陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「アンサング・ヒロイン」(二)

2010-12-25 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


***

いまでも、ちゃんと憶えてる。
あの日は、ものすごいどしゃぶりだった。
ほんとに、腹が立つぐらいのひどい雨だった。
週のど真ん中だというのに、週末の予定も埋まっていない、寂しい水曜日だった。

朝の天気予報なんていちいちチェックする習慣がなかったからじゃなくて、その日だけ一日中テレビを観ることから逃れていたかったのかもしれない。
雨なんか嫌いだった。大嫌いだった。
あたし、ずっと晴れオンナって思っていたのに。なにかいいことある日はかならず、からっとお陽様が照っている日ばかりだった。天気のいい日は、あたしの絶好調だった。

曇りがちな空だってのに、六月の街は活気づいていた。
若葉は青々と繁り、街路脇にある信号機を隠してしまったり、電線に絡みついたりするほど獰猛だった。ただでさえ枝を広げまくる木がのさぼっているというのに、ダサいヘルメットが似合いそうなくらい地味な髪型で、体操着すがたの高校生のグループが、自転車で並走し、歩道を我が物顔で通り抜けていく。東京とはいえ、あたしの暮らしてるこの下町は文明の度合いが生まれ故郷のド田舎とたいして変わらなかったりする。


灰いろに干からびたガムよりも、ちぐはぐに補修されたアスファルトのほうがみっともなかった。
亀裂が走ってでこぼこしてる道は、ひどい騒音をまき散らしてくれる。乳母車押してる婆さんがここを通るたびに、子どものおもちゃみたいなひどいガラガラ音を立てるのだ。婆さんは耳が悪いから気づきはしないけど、こっちはたまらない。今朝もあの音で早くに起こされたってのに。

ケチのつけはじめは水たまりだった。避けようとして飛び出したところに、クラクションが叩きつけられてきた。
車のフロントガラスには、真っ青になってハンドルを切る運転手の顔が見えた。

高級車があたしを追い越して、数メートル先でとまる。運転手が後部座席のドアを開いて、ハイヒールの足先が地面に降り立った。車から楽譜を抱えて出てきたのは、長ったらしい黒髪のオンナだった。

――その顔を、あたしはこの一年たりとて忘れたことはなかったのだ。



【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」




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