陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「タスク・イン・ザ・ライブラリー」(九)

2011-04-02 | 感想・二次創作──マリア様がみてる


「それって、遊び紙ていうんちゃいますのん?」
「シムーン、ずいぶんマニアックなことを知ってるのね」
「はい、それはもう。だって漫画同好会サークルの知り合いに誘われて、同人誌の売り子をやったことがありますから」
「同人誌て、いわゆる自費出版のことですか?」

景が片眉をひそめて尋ねた。
同人誌ときくと、なぜかいかがわしいことを書きつけた本という気がしたからだ。

「自費出版といっても、名のある出版社を経由して個人が出すものと、同人誌みたいに自分で編集やら装丁やらをして印刷所から出すものとでは違うけれどね。ISBNがつかないという点で商業出版とは異なると言われていたけれど、最近は、書店に直接卸すことを契約に含めた共同出版も増えているし。同人誌は基本的には本屋には並ばないものね。コピー紙を張り合わせただけのもあるけれど、ずいぶんと凝った装丁のものだと遊び紙が透かし模様のあるトレーシングペーパーだったり、手触りのいい厚手の紙を贅沢につかったものだったり。装丁にこだわるのは、たいがい女性のほうだけど、あれはその昔、竹久夢二、高畠華宵、中原淳一などの耽美な挿絵が入った少女小説を好むお嬢さま気質がいまも受け継がれているといっても過言ではないわ」
「そうなると、まさに読ませるというより見せる本ですね」
「うちの知り合いもえらい金かけて豪壮な本をつくっとったで。指で数えるぐらいの冊数しか売れへんかったけどな」
「もう一種のごっこ遊びみたいなものね。読んでもらうのが楽しいというより、手づから本を作り出すのが楽しいというタイプね」
「なんとなく、その気持ちわかりますね。私も日本文学講義Bでいただいた膨大なプリントの裏を張り合わせて、ノートみたいにつくってみたらあんがい楽しくて。表紙までプリンターで自作しちゃいましたから」
「そう。いまは個人のブログやサイトを本にして刊行するサービスまであるし、日本人は紙製の本に並ならぬ執着を抱いているのよ」

たとえばこれね、と築山みりんがとりあげたのは、新版を出すにあたり、さる作家が責任編集したという話題の文学全集だった。

「この第一巻のはね、これまでの版だと二巻に分けられていたの。それを一冊にまとめるために、用紙が薄く軽めのものを吟味を重ねて選んだものなのよ。裏に字が透けてもだめ、めくりやすくなければだめ。質感や色にまで徹底的にこだわり抜いたものなの」

ねぇ、凄いでしょう? とばかりに、築山が切れ長の目で促してくる。

「すばらしい作品を、すばらしい媒体に乗せて世に送り出したい、残したいという情熱と誇りがあるかぎり、出版物が根こそぎ消えてなくなることはないわ。現に昨年から電子書籍の普及を見込んで端末が続々と発売されたけれど、日本では買い渋りが多いもの」

ごく一般の書店で手にとれる状態から、さらに数段の身づくろいをして並べられる本は、これから多くの人の手に渡るための頑丈な武装をしているようだった。この何重にもこの本を読ませたい、多くの読者に届けたいという心づけこそが、まさに高級な菓子をその風味を逃がすまいと和紙でくるみこみ、それひとつが花嫁のもってきた桐ダンスの引き出しのような豪壮な箱におさめ、さらには風呂敷でていねいに包み込んで贈るという、日本の文化の具現のひとつなのであろう。

そう考えてみれば、出版物がいずれ、指先を画面でちろちろ動かすだけで、文字が大きくなったり小さくなったりするのはよいが、インクの香りもまき散らさず、どこを切り取っても同じフォントで味けない光の明滅のうえに浮かび上がった電気じかけの読み物に成り下がってしまうというのは、日本人の依りどころをまたひとつ失ったような気がしないでもない。なにより人は読書の達成感を、あの帯が愛おしげに抱きつくようにして囲んでいたものと等分の厚みを制したと確認することで得ているのだからして。



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