「御所桜堀川夜討(ごしょざくら ほりかわようち)」の三段目にあたります。
「御所三(ごしょさん)」とも呼ばれます。
源平の戦の直後のものがたり、頼朝と義経が不仲になりはじめたころを舞台にしたお話です。
頼朝に謀反を疑われたた義経が、誤解を解こうといろいろ努力するのですがダメで、結局住んでいた堀川御所に攻め込まれ、撃退するところまでが全段通したストーリーです。
全五段ですが、五段目は縁起物っぽい所作(踊りですね)なので、ストーリーは四段目までです。
四段目「籐弥太物語(とうやた ものがたり)」もたまにですが出ますよ。
さて、義経、何がまずかったかというと、平家の重臣である平時忠の娘を奥さんにしたのです。
鎌倉の頼朝に「平家と内通してんじゃねえか」と疑われます。そりゃムリねえよ。
実際、時忠が義経に娘を差し出したのは史実です。
義経の手に渡ったヤバい機密文書を取り返すためだったらしく、しかも義経、いいなりになって中味見もせずに書類渡してますので、まあ、頼朝の危惧も故のないこととは申せません。
ていうか当時、都にいた貴族達は自分たちの立場をよくするためにバンバン娘を義経に差し出しており、義経もまたそれをよろこんではべらかしていたようです。どうなの。
というような実態は歌舞伎ではムシされて、とにかくあらぬ疑いをかけて難癖付ける鎌倉の頼朝、困った義経、
でも疑いを晴らすためには平家の娘、奥さんの卿の君を斬るしかないね、
ということで、舞台は侍従太郎の館、ご懐妊中の卿の君をあずかっています。ここに弁慶が上使としてやってくるのです。
という場面がこの三段目、「弁慶上使」です。
さて、現行上演、実は三段目の、さらに途中から出しております。なので設定がますますわかりにくいです。
つまり、弁慶は義経の家来、何で義経の奥さんの卿の君を困らせるの?と思ってしまいます。
弁慶は義経さえ助かればいいので、最悪奥さんを殺しても、事態を収拾しようとするタイプの男です。
というわけで、頼朝の疑いを晴らし、義経を助けるために卿の君を斬りにやってきます。という説明部分が本当は前半に付くのです。
さらに言うと腰元たちが「弁慶さまが来る、またからかって遊ぼう、怖い顔だけど純情だから女にからかわれると真っ赤になって面白い」というくだりもカットされています。
これがあって、で、今日はマジメモードの弁慶が無体な要求するから対比がおもしろいんですけどね。
まあとにかく、現行上演の出だし部分は↑のような状況を主にセリフで表現しています。侍従太郎夫婦はたいへん困っています。
やってきた弁慶、真面目モードでいかめしいです。はじめは型どおりのごあいさつ。
卿の君がご懐妊なのでお見舞いを言い、「男が戦に行くような心構えでがんばれ」と言ったりします。
まあ細かいことはいいです。
時代物定番の、豪華な御殿の舞台に、これまた時代物らしいりっぱな衣装のいかめしい登場人物、
そういう歌舞伎らしい雰囲気をてきとうに楽しんで下さい。
弁慶一度退場。
おわさというおばさんが出てきます。最近このお屋敷で働きはじめた腰元の信夫(しのぶ)ちゃんのお母さんです。
ご機嫌うかがいかてら、信夫ちゃんに会いにきたのです。
で、信夫ちゃんをいろいろ心配して組織内でうまく立ち回る心構えを語ったりします。
母はありがたいなあ。
侍従太郎、信夫ちゃんが卿の君に似ていることに気付いてを身替わり首にしようとします。信夫ちゃんはお役にたつならとオッケーします。
でもおわささんは怒ります(ふつう怒ります)。
どうしても娘を死なせるわけにはいかないと言うおさわさん、その理由を語りますよ。信夫ちゃん出生の秘密。
昔、若かったおわささんが鞍馬のお寺のお稚児さんの美少年とエッチして、生まれたのが信夫ちゃん。
父親の顔も名前もわからないのだけど、会わせるまでは死なせるのはイヤ。
おわささんが持っている赤い袖は、おわささんのじゃなくて相手の美少年の袖です。この袖が手がかりです。
昔の美少年の装束は派手だな。
そこをなんとか、ダメですよ、と追いかけたり逃げたりする動きになって、
急に信夫ちゃんが「きゃー」と言って倒れます。正面の襖の前です。急なのでびっくりしますよ。襖の後ろから刀で刺されたのです。そんなの見てたって普通わかりませんが、歌舞伎ではわりとよくある演出なので付いていってください。
刺したのは弁慶。で、弁慶の長セリフになりますよ。
鞍馬の美少年は弁慶だったのです、歳月って怖いね。信夫ちゃんは弁慶のムスメ。
それがわかったので弁慶、自分の娘である信夫ちゃんを卿の君の身替わりに殺したのです。
おわささん、初恋のヒトに会えてちょっと喜んだりがかわいいですが、信夫ちゃんが死んでるから、すぐ悲嘆モードですこういう感情の混乱がリアルだと思います。
あとは弁慶が後悔のセリフを言ったり泣いたりです。
「ほててんごうなことをして」と言います。
「ほて」は、まあ「手」です「ほ」は卑しめて言うかんじの接頭語です。 「てんごう」は今でも上方だと言いますか?いたずらとかふざけた行いとかの意味です。 若気の至りでばかな事をして、ってかんじです。
泣くところが見せ場です。真っ赤な振袖持って。
侍従太郎も死にます。信夫ちゃんへのおわびと、自分も死んだ(弁慶に殺された)方が首が本物っぽいからという理由です。
最後は、ふたつの首に取りすがる、それぞれ母と妻、を振り切って弁慶花道を引っ込んで、終わりです。
弁慶だって悲しくてつらいわけですが、そういうのを表に出さずにぐっと耐えて、歩いて行きますよ。かっこいいです。
時代ものらしい華やかさと重厚さ、一方で意外性のある設定や展開が楽しめる人気演目です。
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