
「鬼一法眼三略巻(きいちほうげん さんりゃくのまき)」というお芝居の三段目です。
平安時代の最後の時期、平清盛が全盛を極めていた頃のお話です。
源義朝(みなもとの よしとも)を中心としたアンチ平家勢力は、平治の乱でほぼ全滅しました。
少しだけ残った残党が一生懸命がんばるものがたりです。
四段目の「一条大蔵譚」(いちじょうおおくら ものがたり)も時々出ます。
全段を通してお話の中心になるのは、鬼一(きいち)、鬼次郎(きじろう)、鬼三太(きさんだ)の3兄弟です。
彼らの名前は平家物語にも出ていたはずです(記憶)。
つまり実在した義経の家臣の名前なのですが、もちろんお芝居の内容は嘘八百です。
ほかに、二段目、子供の頃の弁慶の、鞍馬山時代のエピソードが出ることがあります。20年くらい前に一度出ました。
ここでは三男の「鬼三太(きさんだ)が主人公になります。
屋敷の敷地内で、母屋からはちょっと離れた場所で菊をたくさん作っているところが舞台です。
菊と紅葉が盛りです。きれいな眺めです。
登場人物もみなさん奇麗な衣装を着ているので、華やかな舞台面を見るだけで楽しいです。
登場人物と重要アイテムを書きます。
・吉岡鬼一法眼 きいちほうげん
屋敷の主人です。 「法眼(ほうげん)」はお坊さんの位です。えらいです。
平家の味方という立場で、清盛とも仲良くしているのですが、
今は病気で体調が悪いということで、洛外のこの別邸で療養しています。
「鬼一」ですから、じつはこの段の主人公である「鬼三太」のお兄さんです。もう何十年もふたりは会っていません。
・皆鶴姫 みなづるひめ
鬼一の娘さんです。赤い振袖のかわいらしい娘さんですが、
今は出ないここの前の幕ではお父さんの名代で清盛の館に行ったり、言い寄る男を剣術の試合でやっつけたりと、
見かけによらずしっかりものです。
召使いの虎蔵がいい男なので好きになってアタックアタックです。そのへんも積極的です。
登場人物の中で一番頼りになるかもしれません。
これは文楽が歌舞伎に移入された作品ですが、文楽にはこういう積極的な娘さんがたくさん出てきます。
・虎蔵 とらぞう
美少年です。最近鬼一のお屋敷に雇われました。
じつは身分をかくしている、九郎判官義経さまです。
・知恵内 ちえない
虎蔵と一緒に鬼一に雇われました。じつは鬼一の弟の鬼三太(きさんだ)です。
・「六韜三略(りくとうさんりゃく)」
鬼一法眼が持っている、源氏に代々伝わる中国伝来の兵法書(ひょうほうしょ)です。
兵法書というのは戦の作戦のノウハウを書いた本ですが、昔の感覚だと武術も「兵法」に入ります。
つまり戦闘スキルを上げられる魔法のアイテムでもあります。
このお芝居ではないですが「六韜三略」を読んだ義経が宙に浮かんだりするお話もあります。
清盛はこれを「よこせ」と以前から鬼一方眼に再三言っているのですが、
鬼一は「今病気で動けないからちょっと待って」と一日延ばしにしています。
虎蔵(義経)と知恵内は、この「六韜三略」がほしくて館にもぐり込んだのです。
ではストーリーの流れを書きます。
知恵内が新入りのくせに生意気なので、先輩の奴さんたちとモメます。
知恵内は強いので問題なく先輩をやっつけます。
・鬼一が登場します。
「この花の後さらに花なしと思えば、ひときわ心にしみる(菊の)花の色」みたいなセリフがかっこいです。
このセリフを聞いてからワタクシは冬は花がなくて殺風景なほうがかっこいいように思え、パンジーを植えるのをやめました。
・鬼一と知恵内がお互い兄弟であることをかくしたまま、腹のさぐり合いをします。
・皆鶴姫のお供で清盛のお屋敷に言った虎蔵(義経)が帰ってきます。
しかし、皆鶴姫の命令で戻ってきたはいえ虎蔵は途中で帰って来たのです。鬼一の命令には背いたことになります。
怒った鬼一は、知恵内に杖で虎蔵を打てと命令します。
本心はちゃんと屋敷の間取りをチェックして来なかったので鬼一は怒ったのです。
鬼一は内心義経を応援しているのです。このへんは見ている客にはバレバレなようにうまく描かれています。
鬼一法眼の重厚な雰囲気と、内に含む気持ちを弟だけに見せる様子が緊張感があってかっこいいです。
この、「力の強い強い家来が義経を杖で打つ」という趣向は、もちろん「勧進帳」で有名な「安宅の関」のエピソードを意識しています。
「義経もの」ですから、お約束です。見せ場です。
ただ今回は、「やっぱり叩けません」というエピソードになっています。
・皆鶴姫が帰ってきてとめます。
・笠原堪海(かさはら たんかい)という派手な衣装の態度のでかい男が急に登場します。
この人については一応出だしのところで奴さんたちがセリフで説明しているのですが、聞き取れないと意味わからないと思います。
鬼一法眼の剣術の弟子です。皆鶴姫が好きで、鬼一さんのおうちに婿入りするつもりでいます。
お屋敷でもすでに婿気分でいばっています。しかし皆鶴姫に剣術の試合で負けています。弱いです。
しかも、この湛海はじつは平清盛にべったりなのです。
清盛は鬼一法眼を内心では信用していないので、この湛海を密偵的に使っています。
いやなやつです。
堪海は知恵内と虎蔵について源氏の一派っぽいぞと主張します。
アヤシイから殺してしまえと言うのですが、鬼一は反論はしませんがとりあえず保留します。
鬼一と堪海、皆鶴姫は一度退場します。
・知恵内と虎蔵、「どうするよ」と今後の作戦をいろいろ相談します。
というか、ここで誰もいなくなるので知恵内が虎蔵を急に義経として扱い、立場が入れ替わります。
歌舞伎にはよくある演出ですが、「主君をたいせつにする心」みたいのは現代ではもう存在しませんので、
そういう昔ゆかしいものを味わえる、いい場面です。
・ところが、
皆鶴姫が相談を陰で聞いてるし!! ぎゃー!! 全部聞かれた!!
でもだまっていてくれるみたいです。
その代わり、義経さまが好きなので取り持ってくれと知恵内に頼みます。困りながら取り持つ知恵内。
とか、まあ、ぶっちゃけたいした事件は起きません。
ただ、登場人物がみんなキレイでキャラクターとして魅力的なので、いろいろなやりとりを見ているだけで楽しいのです。
最後のほうのやりとりを堪海が陰で聞いていて、
「やっぱり義経(牛若丸)じゃん、清盛さまに言いつける」と言って花道に走っていくのですが、知恵内に斬られます。
そういうかんじでいろいろあって、笠原堪海はやっつけて、とにかく庭の奥にある蔵に皆鶴姫の手引きで今晩忍び込もうぜ、
と。相談が決まるところで、この場面は終わりです。
このあと「奥庭」という場面が付いて、そこで鬼一法眼の本心が明らかになります。
ドラマとしてはこっちがクライマックスです。
しかしその肝心のドラマ部分は(あまりおもしろくないので)今はあまり出ません。
というわけで、みんなてんでに欲しい物があって、あれこれ相談したり駆け引きしたりしている様子が
テンポがあって楽しい、という気楽な見方でいいと思います。
細かいセリフや浄瑠璃の文句は聞き取れないかもしれませんが、
まあ、登場人物のイキオイのあるかんじをイキオイで楽しんで下さい。
知恵内は、「儒子奴(しゅすやっこ)」「色奴(いろやっこ)」と呼ばれる歌舞伎の決まった役柄で、
奴さんですから身分は低いのですが、ケンカが強く、頭もよく、性格もよく、忠義に厚い、というとても「かっこいい」役です。
いわゆる「オイシイ役」です。
「機嫌のいい役」という少々妙な表現がこの役柄のためにあるのですが、まさにそういうかんじです。
この「知恵内」は、わりと重いところもある、「ご機嫌」だけではすまない役ですが、
とにかく男らしくてかっこいい、という点が見どころです。
ところで虎蔵=牛若丸の衣装なのですが、あの袖口のギザギザ模様に見覚えはありませんか?
「山道だんだら」のギザギザ模様。
「忠臣蔵」の討ち入りの衣装の袖です。
江戸時代は役者さんの衣装は基本的に自前で準備する決まりだったのですが、
初演のとき、牛若丸(虎蔵)役だった役者さんが、新しい衣装作る余裕がなく、その前の月で着た「討ち入り」の衣装で出たのが、
そのまま定着したのです。
ギザギザ模様だけ残って、色や素材はずいぶん派手になりました。
そのとき虎三を演った役者さんは、当然、「忠臣蔵」での役は「大星力哉(大石主税)」です。
そういう、若いキレイな役者さんの役です。
そして「大星力哉」がチョイ役であるように、この虎蔵もさほど大切な役ではないのです。
鬼三太(知恵内)のほうがえらい役者さんがやるので、身分は低いですが衣装も豪華なのです。
奴さんはご主人に命令されて返事をするとき、「ねい」とか「ねえい」とか言いますよ。
なぜ「ねい」かというと、これは
駕籠かきが「へいっ」と言い、お店の丁稚が「あ~い~」と言い、廓の禿が「あいあい」と言い、お侍が「かしこまって候」と言うのと同じで、理由はありません。
その役柄の独特の言葉づかいいということです。
今の日本語にないので妙な感じがしますよね。語源はワタクシにもわかりません。ごめんなさい。
ちょっと前まで「方言」として日本各地に残っていたそうです。
ワタクシは多分戦前の西日本の村が舞台の子供向けの物語で読んだことがあります。そのときの使い方は、小作などの身分の低い人が、地主や庄屋さんの前で使う、でした。
意味は「はい」でも「いいえ」でもない、というのがおもしろくて覚えています。
何を言われても「ねえい」「ねえい」と返事をしておけば叱られなくて無難、という便利な言葉です。
奴さんの「ねえい」は、ちゃんと「はい」の意味です。
「ねえい」を聞いたら、「ああ、奴さんらしいなあ」と奴風情(?)にひたってください(笑)。
「菊畑」というタイトルの意味ですが、
この舞台はべつに畑ではなく、菊いっぱいの庭です。
おそらくこの場所に咲いている大量の菊をこのまま眺めるんじゃなく、普段はお座敷に近い「奥庭」に、出来のいいのを移植したり、切って室内に飾ったり、みたいな使い方なんだと思います。
浄瑠璃の文句でも鬼一は「気晴らしにここまで来た」と言っているので、ふだんいる場所からはこの菊は見えないのです。
そういう意味で、ここは「栽培のための場所」なので、庭でありながら「畑」なのだと思います。
もっとも、江戸時代だと鑑賞菊をたくさん栽培して、秋になると注文に応じて大名や豪商のお屋敷、料亭なんかの庭に咲いた菊を移植する、という商売がありました。これだと本当に「菊の畑」ですね。
各お屋敷で人を雇って庭で菊を育てるより安上がりですよねー。
あと、菊栽培の専門技術者はそんなにゴロゴロしてはいなかったようです。
本郷三丁目、東大のそばに「菊坂」がありますが(樋口一葉が住んでたへん)、ここに、まさにその「菊畑」があったようです。
このへん大名や旗本ののお屋敷多かったですからね。
四段目 「一条大蔵譚」は =こちら=
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平安時代の最後の時期、平清盛が全盛を極めていた頃のお話です。
源義朝(みなもとの よしとも)を中心としたアンチ平家勢力は、平治の乱でほぼ全滅しました。
少しだけ残った残党が一生懸命がんばるものがたりです。
四段目の「一条大蔵譚」(いちじょうおおくら ものがたり)も時々出ます。
全段を通してお話の中心になるのは、鬼一(きいち)、鬼次郎(きじろう)、鬼三太(きさんだ)の3兄弟です。
彼らの名前は平家物語にも出ていたはずです(記憶)。
つまり実在した義経の家臣の名前なのですが、もちろんお芝居の内容は嘘八百です。
ほかに、二段目、子供の頃の弁慶の、鞍馬山時代のエピソードが出ることがあります。20年くらい前に一度出ました。
ここでは三男の「鬼三太(きさんだ)が主人公になります。
屋敷の敷地内で、母屋からはちょっと離れた場所で菊をたくさん作っているところが舞台です。
菊と紅葉が盛りです。きれいな眺めです。
登場人物もみなさん奇麗な衣装を着ているので、華やかな舞台面を見るだけで楽しいです。
登場人物と重要アイテムを書きます。
・吉岡鬼一法眼 きいちほうげん
屋敷の主人です。 「法眼(ほうげん)」はお坊さんの位です。えらいです。
平家の味方という立場で、清盛とも仲良くしているのですが、
今は病気で体調が悪いということで、洛外のこの別邸で療養しています。
「鬼一」ですから、じつはこの段の主人公である「鬼三太」のお兄さんです。もう何十年もふたりは会っていません。
・皆鶴姫 みなづるひめ
鬼一の娘さんです。赤い振袖のかわいらしい娘さんですが、
今は出ないここの前の幕ではお父さんの名代で清盛の館に行ったり、言い寄る男を剣術の試合でやっつけたりと、
見かけによらずしっかりものです。
召使いの虎蔵がいい男なので好きになってアタックアタックです。そのへんも積極的です。
登場人物の中で一番頼りになるかもしれません。
これは文楽が歌舞伎に移入された作品ですが、文楽にはこういう積極的な娘さんがたくさん出てきます。
・虎蔵 とらぞう
美少年です。最近鬼一のお屋敷に雇われました。
じつは身分をかくしている、九郎判官義経さまです。
・知恵内 ちえない
虎蔵と一緒に鬼一に雇われました。じつは鬼一の弟の鬼三太(きさんだ)です。
・「六韜三略(りくとうさんりゃく)」
鬼一法眼が持っている、源氏に代々伝わる中国伝来の兵法書(ひょうほうしょ)です。
兵法書というのは戦の作戦のノウハウを書いた本ですが、昔の感覚だと武術も「兵法」に入ります。
つまり戦闘スキルを上げられる魔法のアイテムでもあります。
このお芝居ではないですが「六韜三略」を読んだ義経が宙に浮かんだりするお話もあります。
清盛はこれを「よこせ」と以前から鬼一方眼に再三言っているのですが、
鬼一は「今病気で動けないからちょっと待って」と一日延ばしにしています。
虎蔵(義経)と知恵内は、この「六韜三略」がほしくて館にもぐり込んだのです。
ではストーリーの流れを書きます。
知恵内が新入りのくせに生意気なので、先輩の奴さんたちとモメます。
知恵内は強いので問題なく先輩をやっつけます。
・鬼一が登場します。
「この花の後さらに花なしと思えば、ひときわ心にしみる(菊の)花の色」みたいなセリフがかっこいです。
このセリフを聞いてからワタクシは冬は花がなくて殺風景なほうがかっこいいように思え、パンジーを植えるのをやめました。
・鬼一と知恵内がお互い兄弟であることをかくしたまま、腹のさぐり合いをします。
・皆鶴姫のお供で清盛のお屋敷に言った虎蔵(義経)が帰ってきます。
しかし、皆鶴姫の命令で戻ってきたはいえ虎蔵は途中で帰って来たのです。鬼一の命令には背いたことになります。
怒った鬼一は、知恵内に杖で虎蔵を打てと命令します。
本心はちゃんと屋敷の間取りをチェックして来なかったので鬼一は怒ったのです。
鬼一は内心義経を応援しているのです。このへんは見ている客にはバレバレなようにうまく描かれています。
鬼一法眼の重厚な雰囲気と、内に含む気持ちを弟だけに見せる様子が緊張感があってかっこいいです。
この、「力の強い強い家来が義経を杖で打つ」という趣向は、もちろん「勧進帳」で有名な「安宅の関」のエピソードを意識しています。
「義経もの」ですから、お約束です。見せ場です。
ただ今回は、「やっぱり叩けません」というエピソードになっています。
・皆鶴姫が帰ってきてとめます。
・笠原堪海(かさはら たんかい)という派手な衣装の態度のでかい男が急に登場します。
この人については一応出だしのところで奴さんたちがセリフで説明しているのですが、聞き取れないと意味わからないと思います。
鬼一法眼の剣術の弟子です。皆鶴姫が好きで、鬼一さんのおうちに婿入りするつもりでいます。
お屋敷でもすでに婿気分でいばっています。しかし皆鶴姫に剣術の試合で負けています。弱いです。
しかも、この湛海はじつは平清盛にべったりなのです。
清盛は鬼一法眼を内心では信用していないので、この湛海を密偵的に使っています。
いやなやつです。
堪海は知恵内と虎蔵について源氏の一派っぽいぞと主張します。
アヤシイから殺してしまえと言うのですが、鬼一は反論はしませんがとりあえず保留します。
鬼一と堪海、皆鶴姫は一度退場します。
・知恵内と虎蔵、「どうするよ」と今後の作戦をいろいろ相談します。
というか、ここで誰もいなくなるので知恵内が虎蔵を急に義経として扱い、立場が入れ替わります。
歌舞伎にはよくある演出ですが、「主君をたいせつにする心」みたいのは現代ではもう存在しませんので、
そういう昔ゆかしいものを味わえる、いい場面です。
・ところが、
皆鶴姫が相談を陰で聞いてるし!! ぎゃー!! 全部聞かれた!!
でもだまっていてくれるみたいです。
その代わり、義経さまが好きなので取り持ってくれと知恵内に頼みます。困りながら取り持つ知恵内。
とか、まあ、ぶっちゃけたいした事件は起きません。
ただ、登場人物がみんなキレイでキャラクターとして魅力的なので、いろいろなやりとりを見ているだけで楽しいのです。
最後のほうのやりとりを堪海が陰で聞いていて、
「やっぱり義経(牛若丸)じゃん、清盛さまに言いつける」と言って花道に走っていくのですが、知恵内に斬られます。
そういうかんじでいろいろあって、笠原堪海はやっつけて、とにかく庭の奥にある蔵に皆鶴姫の手引きで今晩忍び込もうぜ、
と。相談が決まるところで、この場面は終わりです。
このあと「奥庭」という場面が付いて、そこで鬼一法眼の本心が明らかになります。
ドラマとしてはこっちがクライマックスです。
しかしその肝心のドラマ部分は(あまりおもしろくないので)今はあまり出ません。
というわけで、みんなてんでに欲しい物があって、あれこれ相談したり駆け引きしたりしている様子が
テンポがあって楽しい、という気楽な見方でいいと思います。
細かいセリフや浄瑠璃の文句は聞き取れないかもしれませんが、
まあ、登場人物のイキオイのあるかんじをイキオイで楽しんで下さい。
知恵内は、「儒子奴(しゅすやっこ)」「色奴(いろやっこ)」と呼ばれる歌舞伎の決まった役柄で、
奴さんですから身分は低いのですが、ケンカが強く、頭もよく、性格もよく、忠義に厚い、というとても「かっこいい」役です。
いわゆる「オイシイ役」です。
「機嫌のいい役」という少々妙な表現がこの役柄のためにあるのですが、まさにそういうかんじです。
この「知恵内」は、わりと重いところもある、「ご機嫌」だけではすまない役ですが、
とにかく男らしくてかっこいい、という点が見どころです。
ところで虎蔵=牛若丸の衣装なのですが、あの袖口のギザギザ模様に見覚えはありませんか?
「山道だんだら」のギザギザ模様。
「忠臣蔵」の討ち入りの衣装の袖です。
江戸時代は役者さんの衣装は基本的に自前で準備する決まりだったのですが、
初演のとき、牛若丸(虎蔵)役だった役者さんが、新しい衣装作る余裕がなく、その前の月で着た「討ち入り」の衣装で出たのが、
そのまま定着したのです。
ギザギザ模様だけ残って、色や素材はずいぶん派手になりました。
そのとき虎三を演った役者さんは、当然、「忠臣蔵」での役は「大星力哉(大石主税)」です。
そういう、若いキレイな役者さんの役です。
そして「大星力哉」がチョイ役であるように、この虎蔵もさほど大切な役ではないのです。
鬼三太(知恵内)のほうがえらい役者さんがやるので、身分は低いですが衣装も豪華なのです。
奴さんはご主人に命令されて返事をするとき、「ねい」とか「ねえい」とか言いますよ。
なぜ「ねい」かというと、これは
駕籠かきが「へいっ」と言い、お店の丁稚が「あ~い~」と言い、廓の禿が「あいあい」と言い、お侍が「かしこまって候」と言うのと同じで、理由はありません。
その役柄の独特の言葉づかいいということです。
今の日本語にないので妙な感じがしますよね。語源はワタクシにもわかりません。ごめんなさい。
ちょっと前まで「方言」として日本各地に残っていたそうです。
ワタクシは多分戦前の西日本の村が舞台の子供向けの物語で読んだことがあります。そのときの使い方は、小作などの身分の低い人が、地主や庄屋さんの前で使う、でした。
意味は「はい」でも「いいえ」でもない、というのがおもしろくて覚えています。
何を言われても「ねえい」「ねえい」と返事をしておけば叱られなくて無難、という便利な言葉です。
奴さんの「ねえい」は、ちゃんと「はい」の意味です。
「ねえい」を聞いたら、「ああ、奴さんらしいなあ」と奴風情(?)にひたってください(笑)。
「菊畑」というタイトルの意味ですが、
この舞台はべつに畑ではなく、菊いっぱいの庭です。
おそらくこの場所に咲いている大量の菊をこのまま眺めるんじゃなく、普段はお座敷に近い「奥庭」に、出来のいいのを移植したり、切って室内に飾ったり、みたいな使い方なんだと思います。
浄瑠璃の文句でも鬼一は「気晴らしにここまで来た」と言っているので、ふだんいる場所からはこの菊は見えないのです。
そういう意味で、ここは「栽培のための場所」なので、庭でありながら「畑」なのだと思います。
もっとも、江戸時代だと鑑賞菊をたくさん栽培して、秋になると注文に応じて大名や豪商のお屋敷、料亭なんかの庭に咲いた菊を移植する、という商売がありました。これだと本当に「菊の畑」ですね。
各お屋敷で人を雇って庭で菊を育てるより安上がりですよねー。
あと、菊栽培の専門技術者はそんなにゴロゴロしてはいなかったようです。
本郷三丁目、東大のそばに「菊坂」がありますが(樋口一葉が住んでたへん)、ここに、まさにその「菊畑」があったようです。
このへん大名や旗本ののお屋敷多かったですからね。
四段目 「一条大蔵譚」は =こちら=
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