「しかし、さっきのCMは姫宮くんのメイド嬢が、姫宮くんの日常をあからさまに紹介したビデオじゃないか。こんなもの流して、姫宮財閥にプライバシー侵害で訴えられでもしたらたいへんだよ。こんな貧乏神社なんて、ひとたまりもないな」
「ああ、だいじょうぶ。ご心配なく。一般人は会員制で個人情報を厳重登録したうえ、一回数万円の視聴料を支払わなきゃいけないようにしてるんですって」
「なるほど。悪用されでもしたら、たいへんだからね」
「ついでに、来栖川さんヴァージョンもあります。観ますか?」
「来栖川くんのもかい?」
ユキヒトはさらに新しい動画ファイルを開いた。
来栖川姫子がパジャマの下を穿いていないでベッドからずり落ちたり、バスに乗り遅れそうになったり、学園の階段から落ちそうになったり、掃除用のバケツの水を頭からかぶったり、寮長さんにおかんむりを喰らったりと、まあ、ドジっ娘の赤裸々な生態がつぶさにまとめられているではないか。(詳しくはこちらを参照)
「ソウマが観たら、まさに躍りあがって喜びそうだな」
「これはね、乙橘学園の陸上部ホープこと早乙女真琴さん主演で収録したものなんですって。来栖川さん客演で、乙橘学園を紹介したものですよ」
「ああ、来栖川くんのルームメイトだね。たしかに彼女もうってつけの人材だ。だが…」
「あれ、また先生はなにかご不満なんですか? 嫁の手料理にケチをつけるいじわるな姑みたいな顔してますよ」
「君ね、その形容はひと言よけいだよ」
「うっ、ごめんなさいっ。千歌音ちゃん、怒ったよね? わたし、何かいけないことした?ねぇ、したのぉ?!ごめんね、ごめんねっ!」
瞳をうるませて、カズキの袖をひっつかんだユキヒトに迫られて。カズキもすこし、動揺してしまう。まんまとユキヒトはカズキに抱きついていた。
「来栖川くんの泣きまねもじょうずなんだな」
「えへへ。旧版のDVDを五〇回は再生して研究しつくしましたから。この巫女服だし、きょうはモノマネの調子がいいな~」
カメラはふたりの見つめあう横顔にフォーカス・イン。それはさんざんネタにされて有名になった、あのふたりの巫女のED一枚絵を思わせる光景。しかし、カズキに押しのけられたユキヒトの顔が、カメラの画面から外れたので、カメラマンはゆっくりと退いていく。
「それはともかくだ。なんだか、この吹き替え声優が、早乙女くんにあっていない気がしないかい?」
「先生の耳こそ、逆さまについてるんじゃないですか~?」
「君に言われたくないよ!(ミニ怒号)」
「おそらく、シスターミヤコと二役するのは無理だったんですね」
「どっちかというと、この甲高い声質は万年69位の歌姫寄りだね」
「68位ですよ。本人が聞いたら、口紅爆弾で殺されますって」
「ああ、すまない。そのテの業界には疎くてね。それにだ、この早乙女くんは、来栖川くんをひみこ と、呼んでやしないかい?」
「ああ、きっと別のアニメのセールスも兼ねてるんですね。彼女のほんとうの名前を忘れた絶対天使の魂が憑依して 」
「そうだろうか…?」
「いや、今かなりてきとーに言い繕っただけですが?」
「…わかってたよ。それに、”Otobashi Gakuen”ってなんだい。「橘」を「橋」と読み違えたのじゃないかね?」
「うーん、そうかもしれないですね~。固有名詞をまちがえるのは、ちょっと勘弁してもらいたかったかな。じつに惜しい」
「いや、これはたいへんなミスだよ。地名や校名が異なるなんてのはマズいだろう」
「言われてみれば、そうですね。 大神神社がイヌカミジンジャ にされたり、宮様が ミヤザワにされたり、来栖川さんがコロスノリにされたり、ソウマさんが ノロマだったり、 カズキ先生がカスヤローとか、翻訳されちゃうようなもんですよねー。そりゃ、もうすんごく僕、ショックだなー、あははっ」
「ユキヒトくん、君ね…わざとまちがってるだろう?」
「あ、わかります? てへっ♥」
屈託ない笑顔でまったく悪びれないで、袖をふりまわす青年に、カズキはまたおおきなため息をこぼすのだった。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「大神さん家のホワイト推薦」