
「神無月の巫女」の原作漫画を読んだとき、あるいはその続編の「京四郎と永遠の空」を知ったとき、シリアスなのにときおり梯子を外して突き落とされてしまう、あのあまのじゃくなペースに面食らったことがありませんか? たぶん、それは私が神無月からこの漫画家を知ってしまったからで。シリアスな百合作家みたいな限定枠でとらえていると、裏切られてしまうんでしょうね。
実はの実は、この作家の作風としての原点は「円盤皇女わルキューれ」だとかの初期作のラブコメにあるのだと分かっている人には驚くには値しないものだったのでしょう。昭和生まれで、その昔の少年ジャンプのコケティッシュな漫画(「奇面組」とか「ついでにとんちんかん」とか)だとか、八時だよ全員集合みたいなお笑い番組で育った昭和世代なら、馴染みのノリなのかもしれませんね(何だ、この分析)
2012年刊行の漫画『虹野さん家のホワイトスワン』は、角川の月刊誌に短期連載されたもの。変身ヒロインものですが、魔法少女ではなくて、どっちかといえば肉弾戦重視の特撮のスタイルですね。ロボットはでてきません、あしからず。ほとんど一回で使い捨てばかりの、カタカナのオサレな必殺技とか考えるの大変じゃないですか?…て、こういうファンタジーバトルを読むたびに考えちゃう冷めた私でも読めるのは、やはり神無月マジックがかかっているからでしょう。
とうしょは読み切り企画だったのですが、アンケートで好評だったためか連載が続き、全二巻で終わっています。介錯先生はすこぶる明るく軽いノリで描いていたようなので、特に結末や、裏設定などを詳しくつくりこまなかったらしく。最終話はうまくまとまっていますが、謎がやや置き去りになってもいます。そこが惜しいかも。
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虹野白愛(にじのはくあ)は、町内の平和を守る正義の味方レッドスカーレットの娘。
しかし母ができちゃった婚で電撃引退したので、お役目をうけつぎ、正義プリンセス・ホワイトスワンとして日夜、悪の組織プラチナムXと格闘中。あくまでもヒーロー稼業は秘密のお仕事、ホワイトスワンの正体を誰にも知られてはいけない。
しかも、白愛には義父の連れ子で超絶イケメンの五人兄弟とひとつ屋根の下の生活。
長男の紳士気質で料理上手の蒼紫(そうし)兄さん、次男は筋肉自慢の浅黄(あさぎ)兄さん、三男は自分とほぼ同世代の男子高校生・紅葉(くれは)。四男の中性的な琥珀(こはく)は実は売れっ子ケータイ作家。そして、末っ子の悠緋(ゆうひ)は頭脳明晰だがおませな小学生。

実はこの五人は、そもそもホワイトスワンにとってはにっくき敵組織の幹部。
お互いに家族のことを大切に思い、血のつながらないきょうだいなので恋心にも似たときめきを感じつつも、正体を明かせないし、なぜか暴くこともできない。ものすごいニアミスしてんのに、お互いをゴリラの暴力女とか、キザでいけすかないヤクザもんとか思って、とにかく親の仇のように嫌っていますが、お互いに深入りはしない。そして、常に美少女のホワイトスワンひとりが五人束になってもかならず独り勝ち状態。ご家庭内でもすったもんだで誤解や和解を経ながらも、ラストはいつもホワイトスワンがこてんぱんに打ちのめしてしまう、という、時代劇みたいな爽快パターンです。
でね、これ、カドカワの男性向けコミックのレーベルで。
たしかに同人作家だなというアレな演出もあるわけですが、基本、介錯先生お得意の美男子美女ばかり(ただし白鳥先輩は除く)で、少女漫画の胸キュンシチュなんかがわんさかあるわけですよ。壁ドンとか、お風呂でどきっとか、洞窟で遭難とか、指吸いとかまあいろいろ。読者ターゲット、明らかに女性なのでは、っていうね。編集者が女性だったのかしらん。
メガネっ子の白愛ですが、殺人料理とか、超絶ドジっ子とか、裏のあるぶりっ子とか、女性読者がいらつくようなキャラではなくて。きちんとした使命感に燃える行動派、でも恥じらいは忘れない。しかも、五人の美男子たちに総受けのエピソードばかりなので、実にこれはおいしい。しかも笑えます。
一巻後半からは、白愛の正体を知るヒーロー仲間のシャイニーレオもお目見え。
このひと、見た目がセラムンの天王はるかなのに、どうみても、ナルシストな残念イケメン枠。初登場シーンの決め台詞の締めがズレてて大爆笑。しかも、モーションかけまくるので、白愛が気になって仕方がない三男坊の紅葉とは険悪ムードに。
さらに二巻途中からは、黒いホワイトスワンこと一色月夜も登場し、こちらはカードキャプターさくらの大道寺知世ばりにストーカー百合キャラなので、お姉さまと慕った白愛にべったりで離れません。介錯作品に毎回ぜったい一人はいますよね、このタイプ。百合もBLもノンケもショタも美魔女もイケオジもなんでもござれの間口の広さ。
原作者によれば、お気に入り回は白愛がうさぎにされた回とのことですが。
ほんと、テンション高すぎて、作者楽しそうです。私自身は学園祭の回が好きなのですが、千歌音ちゃんみたいな黒髪美少女のメイドとか、歯の浮くようなラブレターの文面(万華鏡とかシルクのような髪だとかの表現…)だとか、あきらかに神無月の巫女ファンを狙い撃ちしてるとしか思えません、いや、ホント。
二巻のラストでは、白黒のスワンが対決するも決着つかず。
けっきょく、白愛の血のつながらない妹だったのか、それとも? 義父と実母が新婚旅行からまだ帰らないのはなぜなのか。謎を残したまま連載終了してしまったようです。あと一巻ぐらい続いていて、ホワイトスワンとプラチナとの正体バレとか、ついには地球を揺るがす巨大な敵があらわれて夢の共闘しちゃうとか、あったらどうなったんでしょうかね。
ところで、この敵と味方が隣り合わせで、ムフフなムード。
なにか懐かしいかと思いましたら、そうそう、北条司の「キャッツ・アイ」ですよ、奥さん!(誰)。刑事の彼氏になぜか気づかれない怪盗美人三姉妹の、あの。ヒーローが免許制ってのも、ワンパンマンぽいですね。
義理のきょうだいがラブラブになるいわゆるママレードボーイ状態は、のちに同作者の「ハザマノウタ」でも流用されたようです。本作が刊行された2012年ごろは、ちょうど「絶対少女アムネシアン」の最終巻と同時期。ウェブノベル「姫神の巫女~千ノ華こ万華鏡~」はまだ進行中。シリアス展開のこちらの箸休めにつくられたものだったのでしょうか。とにかくはじけまくってます。この頃の絵柄は線が細くてかなり整っていますので、お話そっちのけで、なんど眺めても飽きないですね。
なお、京四郎と永遠の空を思いおこさせるホワイトベースでシンプルな書影のデザインは、「姫神の巫女」「永久アリス円舞曲」でおなじみの、園夢見(imagejack)さん。
伏線とかジェットコースター展開とかはないのですが、基本一話完結で気軽に楽しめるので、オフの日にサクッと読むにはもってこいな分量です。ときどき、忘れたころに、くすりと笑いたいときには開いています。ひめちかのシリアス場面をこういうノリで描かれたら、どうしようかと悩みますけども(微苦笑)。たぶん、こういう重くない話のほうが感情に負荷がからずに手掛けやすいんじゃないかしら、と思います。
ちなみに一巻の帯には、「鋼鉄天使くるみ」のBDBOX発売の広報がありました。
神無月の巫女がBD化されないのは、百合カラーが強すぎて、一般層にはウケないからなんでしょうね。
(2023/06/11)
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