歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「網模様灯籠菊桐」 あみもよう とうろの きくきり

2015年06月23日 | 歌舞伎
「小猿七之助(こざる しちのすけ)」というサブタイトルで出ます。

これも長いお話の前半の一部しか出ないのですが、
全部書かないと作者の「河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)」が何書きたかったのかまったくわからないと思うので、
一応全部書きます。

「三人吉三巴白浪」(さんにんきちさ ともえのしらなみ)というお芝居に
「お坊吉三(おぼうきちさ)」というキャラクターが出てきます。
「お坊ちゃん」の「吉三(きちさ)」という意味です。
御家人くずれのボンボン悪党で、色気のあるイケメンです。
このキャラクターが最初に出てきたのがこの作品です。
その部分も含めて説明します。出ない部分はざくっと行きます。けっこうまざるので色変えてみます。

・品川宿 島崎屋

ここは今は出ません。
品川は宿場町ですが、事実上遊郭でしたから、「島崎屋」もじっさいは遊女屋です。

ここにぐだぐだ滞在してゴロツキ仲間と悪っぽく遊びながら遊女にモテモテなお坊吉三の様子や、
客が、芸者や若い従業員たちと座敷でさわぐ様子など、
品川宿のにぎやかだけれども少しやさぐれた雰囲気がまず描かれます。

「道具屋の手代」の「與四郎(よしろう)」は、遊女の「お杉」ちゃんの客です。
「道具屋」と設定がてきとうなのはお店のシーンがないからです。
「手代」というのは若い、ヒラのの従業員です。
ふたりの会話。

お杉ちゃん「お母さんが病気で、お金なくて(はぁ)」
與四郎くん「いま集金してきたお金70両あるけどこれは渡せないけど、2、3日中に30両くらいならなんとかするよ」

これを、漁師の七五郎(しちごろう)が聞いていて後をつけて行き、お金を盗みます。
七五郎は一応は漁師ですが、品川宿でお坊とつるんで遊んだり博打をしたりしている不良おっさんです。
気付いた與四郎くんがお金返してと言いますが、
七五郎は逆に難癖を付けて與四郎くんを殴って逃げます。このとき七五郎の浴衣の片袖がちぎれます。

集金したお店のお金を取られて絶望する與四郎くん。

チナミにお杉ちゃんの話はウソで、お杉ちゃんはお坊吉三とラブラブなので、
こうやって客をだましてお金を取ってはちょこちょこお坊に貢ぎ、
お坊はそのお金でなんとか食い詰めずに遊んでいるという設定です。

品川宿の場面はここまでです。


・矢矧橋

ここで場面がガラっと変わって、戦国時代の矢矧(やはぎ)の橋のたもとになります。
今はこの部分から出します。

あっちこっちに丁稚奉公に行っては逃げ出す問題児の「猿之助(さるのすけ)」が出てきて
わんこと遊びます。
疲れて寝ます。
ここに「蓮葉與六(はちすは よろく)」という野武士が手下をつれてやってきます。
「猿之助」はサルに似ているからのあだ名で、ほんとうの名前は「日吉丸」です。
つまり「蜂須賀小六」と「日吉丸」との出会いの場面です。

「與六」が橋を渡ろうとして日吉丸を踏み、言い争いの末に與六が日吉丸を天下を取る器だと言って気に入り、
日吉丸は與六たちの仲間になります。
戦国の世なので自分たちも出世したい。手始めに橋の先にある岡崎の宿の代官屋敷を攻める、ということで、
代官屋敷の様子を知っている日吉丸が内部事情や戦略を振り付きで語ります。
さらに戦闘力を試すための立ち回りがあったりします。
よくある「太閤記」の序盤の内容です。

・日本橋

ここで舞台が暗転して、矢矧橋は日本橋に変わり、江戸風俗のお兄ちゃんが起き上がります。
同じ役者さんが早変わりでやります。
「そんなら今のは夢だったか」
となります。
主人公の「小猿 七之助(こざる しちのすけ)」です。
先の幕でお金を盗んだ「七五郎」の息子なのですが、全然家には寄り付かない、これもゴロツキです。
セリフで「巾着切り」と言っています。スリです。

七之助は酔いざましに「辻講釈」を聞きながら眠ってしまったのでこんな夢を見たのです。
「講釈」というのは今の「講談」です。
当時は「太平記」や「太閤記」みたいな歴史物、戦記ものがが人気ありました。

俺も関白にでもなりてえものだとふざけた独り言を言う七之助。

ここに美しい御殿女中がお供を大勢つれてやってきます。「瀧川(たきがわ)」さまといいます。見とれる七之助。
「お女中」というのは明治以降の「女中さん」とは意味が違って、御殿にいるお姫様の側近です。侍女にあたります。
なのでこの「瀧川」さまも、とてもりっぱな服装をしています。

草履の鼻緒が切れて手間取っている隙に、七之助が瀧川さまの簪(かんざし)を抜き取って逃げます。
あわてて追おうとする家来たちを「大したものじゃないから」となだめ、そのまま立ち去る瀧川さま。
じつは簪には勤め先の家紋や名前が彫ってあるのでちょっと気になるのですが、おお事にしたくないのであきらめます。

見送る七之助は、「どんな男があんな女を女房にするのだろう」と、
新婚初夜とかリアルに想像していそうな雰囲気で独り言をいいます。

今は出ないですが、ここで前の幕でお金を取られた與四郎くんが出てきて思いつめた末に
大川(隅田川)に身投げします。


・深川洲崎土手(ふかがわ すさきどて)

前幕から10日ほどたっています。

深川には広大な材木置場があるのですが、これは全部、掘に材木を浮かべてありました。
今の木場とか東陽町のあたりは全部広大な掘割になっていて、一面に材木が浮いていました。
この掘割の、もっとも海に面した土手、材木置き場と海を仕切るように、橋のように細長く伸びていたのが、「洲崎土手」です。
江戸の東端にある不思議な場所です。
今だと地下鉄の車両置場になっているへんだと思います。あそこから南は海だったのです。

雨がふっています。
今は出ませんが、お坊吉三が遊女のお杉ちゃんを連れ出して逃げたのを店の若いもんが探しているシーンが冒頭にあります。
もともとはこういうかんじに、お坊吉三の筋と七之助の筋が交互に出てくる展開で、
これが初夏の「品川の宿場」「洲崎土手」などの江戸の雰囲気をリアルに、立体的に感じさせたのだと思います。


お屋敷もののりっぱな駕籠をかついだ一行がやってきます。前幕の「瀧川(たきがわ)」さまの一行です。
洲崎土手を渡った先、砂村にいるご隠居のお見舞いにいくために、こんな寂しいところを通ります。

雷がひどくなり、みんな逃げてしまいます。
起き上がった中間(ちゅうげん)がひとりいます。

「中間(ちゅうげん)」といいうのは、奴(やっこ)さんのことです。武家の下働きや外出のお供をした人たちです。
そしてこれ大事なのですが、
基本的に彼らは「派遣労働者」です。
そこらの町人が斡旋業者に仲介されて半年とか1年とかの契約で「中間」として武家屋敷で働きます。
見栄えが大事なのでガタイのいい男をお屋敷はほしがりますので、
定職についていない体力だけはある男、という、実は社会的にあまり質のよくないタイプが集まります。

というわけで、この起き上がった「中間」は、「七之助」なのです。
簪(かんざし)に彫ってあった家紋と名前からどこのお屋敷か割り出して、
うまいこと中間としてもぐりこんでいたのです。

籠の中にいる瀧川さまは気を失っています。
このままほっとくと死んでしまう可能性があります。心臓マヒかもしれないし。
入れ物がないので川の水を口移しで飲ませて、胸を押して蘇生します。色っぽい場面です。
目を覚ます瀧川さま。

お礼をくれるという瀧川さまに、「お情けがいただきたい」という七之助。
「お情けをいただく」は、エッチすることです。びっくりする瀧川さま。
もちろん怒って断りますが、
簪(かんざし)を盗んだのは自分なこと。最初から瀧川さま目当てで屋敷に入り込んだこと。
そしてさっき介抱するとき、もうあなたの身は汚れてしまったよ、と言います。
キスして胸さわっただけですが瀧川さまはショックです。
どうしても抵抗するならふん縛ってやって殺すぞと言われて、
事件になるって周囲に迷惑がかかるのを嫌った瀧川は諦めます。
「ただし1回だけ」と約束させます。

この口説く場面の動きが、半分ほどいた帯の端に七之助がでんと座り、瀬川さまは動けないという手順が
絵的にも美しく、非常に有名です。

近くに小屋があるのでそこで、と瀬川さまを連れて行く七之助。

元はここで、二人はお杉ちゃんと逃げる途中のお坊吉三と行き会います。
もともと悪仲間で仲良しなので「そこの小屋を使うといいぜ」と知恵を付けるのもお坊です。
お坊とお杉の裏街道もの同士のラブラブな様子や、
このあとお坊と追っ手との立ち回りもあってなかなかかっこいいです。今は出ません。


さて、ことが終わって七之助と瀬川さまがまた出てきます。いろいろ想像してしまうところです。
じゃあお屋敷に帰ろうかという七之助に、瀧川さまは「帰りたくない」と言います。
七之助が好きになってしまったのです。
これからは服装も世話女房の風俗にして、悪いことも覚えて一緒に生きていきたい、という瀧川さま。
驚く七之助ですが、喜んで一緒に逃げることにします。

ここで泥の中に落ちた家来の「助平(すけべえ)」が戻ってきて瀧川さまを探しますが、
ふたりはそのまま逃げていきます。

今はこの場面はここで終わりですが、
もとは、須崎土手のそばの海の中の場面が付きます。
七之助の父親、漁師の「七五郎(しちごろう)」が仲間の「源次(げんじ)」と一緒に漁をしていると、
死んだ與四郎くんの死体が網にかかります。
あれから十日もたっているのに夏なのに腐っていない死体が、水面から身を乗り出して睨んでくるおそろしい場面です。
以降、七五郎は與四郎くんの呪いに苦しみ続けることになります。



・吉原三日月長屋 (よしわら みかづきながや)
ここはたまにですが出ます。ここが出ると、瀧川さまの変わりっぷりが楽しいです。

吉原の遊郭のはずれです。夕方頃、お店が開き始めた時刻から始まります。

ここで「長屋」というのは、よく時代劇で見かけるような下町の裏長屋のことではなく、
長屋形式にずらっと部屋が並んだ売春宿のことです。安く遊べます。「切り店(きりみせ)」ともいいます。

吉原で「長屋を冷やかす」と言えば、この安い店のあるあたりをウロウロすることを言います。
ただし実際はここは路地になっていて路地番の兄さんがおり、
一度路地の中に入ると何もせずに出てくるのはちょっとむずかしいシステムになっています。気をつけないと!!

ここの下級遊女たちと馴染みの客との口の悪いかんじの掛け合いで幕があきます。
この「三日月長屋」はいま大繁盛で、新しく建て替えたところです。
「御守殿お熊(ごしゅでん おくま)というとてもキレイな遊女がいるからです。

この「お熊」が、瀧川さまです。
すっかり遊女商売にも慣れたのですが、たまに奥女中らしい仕草や言葉が出るので
「御守殿お熊」と呼ばれています。

ちなみに「御守殿(ごしゅでん)」というのは将軍の娘で一定以上の身分のお大名に嫁いだかたをこう呼びます。
これに仕える奥女中も「御守殿」と呼びます。
瀧川さまは最初の登場シーンで「日月(じつげつ)の紋」や「杏葉菊(ぎょうようぎく)の紋」が出てきます。
お大名というか天皇家を連想させます。かなり身分が高いお屋敷にいたのです。

七之助はというと、お金がないので瀧川さまをここに売ったものの、悪事が重なって江戸にいられなくなり、
しばらく上方でほとぼりをさましています。
もう3年たちました。

まず、以前瀧川さまの家来だった「助平」が長屋で遊ぼうとやってきて、お熊に気付きます。
あわてるお熊ですが、お屋敷に知らされてはたまりませんからとりあえず「ずっと好きだったの」とか言って
店に上がらせます。

このあと「海典(かいてん)」という生臭い感じのお坊さんがやってきます。常連です。
お熊ちゃんとは違う別の遊女の客です。
「教真(きょうしん)」という真面目そうな若いお坊さんと「真海(しんかい)」という小坊主くんも無理やりつれてこられました。困っています。

さて「七之助」がやってきます。お熊ちゃんに会いにきました。
とりあえず田舎ものの客のフリをして手ぬぐいをかぶって店に上がる七之助。

一般的な「切り店」は小さい部屋に遊女はひとりで、時間ぎめで遊ぶシステムが多いですが、
ここは二階の広めの部屋に屏風を立てて複数の客がおり、場合によっては遊女は一度に複数の客の相手をするかんじです。
酒肴も注文でき(というか強制的に出てくる)、
お運びの女や隣のブースの遊女も混ぜて酒盛りをしたりもしています。

外では近所の茶屋で浄瑠璃をやっています。若い男女の口説の場面です。
うだるような夏の夕方、色っぽく、情愛のある浄瑠璃に乗って舞台は進みます。

一階には店の主人の義兵衛(ぎへえ)がいます。最近お熊を口説いている要注意人物です。

女の子の按摩(あんま)の「お波(おなみ)」ちゃんがやってきます。目が見えません。
儀兵衛が呼んで腰をもませているうちに、その子がお金を盗んだのでさわぎになります。

覗いた七之助はこれが自分の妹だと気付き、お熊ちゃんにたのんで助けてもらいます。
七之助のブースに呼ばれたお波ちゃんは、父親はずっと病気で動けない。
自分も失明してしまったけど父親の薬代と生活費のために按摩をしていると泣いて話します。
なんてことだ実家はそんなに困っていたのか!!
七之助は名乗ることもできず、多少のお金をやって返します。

さて、時刻は五つ、午後10時ごろになりました。
さっき強引につれてこられたお坊さんの「教真(きょうしん)さんが、「いい加減帰ります」と言います。
生臭坊主の海典さんが引きとめますが、かわいそうに思ったお熊ちゃんが注意したりもあって、
教真さんと小坊主の真海(しんかい)くんは帰っていきます。

海典さんの「あいつは小銭をためてけっこう金を持っているから使わせようと思ったのに」
というセリフを七之助が聞きつけます。
実家の窮状を知った七之助は、どうにかお金を用意してやりたいと思っています。
都合よく教真さんは数珠を忘れていきました。
数珠を持って追いかける七之助。
「貸してくれなかったら力づくで」という言葉に不安になるお熊ちゃんですが、
教真が忘れていったお守りを見たら、教真が実の弟だとわかります。やばい殺される!!

当時のお芝居には「実は兄弟」「じつは親子」設定がとても多いのですが、
実際当時は赤ん坊のころに養子に出したりが、わりと多かったので、
それほど不自然な話でもないのです。

ここに長屋の路地の路地番がやってきて「あれは七之助だ、お熊の夫だ」とバラしたり、
だまして寝かせておいた助平が起きだしたりとか
いろいろ不都合なことになってきたので、
お熊ちゃんも逃げ出します。


・大川端薬師前

さきほどの「教真」と、小坊主の「真海」くんがお寺のある葛西にむかって歩いています。

夜も遅く、真海くんが疲れきってしまったので一休みしていると、
七之助が追ってきて数珠を渡します。お礼を言う教真。
そのまま行こうとする教真を七之助は引き止め、お礼がほしいといいます。
だって、数珠をなくしただけでも寺僧としては大問題で住職に怒られるにきまっているのに、
数珠があった場所は遊女屋です。岡場所ならともかく吉原です。バレたらどうなるかわかっているのか。
それを助けてやったのだから、と言ってお礼を要求します。ていのいいゆすりです。

このモチーフはこの後の作品、「十六夜清心(いざよいせいしん)」に引き継がれます。

「これは姉の結婚相手が貧乏で苦労しているらしいので渡すお金」と言って断る教真。
教真は、じつはお熊ちゃんの弟ですからこれはお熊ちゃんにあげるつもりのお金です。
当然七之助にも回ってきます。
しかしそれを知らない七之助は父親と妹にお金を渡したい一年で、教真を殺します。

いわゆる「殺し場」と呼ばれる見せ場で、
美しく真面目なお坊さんが、ならず者に残酷に殺される様子を見せます。
一種倒錯的な美学に基いて演出の段取りが組まれており、
ようするに、エロいです。

ちなみにですが、初演ではこの「教真」は「お坊吉三」と同じ役者さんが演じました。
やさぐれた、しかしたくましく生き抜くイケメンと、はかなく散る美青年。
両方を楽しめるように作られているのです。

さらに「おじさん怖いわいのう」と抱きついてきた小坊主の真海くんも、自分の顔と名前を覚えてしまっているので
殺します。
子供まで、と思ってしまいますが、これの初演は安政4年の7月でして、7月ということはつまり「夏芝居」です。
やりすぎなくらいのあざとい演出は「夏芝居」ならではです。

ここに追いかけてきたお熊ちゃんがやってきますが、時すでに遅しです。やっちまった後です。

さて台本通り出すとここで月が隠れて真っ暗になり、いわくありげな男との「世話だんまり」になるのですが、
この男は初演時の脚本には名前はあり、おそらくお熊ちゃんの実の親なのですが、
完全にここにしか出ません。一応書いときます。


・深川大島町

これ以降は絶対に出ないと思います。書きます。
深川の裏長屋です。住人全員貧乏なすさんだ環境です。
チナミに大島町というのは今だとイトーヨーカドーがあるあたりだと思います。当時は掘割に囲まれた深川の西南端です。湿度高そうです。
七之助の父親、七五郎が娘のお波ちゃんとここに住んでいます。
長屋内でお葬式が出たので集める50文(500円くらい)が出せません。長屋の仲間がちょっと出してくれます。泣けます。

ここに昨日から来ているのが、お坊吉三とその彼女のお杉ちゃんです。
この二人も品川を逃げてからあまりいいことがなく、寝る場所がないのでここに来たのです。

怪しい修行僧が祈祷をするとか言ってやってきますが
出かけていたお坊吉三が戻ってきて叩き出します。
お坊は博打で摺ってしまったので着ていた着物までカタに取られてしまいました。
誰かに金を借りに行きたいのでお杉ちゃんの着物を脱がせて着ようとしてケンカになります。貧乏すぎです。

お波ちゃんが「これがあった」と浴衣を出してきます。ぎょっとする七五郎。
片袖がありません。
これは以前に與四郎くんからお金を奪った時の着物なのです。ずっと隠してあったのでした。
仕方ないのでこれを貸します。

お坊とお杉ちゃんは出かけ、夜も更けます。
息子の七之助がこっそりやってきます。七五郎にお金を渡しに来ました。
明日はお互いどうなるかわかりませんが、とりあえずの無事な再開を喜び合うふたり。

ここで、丈夫だった父親と妹の変わり様に、なにか恨みでも買ったのではないかと言う七之助。
すると横で眠っていたお波ちゃんに、殺された與四郎の霊が乗り移ります。
むっくと起き上がり、見えないはずの目を見開き、恐ろしげな様子で恨み言を言うお波ちゃん。

お波ちゃんは子役ですが、目が見えない按摩の演技だけでも大役ですが、この幽霊の演技はたいへんです。
初演では当時の市村羽左衛門。後の名優、五代目菊五郎がやっています。

呪いのおそろしさにおののく親子です。

正気に戻って目が覚めたお波ちゃんとの悲しい再開があって、
そろそろ逃げないと自分が危ないのですが、父親が心配で出かける気にならない七之助に
「そんな根性じゃあ(拷問の)石を抱くことはできねえぞ」と七五郎が発破をかけるところが
悪者親子らしいと思います。

長屋の塀外になります。
塀を越えて逃げようとした七之助を前の幕の遊女屋の主人、義兵衛が捕まえます。
お熊を連れ出されたので追ってきたのです。
さっき家に入ってきた怪しい修行僧は儀兵衛の手下でした。
言い争いの末に七之助は儀兵衛を殺します。
ここも立ち回りながらの派手ななぶり殺しになっていて凄惨です。

逃げる七之助。このとき片袖が取れます。

ちなみにこの場面にもこの後にもお熊ちゃんは出ないので、
やはりもうちょっと後半書き込むつもりでいたのが長くなりすぎたのかなと思います。

戻ってきたお坊吉三とお杉も死体を見てびっくりします。

このあと、もう一度與四郎の幽霊が出て七五郎が苦しむ場面があります。

殺し、呪い、病気、貧乏。外から聞こえる気味の悪いお通夜の念仏。
この世の地獄のような光景でこの幕は終わります。


・越谷地蔵堂

最後の幕です。
朝です。明るい光、田舎の農村風景の中にひなびた小さいお堂があります。
前幕とはうって変わって明るい雰囲気です。

三日月長屋にいた生臭坊主の海典(かいてん)が
あの日一緒にいた教真と真海が殺されたのでびっくりしてここまで逃げて来ました。
しかしこのまま逃げたら、むしろ犯人にされてしまうと気づいて、江戸に戻ることにし、
生臭坊主なのでお賽銭をくすねて出ていきます。

七之助がやってきます。昨日の騒ぎのあと、ここまで夜通しあるいて逃げてきました。
明るいうちは歩きにくいので地蔵堂の堂守の「西念(さいねん)」さんに頼み、
旅の途中で泥棒にあった、とウソを言って休ませてもらいます。

七之助の浴衣の片袖がないのに気付いた西念さん、
よく似た片袖があるから、間に合わせに付けてあげましょうと言って、取り出します。
なんだか見覚えがある柄です。

西念さんの話です。
息子は3年前に殺された。お店のお金70両を盗まれて大川(隅田川)に身を投げた。
その時持っていたのがこの片袖だ。
ずっと盗んだやつを憎んでいたが、ふっと思い切って仏道に入った。
この袖を継ぐのも縁だから回向してやってください。

驚く七之助。ではあの與四郎くんの父親であったのか。

七之助は事情を話し、
與四郎くんの恨みで父親と妹がずっと苦しんでいる。
敵と思って自分を殺し、與四郎くんの恨みが晴れるように祈ってくれ、と頼みます。

さらに言えば、與四郎くんとお熊ちゃんはいいなずけですが、いとこでもありました。
お熊ちゃんの弟の教真を殺したのは自分です。この西念さんにとっては甥にあたります。
そもそも與四郎くんのいいなずけだったお熊ちゃんと夫婦になった自分は、いわば人の妻を寝とった男です。
父子で犯した様々な罪が、西念さんへの縁にすべてつながっているのです。
深く詫び、自分を殺してくれという七之助ですが、
西念さんは、死ぬ気なら出家しなさい、と言います。
その言葉に従う七之助。頭を剃って名前も「西心(さいしん)」とします。

出家したからには暴力はいけません。怒ってもダメです。
腹が立ったら「南無阿弥陀仏」と唱えなさいと教える西念。

そこにさっきの生臭坊主の海典(かいてん)が戻ってきます。
賽銭を盗んだのに、衣を忘れていったのです。衣は売れば高いのに!! というわけで戻って来ました。
盗んだ賽銭を返せという西念に、証拠はあるのかと逆切れする海典。
西念さんが困っていると、すっかり僧形になった七之助が戻って来て海典を投げつけて助けます。
逃げる海典。

怒ってはいかんと諭す西念に、あわてて念仏を唱える七之助です。

おわりです。

ずっと地獄の底をのたうっているような展開を見せた最後に、
のどかな明るい地蔵堂で主人公が出家するというこのラストのコントラストは秀逸だと思います。

ただ、明治に入ってこのラストは書き換えられ、いわゆる勧善懲悪がはっきりするように、
最後に七之助が捕まる内容になったようです。
個人的には初演時のこのラストが非常に好きです。


以上です。


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洲崎土手の場 (鏝束半次)
2016-09-10 05:00:32
黙阿弥の「小猿七」で最も有名な「あの」洲崎土手の強姦シーンは、戦前は上演はもちろんのこと、検閲で活字化もできなかった。この場は講談速記にはなく、あくまで黙阿弥の脚色であるが、1925年・春陽堂刊の「黙阿弥全集」(河竹繁俊・河竹いと編)第三巻所収の脚本にも洲崎土手の場はなく、当然あの名セリフもない。その代わりに編者は苦肉の策のウルトラCで、何と講談速記をそのまま移してゴマかしている。なるほど、これなら全面カットして不自然に穴が開くこともなく、検閲も通ってストーリーとしてもそう無理なくつながる。うまく考えたものだ。多分、父親崇拝のお糸さんは不満だったろうが、泣く子とお上には勝たれません。
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