歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「三笠山御殿」 みかさやま ごてん

2010年12月21日 | 歌舞伎
「入鹿御殿」(いるか ごてん)とも呼ばれます。
ここは、かならず前半部分の「道行恋苧環(みちゆき こいのおだまき)」といっしょに上演されます。
「道行恋苧環」の説明も一緒にご覧ください。

「妹背山婦女庭訓(いもせやま おんなていきん)」というお芝居の四段目の後半部分です。

大化の改新(645)が題材の作品です。
悪人の「蘇我入鹿(そがの いるか)」は、策略で時の帝を宮廷から追い出し、政権を掌握しようともくろんでいます。
入鹿を止められそうなのは、帝の重臣のひとり、「藤原鎌足(ふじわらの かまたり)」くらいなのですが、
入鹿の陰謀で失脚させられ、今は行方不明です。
その息子の「藤原淡海(ふじわらの たんかい)」も行方不明です。

調子に乗る入鹿は三笠山に御殿を作り、そこを新たな大内裏としようとしています。
諸国の大名たちも入鹿になびき、貢物を持ってあいさつにやってきます。

というところからこの場面は始まります。
この大名が並んであいさつするシーンは今はカットかもしれません。
大和時代のお話ですから本当は「大名」はもちろんいないのですが、「諸国の有力者」=「大名」というかんじにアバウトに捕らえておおらかに見てください。

豪奢な御殿の中に、急に場違いな荒くれた男が入り込んできます。
「鱶七(ふかしち)」という猟師です。行動も言葉遣いも荒っぽい、重厚な御殿の様子とはまったくそぐわないタイプです。
なにしろ、曽我入鹿を「入鹿どん」。藤原鎌足のことを「お公家どん」の「鎌どん」と呼びます。

行方不明の鎌足は浪花の浦に隠れていて、鱶七と友達になりました。
鎌どんも、いっぺんはてっぱってみたけど、かなわねえと思ったから、わびを入れようと思って俺を使者にたてた。
仲がいいと遠慮がなくなってかえってケンカになるものだ。許してやらんせ
みたいなことをいいます。日本滅亡の危機を前に、のんきな口調が楽しいです。

鎌どんが仲直りによこした酒を入鹿どんが怪しんで飲まないので、鱶七がひと口毒見に飲んで見せるのですが、
ついうっかり全部飲んでしまって、あわてて謝るところも楽しいです。

鎌どん(鎌どん言うな)にあずかったおわびの手紙を渡す鱶七。家来が読み上げますが、入鹿どんはこの内容が気に入りません。最後のほうの、中国の故事を引用して入鹿の長寿を祈る文句が、詳細書きませんが、自分にケチつけているというのです。

そんなこと言うのは、ほんとにやましい事があるからじゃないのか(ないのなら素直にわびを聞いとくもんだ)。
みたいに荒っぽく反論する鱶七。

それはそれで気に入ったのか、怒りは納めた入鹿。
しかし鎌足はまだ信用できないので、鱶七は人質としてしばらく宮殿に軟禁されることになります。

全然動じずに、与えられた座敷に転がって寝始める鱶七。天井から槍が降ってきてもどこふく風です。
むしろそのあと、セクシーなガテン系ののお兄さんに興味しんしんで、酒やお菓子を思ってやってきた官女たちのほうが怖かったようです。
この官女たちは立役から出ます。たしかに怖いです。
御殿の男性は上品すぎるし、好きになってもエッチするまでがまだるっこしすぎる。庶民になってこういう男と自由気ままに楽しみたい
みたいなナマナマしい話をします。
文楽の原作にはないのですが、白い小袖に緋の袴での官女たちを見た鱶七が「水引の化け物」というのは笑えます。
なんとか追い払います。

このあと、入鹿の家来がやってきて、「やっぱりちょっと来い」と鱶七を呼びます。全然動じずに一緒に行く鱶七。

ここで鱶七は退場します。このあと終盤にイキナリ登場するまで出ません。

前半で出てきた「橘姫(たちばなひめ)」が登場します。
この「橘姫」は「蘇我入鹿」の妹です。
お付きの官女たちがすばやく部屋に入れ、着替えさせます。
こっちの官女たちはちゃんと女形(おんながた)から出ていて女子力が高そうなみなさんです。
橘姫は好きになった若者に会いに、毎夜御殿をこっそり抜け出して遠くの村まで歩いて通っているのです。官女たちも協力しています。

着替える橘姫の着物のすそに、糸が付いています。
不思議に思って官女たちが糸を引っ張ると、糸巻を持った「園原求女(そのはら もとめ)」が引っ張られてやってきます。
「求女(もとめ)」というのは若いキレイな男によく使われる名前です。「女」と付きますが男の名前です。
「意中のひとをうまいこと引き寄せた」と喜ぶ官女たち。
求女は最初は否定しますが、官女たちは気を利かせてふたりを置いて行ってしまいます。

名前も知らずに惹かれていたお姫様が、蘇我入鹿の妹の橘姫だと知って驚く求女。
しかし橘姫は、求女の正体を知っていました。
藤原鎌足の息子、藤原淡海(ふじわらの たんかい)です。

入鹿は、自分にとって最大の脅威である鎌足父子を殺そうと、探しています。橘姫と淡海は敵同士なのです。
自分の正体を知られたからには生かしてはおけないと、刀を抜く淡海(求女)ですが、
橘姫は、どうせかなわぬ恋ならいっそ殺してくださいと覚悟を決めます。

橘姫の偽りのない気持ちを見た淡海は、ならば頼みがある、と言います。
頼みを聞いてくれれば夫婦になろう。
…愛情をモノで計るなよ!! と思いますが、文楽や歌舞伎の作品の定番の展開なのでしかたありません。

今回、淡海が欲しがっているのは、入鹿が隠してしまった皇室の宝のひとつ「十柄の剣(とつかの つるぎ)」です。
帝の手に取り戻したいのです。
迷いますが、承知する橘姫。
お互いの気持ちを誓い合って、ふたりは一度ひっこみます。

さて、
「お三輪」ちゃんが登場します。ここだけ出ることは絶対にないのであまり説明はしませんが、この子も前半に出てきます。というか主役です。
恋しい求女(淡海)を追ってきたお三輪ちゃん、
求女の服に付けていた糸が切れてしまったので途中で見失い、やっとここまでやってきました。
イナカの身分の低い娘なので、ここが日本の政治動乱の中心地だとかはわかりません。このお屋敷に好きな男が入って行ったということしか考えていません。

お屋敷の庭をウロウロしていたら、豆腐を買いに行く下女の「おむら」さんに会います。
ここで「ものをお尋ねもうします」といわれておむらさんは、「お清所(おきよどころ)ならああ行ってこう行って」と勝手に答えます。
「お清どころ」というのは、お手洗い、トイレです。
あまりに場違いな娘が迷い込んで来たのでトイレを借りに来たのだと思ったのです。

おむらさんに、「若いいい男がやってきた。夕方にお姫様と内緒の祝言」という情報を聞き出したお三輪。あわてます。
阻止しなくちゃ!!
でも、こんなとこまで追ってきたなんて行儀が悪いと思われて嫌われたらどうしよう。
あたふた悩んでいると、また官女たちがやってきます。

橘姫にかしずく官女たちは女形(おんながた)から出てやさしげですが、この官女たちは、また立役から出ます。いじめっ子役です。

さっきの下女のおむらさんの友達だとウソを言うお三輪。
今夜祝言があると聞いた。りっぱなものだろうから私も見てみたい、と、なんとかごまかして頼んでみます。

下女たちはなんとなく感づいています。なのでお三輪を苛めます。

祝言を見せてやる、手伝え、と言って練習させます。上手くできないので笑います。
さらに、何か余興をやれと行って、上品な歌など知らないお三輪に、馬追いの歌う「馬子唄」を歌わせます。
「竹に雀は品(しな)よくとまる」と泣きながら歌うお三輪の様子は、「竹雀(たけすずめ)」と呼ばれる場面で、有名です。
散々お三輪を笑いものにして苛めた官女たちは、もちろん祝言を見せてやる気はないので、そのまま奥に行こうとし、
追いすがるお三輪を引っ張ったり小突いたり突き倒したりして苛めます。
さらに、気を失って倒れたお三輪の髪やカラダにいろいろ妙なものを結びつけたりして遊び、去っていきます。

歌舞伎には、主人公が苛められる「責め場」と呼ばれる定番の見せ場があるのですが、
このお三輪の苛められっぷりは、かなり、ひどいです。他に類を見ないです。

作者は「近松半二(ちかまつ はんじ)」。女の子を苛める場面が大得意ですが、その最高峰の場面です。

失意と屈辱にまみれて取り残されたお三輪。
一度家に帰って母さんに言いつけて、弟を連れてきて仕返ししようか。
でもそんなことしたら求女さんに嫌われるかも。ああどうしよう。
って、子供のけんかですか。

舞台設定はものすごくシリアスな国家レベルでの政変です。そこに高貴なお姫様と貴族の息子との格調高い恋が絡みます。

その中で、お三輪の恋心や現実認識は非常にとんちんかんで子供っぽいです。
それがまた、哀れをさそうのです。絶対に勝てない恋です。

悩むお三輪の耳に、御殿の奥から音楽が聞こえてきます。
橘姫と淡海さま(求女)との祝言の音楽です。

「あれを聞いては…」
子供っぽかったお三輪の表情が別人のように変わります
恋と嫉妬に狂ったお三輪は、髪を振り乱して御殿の奥に駆け込もうとします。

そこに立ちふさがるのが、前半で出てきた、漁師の鱶七(ふかしち)です。
振り払って奥に行こうとするお三輪を、鱶七が後ろから刺します。ええ~~~!?

倒れるお三輪。
橘姫の差し金だと思ったお三輪は痛みに耐えて立ち上がり、
生き変わり、死に変わり、恨みを晴らさでおこうかと、怒り狂います。
そのお三輪に鱶七が、「それでこそ高家の北の方」と言います。

「こうけの、きたのかた」と音で聞いてもわかりにくいかもしれませんが、「身分の高い家の奥様」と言っているのです。

ここからセリフだけの展開になるのでわかりにくいのですが、
・お三輪が好きになったのは、藤原鎌足(ふじわらの かまたり)の息子、淡海(たんかい)さまである。超身分が高い。
・お三輪のおかげで、淡海さまは手柄をたてることができる。
・なぜかというと、敵の蘇我入鹿は白い雌鹿の生き血を飲んだ母親が、懐胎して生んだ子である。ふつうの方法では殺せない。
・しかし、黒爪の鹿の血に、「凝着の相(ぎょうちゃくのそう)」のある女の生き血を混ぜて笛に注ぎかけて、その笛を吹けば、
それを聞いた入鹿は鹿の本能が呼び覚まされて心神喪失に陥るのだ。その隙に入鹿を倒すのだ。

歌舞伎には、問題解決のために不思議アイテムを使う、伝奇的な展開はよくあるのですが、
「妹背山」のこれはそれらとも一線を画すような、魔法めいた雰囲気の設定です。
全体にこの作品は、アルカイックで神話っぽいというか、この世のものとは思えない部分があります。
日本のものとは思えない。しかしどこの国のものに似ているかと聞かれたらやはりこれは日本のもので、
我々にはもう感知できないような古い先祖の記憶の片鱗がここにあるのだと思います。

・鱶七は、じつは淡海さまの家来の「金輪五郎今国(かねわのごろう いまくに)」という武将である。
・お三輪は、嫉妬のあまり「凝着の相」が出ていた。なので笛を完成させるために、かわいそうだが切った。
おかげで入鹿を倒すことができる。お三輪のおかげだ。
そしてこのようなりっぱな働きをしたお三輪は、やはり淡海さまの奥方にふさわしい娘だったのだ。

それを聞いてお三輪は喜びます。
そんなりっぱなかたと、一時とはいえ恋人でいられて幸せだ。しかもお役にたてたなんて、こんな嬉しいことはない。
死んでも本望だけど、
最後にもう一度お顔が見たい。
そういって、求女(淡海)に会いたくて糸を結び付けていた苧環(おだまき、麻糸の糸巻)を探し、糸をたぐりますが、
求女は見つかりません。
悲しい最期です。

しずやしず 賎(しず)の苧環 繰り返し
昔を今に なすよしもがな

賎(身分の低いもの)が、麻糸をつむいで作る苧環(おだまき)。
これは何度も巻き返し(繰り返し)ながら糸をよって、糸を均一にしていくのですが、
そうやって糸を巻き返すように、時間も巻き戻して昔を今にする方法があればいいのに。

有名な「伊勢物語」の歌です。
「苧環」「賎が女(しずがめ、身分の低い女)」というキーワードを入れているので、このお芝居は当然この歌が意識されています。

笛にお三輪の血を注いで、アイテムは完成しました、御殿の奥をキっとにらむ鱶七。
異変を感じた入鹿の手下の軍兵がかかってきます。
立ち回りになって、鱶七が見得を切って、幕です。


このあと五段目、宝剣を奪おうとした橘姫が斬られたり(死なない)、笛の音を聞いた入鹿が陶然となって、鱶七と淡海に殺されたりし、
最期、帝が御所に戻ってめでたしめでたしまで、一応お話はは存在するのですが、
今は絶対に出ません。
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1 コメント

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玉三郎さん (ぱるまま)
2015-12-26 22:30:39
25日に歌舞伎座で観てきました。七之助さんと玉三郎さんがお三輪を演ずる豪華版でした。七之助さんは拗ねかたがかわいらしく、玉三郎さんは、もう本当に可憐で一途な少女そのものといった感じでした。
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