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陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(三)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「コロナさん、お久しぶりね」
「く…っ、姫宮千歌音。会いたかなかったわよ、あんたなんかと」

昨年の某学園の学園祭で出会った黒髪のオンナ。
肌は抜けるように真っ白け、まるで陽を浴びたことがないみたい。舞台の上の拍手喝采はみんなこいつにだけ集まっていた。

「最近はピアノの独奏だけじゃなくて、編曲のご依頼も多くてね。あなたの分も修正してさしあげたから聞きよくなったはずですけれど?」

美人で虫も殺さないような優雅な顔つきをして、しっかりと嫌みを聞かせるのを忘れない。
こいつは、そういうやつだった。あたしが丹念に作詞作曲した楽曲がかってに変更されていたのだ。ストリートミュージシャンでならしたあたしの渾身の作。路上の聴衆にはバカ受けだった、あの名曲を。学園の雰囲気に相応しくないという、ただそれだけの理由で。許可もなく、いじって別ものにしやがったのだ。

気鋭のお嬢さまピアニストと、駆け出しのシンガーソングライター少女のコラボ。
そういった企画で呼ばれたんだっけ。あたしが作曲したのをこいつがピアノ伴奏、あたしが独唱。けれどもアカペラでもいいぐらいだった。なんなら、いつものお得意のギターでもよかったのだ。なのに、あたしはドジ踏んで、屋台で激辛ラーメンなんて食ったもんだから、声を涸らしたばかりに歌えなくなった。せめて、あたしの曲だけでもとさしだしたのに、それさえも変えられてしまったのだ。あたしのステージは、まんまとこいつだけの独壇場にされたってわけだ。

「チョーシこいてんじゃないわよ。あの日はたまたま寝不足だっただけよ。もいちどやり直したら、きっとうまくいく。CDの録音みたいに最高の状態だけ拾えば…」
「ふ…。だから、貴女はいつまで経っても三流、いや四流以下なのよ。音楽性がないから、今は顔だけで売り出すアイドルさんなのね」
「なんですって?!」

あたしは、とっさにカットオフジーンズの尻ポケットに手を当てた。
苛立ちをおさめるための特効薬が、いつもならそこに忍ばせてある。だが、あいにくと膨らみはない。どこで落としてしまったのか。まあいい。こうすると、たいがいの喧嘩相手は臆病風を吹かせてビビるのだ。折り畳みナイフでも取り出されるんじゃないかと身構える、あの瞬間。わずか数秒でも、相手があたしに恐れをなして、尻尾を股のあいだに挟んで膝を振るわせてる犬みたいにしてる。いい気味だ。

だが、このオンナは怯みもしなければ、逃げるでもなく、涼しい顔してそこに突っ立ってるだけだった。こいつは、いつでも、どこでも、美しい彫像みたいに取り澄ましていられるのだろう。育ちのいい奴にありがちな余裕ぶったところが、ますます気に食わない。

「音楽はスポーツと同じ。いくらリハーサルを積み重ねても、本番で失敗すればおしまいだわ」
「そんなことぐらい、あたしだって」
「分かってないわ、貴女。その一番が大事と思ったのなら、どうしてじゃまをしたの?」
「ぐ…!」
「やり直す? そんなことありえない。すぐれた芸術というものは、崇高な決定的瞬間を切り取ったものよ。もはやその瞬間が願っても繰り返されないほどの奇跡だからこそ、価値があるの。スポーツの世界でも同じよ。後から修正すればいくらでも勝てるなんてこと、ありえない」

その事実から逃げることは許されないとでも言いたげに、こいつはぴしゃりと言い放った。
あたしがいちばん気にしてることを。アイドルとしては致命的なあたしの弱点を、こいつはすっぱり言い当てやがった。傷一つつけたことないような、きれいな顔で。コンサートなんてくそくらえだ。観客の声にまぎれてもみくちゃにされて、歌えるってかの。音楽ってのは、歌い手の声さえ耳に届けばいい。どこにいたって、あたしは、みんなの足をとめて魅了するんだから。そこによけいな雑音なんていらない。あんたのピアノなんて伴奏がなくたって、あたしはちゃんと歌いきれたんだから。

ぽつり、と頬になにかが当たった。
雨が激しく降ってきたら、光る釘のようにあたしを容赦なく刺してくるだろう。

「それは人生でも同じことよ。雨はこの人生と同じ。降ってくるばかりで元には戻らない。でも、それが当たり前ではなくて? もし誰にでも人生を巻き戻しして修正するチャンスがあるなら、誰もきらめくような一瞬を追及することに胸ときめかすこともないし、その場その場での行動に責任を取ったりしないでしょうね」

なんだろ。口をバクバクさせて。何か言ってら。
たぶん、あたしのあの日を批判してんだろう。言い返してやんなきゃ気が済まない。

「あたしは! あたしなりに、あのコンサートに人生かけてたわよ! どんだけ準備したと思ってんの?!」
「貴女、田舎町の学園祭だからって馬鹿にしてたのでしょう。態度に滲み出てるわ。お咎めなしだったけれども、隠れて喫煙していたのも目撃されていたのよ」

ヘンだ。こいつ、なに言ってんの?
ぼこぼこ、ぷくん。ぽわん、ぐわん、びちゃ。耳の奥でなにかが弾けた。あ、まただ。耳んなかに水が溜まってぴちゃぴちゃ鳴っている。気分が悪いったらありゃしない。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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