全体についての説明と、登場人物名史実との対応一覧は、
「序段」ページにありますよ。
「山科閑居の場」(やましな かんきょの ば)
「閑居」(かんきょ)というのは隠居所くらいの意味ですよ。
大星由良之助(おおぼし ゆらのすけ、大石内蔵助にあたりますよ)の別荘です。京都郊外の山科にあります。
主君の塩治判官(えんや はんがん、史実の浅野内匠守にあたりますよ)の切腹とお家断絶のあと、
表向き由良之助はここに引っ込んで、ヒマそうに祇園に行っては遊んでいるのです。
というわけで、今日も由良之助は茶屋の亭主やら幇間(ほうかん、太鼓持ちです)やらに送られて祇園からお戻りです。
幇間のひとりが由良之助に言われて大きい雪玉を作っています。
なのでここは「雪転し(ゆきこかし)の場」と言われます。
意味なさそうなこの雪玉ですが、ちょこちょこストーリーに関係して来ます。
座敷に上がってもふざけた事ばかり言っている由良之助です。
どうでもいいですが、お侍というのは教養がありすぎて、下ネタかましていても漢詩がモトネタなので聞くだけでは意味わかりませんよ。
高級下ネタ、すばらしすぎです。説明は長くなりすぎる上にストーリーに関係ないので割愛です。「下ネタ(高級)なんだな」と思って聞いてください。
茶屋ご一行、帰ります。
すぐにシラフに戻る由良之助。
息子の力弥に雪玉にかこつけて討ち入りの心構えを説きますよ。
みなさん奥に退場。
さて、
前段の「道行旅路嫁入(みちゆき たびじのよめいり)」で、力弥くんの許嫁の小浪(こなみ)ちゃんと、母親の戸無瀬(となせ)さんがこちらに向かって旅をしていたのですが、
ついに到着しますよ。
「ここが力弥さまのお屋敷かえ」と恥ずかしそうな小浪ちゃん。うれしはずかし。
ここで戸無瀬さんが、乗ってきた駕篭を帰してしまうのは、小浪ちゃんはずっと、自分も何日か、この家に逗留するつもりだからですよ。
ところで、史実だと、
浅野内匠守が松の廊下で吉良に斬りつけたときに、うしろから抱きとめたかたがいます。「梶川(かじかわ)どの」といいます。
歌舞伎だと、加古川本蔵(かこがわ ほんぞう)という役名になります。
小浪ちゃんのお父さん、戸奈瀬さんの夫ですが、は、この加古川本蔵さんなのです。
後ろから抱き留めたのに悪意はなく、むしろ高師直(こうの もろのう、吉良にあたります)にケガがなければ判官の罪も軽いかな、と思ってのことだったのですが、
結局、塩治判官(えんや はんがん、浅野にあたります)は切腹、お家は断絶になってしまいました。
こんなことならせめて師直を殺しておけば、まだ気持ちがおさまったのに、あの野郎ヨケイな事しやがって。
というのが判官側の思いです。
あと、加古川本蔵は、師直に賄賂を送って、自分の主君の桃井若狭介(もものい わかさのすけ)が苛められないように計らったのですが、
塩治判官はそのとばっちりで苛められたのです。
判官の家来にしてみれば、賄賂なんて汚ねえ真似しやがって、武士にあるまじき行いだ。と思ったりもしています。
というようにちょっとビミョウなワダカマリがある両家ですよ。
婚約したのはもちろん事件の前です。りっぱな家の御家老同士の、ご子息とご息女とのご婚礼のはずだったのです。
なにはともあれ小浪ちゃんと戸無瀬さん、由良之介の奥様のお石さんに会って「嫁に来ました」といいます。
もうイキナリ本題ですよ。直球ですよ。
お石さんは「ウチは今無職だし、釣り合わないからお断りします」とかいいます。和気藹々とはいきません。
いやもともとそっちのほうが禄高多かったじゃないですか。そっちのが格は上。なのにヨメに取ってくれたんだし、無職とかウチは気にしないから。
とかやたら現実的なやりとりがあります。「忠臣蔵は序段以外は全編通して金の話だ」という解釈があります。
この部分はまさにそんな感じです。
婚約はしたのですが、結納はかわしていないので一方の都合で破棄してもいいはず、と言い張るお石さん。
セリフで「たのみ」と言っていますが、これが「結納」のことです。
そんな事いわずに、と食い下がる戸無瀬ですが、
お石、上で書いたような感情的なわだかまりを語って、「加古川本蔵がキライだからあんたの家から嫁はもらわない」と言いきります。
むっとする戸無瀬です。
しかし、娘の小波ちゃんは、結婚相手の力弥くんが大好きなのです。どうしても結婚したいのです。
「(失礼なことを言われても、)そこを許すが娘のかわいさ」。がんばります。
婚約した以上は嫁だ、女房として置いてもらう、と言い張りますが、
「嫁だというなら、(じゃあその嫁を)去った(離縁した)」とお石。ああいえばこう言います。
もう離縁したから帰りなさいと、つめたく言って引っ込むお石です。
泣き出す小浪ちゃん。
もう白無垢の嫁入り衣装まで着て、いそいそやってきたのに、ひどい。
チナミにこの「去り」は現代語の自動詞「去る」とは違う単語です。上二段活用の他動詞です。
「離す、帰す」みたいな意味ですが、主に「離縁する」という意味に使います。歌舞伎や古典に頻出するので覚えておくと混乱が少ないかと思います。
あと「添う」は、一緒に寝る=結婚する という意味です。
ここから少し長いです。ずっとセリフなのですが多分聞き取れないので、何言っているのかかいつまんで書きます。
親の贔屓目をぬいてもキレイな娘なのに、嫁に取らないとは。
さては金に困って力弥を金持ちの商人にでも婿にやったのか。そうに違いない。と戸無瀬は決め付けます。強情に断る様子が不自然すぎるのです。
そんな男と添う(結婚する)ことはないから他に嫁入りしないかと言う戸無瀬ですが、
小浪は力弥さまがいいと言います。
ていうかお父様も、武士の娘は一度決めたら二夫にまみえるなとか、いい嫁になれとか、子供が出来たら早くしらせろと言っていたのに、
離縁されましたと言って帰れない。
思いこみの激しい若い娘です。
じつは、
戸無瀬にとって小浪は継子です。後妻さんなのです。
実の子じゃないから粗末にしたと思われては夫に申し訳が立たない、もう死ぬしかないと戸無瀬は決心します。
それならわたしも死ぬから、殺してくれと小浪も言います。
白無垢の花嫁衣裳は、死に装束の白になってしまいましたよ。
一面雪が積もった庭先で、覚悟をきめて合掌する小波ちゃんは不憫です。
心を決めて刀をふりあげる戸無瀬さんです。
いいんですが、
この場所で死ぬなよといつも思うんです。面当てじゃん!!
折しも表に虚無僧(こむそう)が尺八を吹いています。「こむそう」がよくわからないかもしれませんが、
実際わかりにくい身分のひとたちです。
ここでは、浪人ものが尺八を吹いて小銭をもらっているということだけわかればいいです。顔がすっぽり隠れる笠をかぶっています。
吹いているのは「鶴の巣ごもり」という曲です。とセリフで言ってます。
もし他の曲吹いていてもワタクシわかりません。
「鳥類でさえ子供を抱いて巣にこもって、子供を大事にするのに。
子供を殺す自分は本当に悲しく、情けない」
そう嘆きながら、刀をかまえる戸無瀬さんです。
「ご無用」と声がします。びっくりして手を止める戸無瀬。誰の声かわかりません。
「無用」は「やめておけ」くらいの意味です。「天地無用」の「無用」と同じ用法です。
無視してまた刀をかまえます。
また「ご無用」。
今度はお石さんの声ですよ。奥の部屋から出てきます。
急に力弥と祝言させようと言います。
よろこぶ母娘。
ところが、まだ無理難題が待っています。
三方を持ち出して、引き出物が欲しいといいます。
「三方」というのは、白木でできた小さい台です。神事などで使うのを見たことがあると思います。
加古川本蔵は主君の塩治判官のジャマをしたにくい相手だ。
引き出物として加古川本蔵の首を斬ってここに乗せろというお石。
まあようするに、お石さんの本心は、
息子の力弥はどうせ討ち入りに行って死ぬから、結婚しても小波ちゃんは幸せになれません。
かわいそうだからあきらめてもらいたいのです。というのが本心ですかんじです。
じっさいは、小波ちゃんも加古川本蔵さんも嫌いではないのですが、あきらめてほしくて一生懸命無理難題を言うわけですが、
そうとは知らずに困り果てる母子です。
そこに先ほどの虚無僧が入ってきます。
なんと、加古川本蔵本人ですよ。
首が欲しいか、それは武士の言うセリフ。
討ち入りもしないで遊んでくらすふぬけに首はやらない。娘もやらない、と三方を踏みつけてお石を怒らせる本蔵です。
夫と家をバカにされて、さすがに怒って槍を取って突きかかるお石ですが、かないません。
槍をたたき落とされて組み敷かれます。てかあんた、本蔵さん、女相手にそこまで。
母上のピンチに力弥が登場です。槍を拾って突きかかり、本蔵を刺します。
ここで、こんどは由良之助が登場します。
自分から力弥の手に掛かって、本望でござろう、と言います。
これは、本蔵は自分で腹は斬りませんが、ようするに「自分から死んで人間関係のしがらみを精算する」という、浄瑠璃によくある展開なのです。
お石や力弥をわざと怒らせて、自分を殺させるようにし向けたのです。
判官が師直に苛められたのも、斬りかかったのに師直を殺せなかったのも自分のせいだと、一番後悔しているのは本蔵なのです。
なのでこうやって殺されにやってきたのです。
ひとつは自分の後悔を晴らすため、もうひとつは娘を嫁入りさせるためです。
死んでいく本蔵に、由良之助は自分たち親子の覚悟を見せます。
座敷の奥障子をからりと開ければ、奥の庭にはふたつ並んだ雪の五輪塔です。お墓ですよ。ふたりは死ぬ覚悟なのです。
ああ、だから娘を嫁にとろうとしなかったのか、とやっとわかってお互い謝りあうふたりの母。
さて本蔵、引き出物にと書類を渡します。
引き出物の品名を書いた目録かと思っていた由良之助ですが、力弥が見てびっくり。
なんと敵の高師直(こうの もろのう)の屋敷の見取り図ですよ。
よろこぶ二人。これで屋敷の中で迷わずに戦えますよ。
本蔵が、でもあそこの雨戸は内鍵がかかっているぞ、どうやって入る?と訪ねます。
由良之助、考えついた工夫を実演します。
庭に生えている竹の先端に綱を付けて引っ張り下げます。雪が積もって竹の先端が下がっているので簡単です。
思いっきり引っ張った竹の先端を雨戸の枠にさしこみ、さて、引っ張った綱を切れば、竹の弾力で枠が広がって雨戸がはずれて倒れますよ。
リクツは合っていると思いますが、セリフの説明も、実際にやっていることもものすごくわかりにくいです。
合ってはいるのでまあ「はずれるんだな」と思って見ていて下さい。
ようするに雨戸や障子が仕掛けでバタバタ倒れる、その絵面を楽しむシーンですよ。
見取り図も手に入ったのでいよいよ出発です。
由良之助が先に出ますよ。力弥は一晩残って小浪ちゃんと名残を惜しみなさい。心残りのないように、いろいろやることあるだろ。
というわけで手負いの本蔵は死んでしまいます。
残った人々はそれぞれの思いを胸に、幕です。
セリフ中心なのと、ここの前までの、それも二、三段目あたりを中心とした事情がわかっていないと心情的に理解しにくい内容なので、
現行上演あまり面白がられません。
昔はしかし、「忠臣蔵」のクライマックスはなんと言ってもここでした。一番かっこいい場面だったのです。
ここがつまらないのは、まあ、客のほうの質の問題もありますが、
見て「いい」と思わせてくださる役者さんをずらりとならべるのが、今日びなかなか難しい、ということもあるかもしれません。
すごく上手い座頭クラスふたりと立女形ふたり欲しいですよね。
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=全段もくじ=
=50音索引に戻る=
「序段」ページにありますよ。
「山科閑居の場」(やましな かんきょの ば)
「閑居」(かんきょ)というのは隠居所くらいの意味ですよ。
大星由良之助(おおぼし ゆらのすけ、大石内蔵助にあたりますよ)の別荘です。京都郊外の山科にあります。
主君の塩治判官(えんや はんがん、史実の浅野内匠守にあたりますよ)の切腹とお家断絶のあと、
表向き由良之助はここに引っ込んで、ヒマそうに祇園に行っては遊んでいるのです。
というわけで、今日も由良之助は茶屋の亭主やら幇間(ほうかん、太鼓持ちです)やらに送られて祇園からお戻りです。
幇間のひとりが由良之助に言われて大きい雪玉を作っています。
なのでここは「雪転し(ゆきこかし)の場」と言われます。
意味なさそうなこの雪玉ですが、ちょこちょこストーリーに関係して来ます。
座敷に上がってもふざけた事ばかり言っている由良之助です。
どうでもいいですが、お侍というのは教養がありすぎて、下ネタかましていても漢詩がモトネタなので聞くだけでは意味わかりませんよ。
高級下ネタ、すばらしすぎです。説明は長くなりすぎる上にストーリーに関係ないので割愛です。「下ネタ(高級)なんだな」と思って聞いてください。
茶屋ご一行、帰ります。
すぐにシラフに戻る由良之助。
息子の力弥に雪玉にかこつけて討ち入りの心構えを説きますよ。
みなさん奥に退場。
さて、
前段の「道行旅路嫁入(みちゆき たびじのよめいり)」で、力弥くんの許嫁の小浪(こなみ)ちゃんと、母親の戸無瀬(となせ)さんがこちらに向かって旅をしていたのですが、
ついに到着しますよ。
「ここが力弥さまのお屋敷かえ」と恥ずかしそうな小浪ちゃん。うれしはずかし。
ここで戸無瀬さんが、乗ってきた駕篭を帰してしまうのは、小浪ちゃんはずっと、自分も何日か、この家に逗留するつもりだからですよ。
ところで、史実だと、
浅野内匠守が松の廊下で吉良に斬りつけたときに、うしろから抱きとめたかたがいます。「梶川(かじかわ)どの」といいます。
歌舞伎だと、加古川本蔵(かこがわ ほんぞう)という役名になります。
小浪ちゃんのお父さん、戸奈瀬さんの夫ですが、は、この加古川本蔵さんなのです。
後ろから抱き留めたのに悪意はなく、むしろ高師直(こうの もろのう、吉良にあたります)にケガがなければ判官の罪も軽いかな、と思ってのことだったのですが、
結局、塩治判官(えんや はんがん、浅野にあたります)は切腹、お家は断絶になってしまいました。
こんなことならせめて師直を殺しておけば、まだ気持ちがおさまったのに、あの野郎ヨケイな事しやがって。
というのが判官側の思いです。
あと、加古川本蔵は、師直に賄賂を送って、自分の主君の桃井若狭介(もものい わかさのすけ)が苛められないように計らったのですが、
塩治判官はそのとばっちりで苛められたのです。
判官の家来にしてみれば、賄賂なんて汚ねえ真似しやがって、武士にあるまじき行いだ。と思ったりもしています。
というようにちょっとビミョウなワダカマリがある両家ですよ。
婚約したのはもちろん事件の前です。りっぱな家の御家老同士の、ご子息とご息女とのご婚礼のはずだったのです。
なにはともあれ小浪ちゃんと戸無瀬さん、由良之介の奥様のお石さんに会って「嫁に来ました」といいます。
もうイキナリ本題ですよ。直球ですよ。
お石さんは「ウチは今無職だし、釣り合わないからお断りします」とかいいます。和気藹々とはいきません。
いやもともとそっちのほうが禄高多かったじゃないですか。そっちのが格は上。なのにヨメに取ってくれたんだし、無職とかウチは気にしないから。
とかやたら現実的なやりとりがあります。「忠臣蔵は序段以外は全編通して金の話だ」という解釈があります。
この部分はまさにそんな感じです。
婚約はしたのですが、結納はかわしていないので一方の都合で破棄してもいいはず、と言い張るお石さん。
セリフで「たのみ」と言っていますが、これが「結納」のことです。
そんな事いわずに、と食い下がる戸無瀬ですが、
お石、上で書いたような感情的なわだかまりを語って、「加古川本蔵がキライだからあんたの家から嫁はもらわない」と言いきります。
むっとする戸無瀬です。
しかし、娘の小波ちゃんは、結婚相手の力弥くんが大好きなのです。どうしても結婚したいのです。
「(失礼なことを言われても、)そこを許すが娘のかわいさ」。がんばります。
婚約した以上は嫁だ、女房として置いてもらう、と言い張りますが、
「嫁だというなら、(じゃあその嫁を)去った(離縁した)」とお石。ああいえばこう言います。
もう離縁したから帰りなさいと、つめたく言って引っ込むお石です。
泣き出す小浪ちゃん。
もう白無垢の嫁入り衣装まで着て、いそいそやってきたのに、ひどい。
チナミにこの「去り」は現代語の自動詞「去る」とは違う単語です。上二段活用の他動詞です。
「離す、帰す」みたいな意味ですが、主に「離縁する」という意味に使います。歌舞伎や古典に頻出するので覚えておくと混乱が少ないかと思います。
あと「添う」は、一緒に寝る=結婚する という意味です。
ここから少し長いです。ずっとセリフなのですが多分聞き取れないので、何言っているのかかいつまんで書きます。
親の贔屓目をぬいてもキレイな娘なのに、嫁に取らないとは。
さては金に困って力弥を金持ちの商人にでも婿にやったのか。そうに違いない。と戸無瀬は決め付けます。強情に断る様子が不自然すぎるのです。
そんな男と添う(結婚する)ことはないから他に嫁入りしないかと言う戸無瀬ですが、
小浪は力弥さまがいいと言います。
ていうかお父様も、武士の娘は一度決めたら二夫にまみえるなとか、いい嫁になれとか、子供が出来たら早くしらせろと言っていたのに、
離縁されましたと言って帰れない。
思いこみの激しい若い娘です。
じつは、
戸無瀬にとって小浪は継子です。後妻さんなのです。
実の子じゃないから粗末にしたと思われては夫に申し訳が立たない、もう死ぬしかないと戸無瀬は決心します。
それならわたしも死ぬから、殺してくれと小浪も言います。
白無垢の花嫁衣裳は、死に装束の白になってしまいましたよ。
一面雪が積もった庭先で、覚悟をきめて合掌する小波ちゃんは不憫です。
心を決めて刀をふりあげる戸無瀬さんです。
いいんですが、
この場所で死ぬなよといつも思うんです。面当てじゃん!!
折しも表に虚無僧(こむそう)が尺八を吹いています。「こむそう」がよくわからないかもしれませんが、
実際わかりにくい身分のひとたちです。
ここでは、浪人ものが尺八を吹いて小銭をもらっているということだけわかればいいです。顔がすっぽり隠れる笠をかぶっています。
吹いているのは「鶴の巣ごもり」という曲です。とセリフで言ってます。
もし他の曲吹いていてもワタクシわかりません。
「鳥類でさえ子供を抱いて巣にこもって、子供を大事にするのに。
子供を殺す自分は本当に悲しく、情けない」
そう嘆きながら、刀をかまえる戸無瀬さんです。
「ご無用」と声がします。びっくりして手を止める戸無瀬。誰の声かわかりません。
「無用」は「やめておけ」くらいの意味です。「天地無用」の「無用」と同じ用法です。
無視してまた刀をかまえます。
また「ご無用」。
今度はお石さんの声ですよ。奥の部屋から出てきます。
急に力弥と祝言させようと言います。
よろこぶ母娘。
ところが、まだ無理難題が待っています。
三方を持ち出して、引き出物が欲しいといいます。
「三方」というのは、白木でできた小さい台です。神事などで使うのを見たことがあると思います。
加古川本蔵は主君の塩治判官のジャマをしたにくい相手だ。
引き出物として加古川本蔵の首を斬ってここに乗せろというお石。
まあようするに、お石さんの本心は、
息子の力弥はどうせ討ち入りに行って死ぬから、結婚しても小波ちゃんは幸せになれません。
かわいそうだからあきらめてもらいたいのです。というのが本心ですかんじです。
じっさいは、小波ちゃんも加古川本蔵さんも嫌いではないのですが、あきらめてほしくて一生懸命無理難題を言うわけですが、
そうとは知らずに困り果てる母子です。
そこに先ほどの虚無僧が入ってきます。
なんと、加古川本蔵本人ですよ。
首が欲しいか、それは武士の言うセリフ。
討ち入りもしないで遊んでくらすふぬけに首はやらない。娘もやらない、と三方を踏みつけてお石を怒らせる本蔵です。
夫と家をバカにされて、さすがに怒って槍を取って突きかかるお石ですが、かないません。
槍をたたき落とされて組み敷かれます。てかあんた、本蔵さん、女相手にそこまで。
母上のピンチに力弥が登場です。槍を拾って突きかかり、本蔵を刺します。
ここで、こんどは由良之助が登場します。
自分から力弥の手に掛かって、本望でござろう、と言います。
これは、本蔵は自分で腹は斬りませんが、ようするに「自分から死んで人間関係のしがらみを精算する」という、浄瑠璃によくある展開なのです。
お石や力弥をわざと怒らせて、自分を殺させるようにし向けたのです。
判官が師直に苛められたのも、斬りかかったのに師直を殺せなかったのも自分のせいだと、一番後悔しているのは本蔵なのです。
なのでこうやって殺されにやってきたのです。
ひとつは自分の後悔を晴らすため、もうひとつは娘を嫁入りさせるためです。
死んでいく本蔵に、由良之助は自分たち親子の覚悟を見せます。
座敷の奥障子をからりと開ければ、奥の庭にはふたつ並んだ雪の五輪塔です。お墓ですよ。ふたりは死ぬ覚悟なのです。
ああ、だから娘を嫁にとろうとしなかったのか、とやっとわかってお互い謝りあうふたりの母。
さて本蔵、引き出物にと書類を渡します。
引き出物の品名を書いた目録かと思っていた由良之助ですが、力弥が見てびっくり。
なんと敵の高師直(こうの もろのう)の屋敷の見取り図ですよ。
よろこぶ二人。これで屋敷の中で迷わずに戦えますよ。
本蔵が、でもあそこの雨戸は内鍵がかかっているぞ、どうやって入る?と訪ねます。
由良之助、考えついた工夫を実演します。
庭に生えている竹の先端に綱を付けて引っ張り下げます。雪が積もって竹の先端が下がっているので簡単です。
思いっきり引っ張った竹の先端を雨戸の枠にさしこみ、さて、引っ張った綱を切れば、竹の弾力で枠が広がって雨戸がはずれて倒れますよ。
リクツは合っていると思いますが、セリフの説明も、実際にやっていることもものすごくわかりにくいです。
合ってはいるのでまあ「はずれるんだな」と思って見ていて下さい。
ようするに雨戸や障子が仕掛けでバタバタ倒れる、その絵面を楽しむシーンですよ。
見取り図も手に入ったのでいよいよ出発です。
由良之助が先に出ますよ。力弥は一晩残って小浪ちゃんと名残を惜しみなさい。心残りのないように、いろいろやることあるだろ。
というわけで手負いの本蔵は死んでしまいます。
残った人々はそれぞれの思いを胸に、幕です。
セリフ中心なのと、ここの前までの、それも二、三段目あたりを中心とした事情がわかっていないと心情的に理解しにくい内容なので、
現行上演あまり面白がられません。
昔はしかし、「忠臣蔵」のクライマックスはなんと言ってもここでした。一番かっこいい場面だったのです。
ここがつまらないのは、まあ、客のほうの質の問題もありますが、
見て「いい」と思わせてくださる役者さんをずらりとならべるのが、今日びなかなか難しい、ということもあるかもしれません。
すごく上手い座頭クラスふたりと立女形ふたり欲しいですよね。
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