしか、この人は高校時代からの夢やぶれてしまったのだ。
ほんとうは今ごろ、女子バレーの全日本代表としてオリンピックに出場しメダルを獲得する、という夢に邁進していたはずなのだ。あるいは彼女の年ごろならば引退して、セカンドキャリアを考えているころか。図書館司書の教育係としても厳しくも有能なのだから、スポーツ選手団の指導役としてもすぐれていただろう。

「私も羨ましいです。自分には高校時代に周囲に反対されても貫きたいような願いなんてなかったから。だから、琹さんのような自分の意志を貫く人をみると応援したいんです」
「いいわねぇ、やっぱり加東さんは。やはり私が見込んだ景さんだけはあるわ。やっぱり、貴女は普通人の加東景さんね」

築山みりんは景の肩を、ぱん、とひと叩きした。
本人は軽くのつもりなのだろうが、やはり、かなりの握力の持ち主だ。この図書館の仕事をするにはうってつけのからだなのだろう。
あれ、そういえば、下の名前で呼んでくれたのははじめてだったな。にしても、なんだ、「普通人」て。図書館ではひそかにそう呼ばれてるのか? まあ、たしかに加東景は凡人だけど。

築山みりんは、地面に転がっていた最後の空き缶を手にとると、また華麗なサーブでごみ箱に叩き込んだ。

「ああ、どうせなら図書館の職員なんかじゃなくて、ふつうの商社のOLになればよかった」
「築山さんでしたら、その方が似合いそうですね。パリっとしたスーツなんか着て」
「そうでもないのよね、それが。意外とスーツを着込むような職場は苦手なの。でも、ふつうのOLは憧れたかな。OLといってもね、銀行員みたいなちょっとダサい事務服でもいいの。ポリエステル製のごわごわした制服着て、ボールペン握りしめながら電卓叩いてるような感じのね」

そんな地味じみした恰好の築山女史というのは、とうてい、想像できない。
しかし、人はときに今の自分にはない世界に憧れてしまうものらしい。それにそれは正しい、彼女の夢の続きであったろう。実業団に入れば、いやおうなしに、地味なルーチンワークの勤務もありえるからだ。それはたいがいスポーツマンにとっては負担のかからない、内勤仕事などが多いのかもしれない。

「それで、よくドラマであるじゃない。屋上のビルで昼休みに同僚といっしょにバレーボールして遊ぶの。ああいうさわやかな触れあいが、うちにはないのよねー。みんな,デスクで本ひろげるのが好きな連中ばっかりで。嫌になっちゃう。どうして、こんな仕事選んじゃったかな」

ふふふ、と軽やかに笑ってみせる。
たしかに、図書館の職員には屋上でスポーツに楽しむなんどという趣味はないだろう。しかし、屋上はいいものだ。部屋におしこめられて歪んだ精神をことごとく解放してくれる。天井の高い部屋は人間を成長させてくれるとして、ゴシック建築の教会は塔の先端を尖らせて高くみせたらしいけれど、ほんとうにそのとおりだと思う。楽しむだけなら一畳もスペースも要らないという現代人が悩みから逃れ出るためには、広い、ただ広いだけの空間が必要なのだ。

築山みりんが司書という仕事を選んだ理由はわかる。
恋ならば感情が擦り切れたら、どちらかが諦めたら、そこで試合終了。けれど、職務ならば、いつもそばに居られる。追いかけるものをボールから、ひとりの男に変えただけなのだ。それが報われぬ、エンドレスのゲームなのだとしても、誇り高いこの人は自分の心を床に落とさないように、永遠に上を向いてトスを上げ続けるのだろう。働くというのはそういうことなのだから。

「あの、すみませんでした。さっきは失礼なことを申し上げまして」
「失礼なこと? なんだったかしら?」

築山がとぼけたような口ぶりをする。
本気で忘れてしまったのだろうか。忘れた素振りなのだろうか。だが、うやむやにはできない。それは生真面目な加東景にとっての、けじめなのだ。



【マリア様がみてる二次創作小説「いたずらな聖職」シリーズ(目次)】





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