歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「色彩間苅豆」 いろもよう ちょっと かりまめ

2015年08月01日 | 歌舞伎
「かさね」というタイトルのほうが通りがいいかもしれません。

もとは
「伊達競阿国戯場(だてくらべ おくにかぶき)」というお芝居があり、
その一部分を所作(しょさ、踊りね)として作ったものです。
それとは別に鬼怒川地方に伝わる「かさね(累)伝説」というものがお話の下敷きになっています。
詳しくは下に書きます。

「かさね(累)」という美女と「与右衛門」は夫婦です。
もとは都にいたのですが、いろいろあって今は田舎で暮らしています。

「与右衛門」は何かしくじって浪人中。なんとか帰参しようと画策しているがムリっぽい。
「かさね」は養女で、養父はお侍。これもお殿様からあずかった家宝をなくして立場があやうい。
「かさね」はお屋敷で腰元をしているようです。
原作を踏襲しつつ、この作品用の仮の設定を作っていると思うので、
設定が非常にあいまいです。

「木根川(きねがわ)」のほとりです。
主人公の「与右衛門」を追って「かさね」が出てきます。
「与右衛門」は黒紋付を着流しに着た色男です。かさねはお屋敷風のきれいな衣装の美女です。

どうももとの藩に帰参するのは難しそうです。世をはかなんで自害しようとする与右衛門を、
かさねは追ってきたのです。
ひとりで死ぬなんてひどい。死ぬなら一緒に。というかさね。

与右衛門は「お義父さんは今大変なときだし、これ以上心配かけるのも」と説得しますが
かさねは聞きません。
一緒に死ぬことにしたふたり。

と、何かが川を流れてきます。
「卒塔婆(そとば)」に乗ったどくろです。どくろの目には鎌が刺さっています。怖い。
「卒塔婆」は、お墓を立てる前に仮に立てておく、ギザギザした形状の長い板がありますが、あれです。
戒名が書いてあります。
「俗名 助(すけ)」
驚く与右衛門。
「助」というのは「かさね」の実の父親の名前です。与右衛門は昔、「助」を殺したのです。

「助」の恨みの恐ろしさを感じながら、かさねに見られないように卒塔婆(そとば)を折る与右衛門。
するとかさねの足が痛み出します。
どくろに刺さった鎌を引き抜くと、かさねは顔を抑えてうずくまります。

ここで現行上演だと捕り手がやってきて与右衛門を捕まえようとします。
罪状は何だとか細かいことは気にしなくていいですワタクシもわかりません。
お芝居っぽければいいのだと思います。

立ち回りになり、捕り手が何か手紙を落とします。戦いながら手紙を読む与右衛門。
この手紙についても説明はありませんが、
どうも身の潔白が立ってまた武士に戻れそうな内容らしいです。

捕り手退場。
与右衛門も退場しようとするのをかさねが引き止めます。
ここで与右衛門はかさねの顔が醜くなっているのに気付きます。
呪いの恐ろしさにおののく与右衛門。
「ても恐ろしい」と言います。

かさねは自分の変化には気付かず、与右衛門が持っている手紙ばかりを気にしています。
浮気相手からの恋文だと思っているのです。
嫉妬しながら、
こんなキレイな御殿風の身なりの自分だけれど、前掛けをかけてもっとカジュアルな髪型で下駄をはいて
与右衛門と暮らしたら嬉しいだろう、と思いを訴えます。
ここで身なりの話をするので鏡を出すのですが、与右衛門があわてて取り上げる段取りになっています。

前の美しいかさねに言われたらうれしい文句ですが、いまは恐ろしいだけの与右衛門。
じつは今の手紙で武士に戻れることになったのだが、
ひとりで行こうと思ったけれどじゃあ一緒に行こうと言います。だましています。

喜んで与右衛門の先に立って歩くかさね。
足を引きずり、顔もみにくく変わって別人のようです。

後ろから鎌で切りつける与右衛門。

なぜ殺すのだと聞かれて、与右衛門はさっきの鏡でかさねに顔を見せます。おどろくかさね。
さらに、自分がかさねの実の親の「助」を殺したこと、かさねの顔が変わったのも「助」の祟りであることを話して
ついに与右衛門はかさねを斬り殺します。

あとは、花道を逃げ去ろうとする与右衛門を幽霊になったかさねが引き戻す場面があり、
おわります。


元ネタの「かさね(累)」伝説について書きます
とある村の醜い娘の「かさね(累)」が、江戸から来た流れ者の男を婿に取った。
男は娘の土地を手にいれたら娘を邪険にするようになり、ついに殺してしまった。
殺された娘は男に祟り、男がそのあともらった7人の嫁たちもみな殺された。
だいたいそういう話です。
もっと怖いのですが怖い部分は全力で省略しました。

この話は江戸期のひとびとには有名だったので、
お話の中のモチーフをちりばめておくと、特に説明しなくても客は「あの場面だ」と理解できました。

かさねは足も悪かったと伝わっているので、
お芝居の中でも与右衛門が「卒塔婆(そとば)」を折ると、かさねの足が痛み出し、足を引きずって歩きます。
顔も醜くなっていきます。
美しかった「かさね」が、どんどん伝説のあの不幸な娘になっていく、そういうおそろしい演出です。

また、タイトルにある「ちょっとかりまめ」というのは、
かさねが殺されるとき、刈り取った豆を背中に背負っていたという伝説をふまえています。

ちなみに実説ですと与右衛門は「かさね」の父を殺してはいないし、「助」という名前も父親のものではないので、
わりと自由にアレンジはされています。

かなり泥臭い、土地のお百姓さんに伝わる悲しい因果話を、
都の香りがする美しい男女のお家騒動がらみの物語に書きかえたのが、この作品です。

曲自体は昔からあったのですが、
今の演出での初演は大正9年です。十五代目羽左衛門と六代目梅幸なので、案外と新しい作品です。

「伊達競阿国戯場(だてくらべ おくにかぶき)」についてもう少し書くと、
この作品は今は「伽羅先代萩(めいぼく せんだいはぎ)」というお芝居ををすっごく本気で通し上演するときに、
序盤、中盤部分として使われます。

両者に共通するだいたいの内容は
・お殿様の「頼兼(よりかね)」が江戸吉原で高級遊女の「高尾太夫」に夢中になり、
遊郭で贅沢三昧をしたあげく、隠居させられる。
・急に譲位したのでお世継ぎをめぐってお家騒動がおきる。
というかんじで(ざっくりすぎ)、

「伊達競阿国戯場(だてくらべ おくにかぶき)」には「絹川谷蔵(きぬがわ たにぞう)」という相撲取りが出てきて、
お殿様をいろいろと助けます。
悪人たちの手下に襲われたお殿様を「絹川谷蔵」が助けるかっこいい場面が今は序幕に使われます。

谷蔵はお殿様を立ち直らせるために「高尾太夫」を斬ったりし(お殿様が殺す型もある)、
そのあと故郷の村に帰って「絹川与右衛門(きぬがわ よえもん)」と名乗ります。
つまりこいつが「与右衛門」です。

「かさね(累)」は高尾太夫の妹なのですが、ふたりは結婚して仲良くくらしています。
高尾太夫の祟りで「かさね」の顔は醜くなっているのですが、
与右衛門が「鏡を見るな」と言ったので「かさね」は自分がきれいなままだと思っています。

自分はきれいだと思っている「かさね」が与右衛門のために身売りしようとして
事実を知らされて絶望する場面があり、
いろいろあって、
完全に「高尾太夫」の霊がとりついた「かさね」を、これまでとあきらめた与右衛門は切り殺します。

ちょっと怖かった。がんばりました。
この「殺し」の部分を、より古い伝説に近づけて作ったのがこの「色彩間苅豆」というかんじです。

「伽羅先代萩(めいぼく せんだいはぎ)」というお芝居についてもちょっと書くと
これもちゃんと首尾一貫したおもしろいストーリーになっているのですが、
もとが文楽なので多少堅苦しい雰囲気が嫌われるのか、
序盤と中盤部分には、この「伊達競阿国戯場(だてくらべ おくにかぶき)」を切り張りして出すのが一般的です。

お家騒動部分については「伽羅先代萩」のほうが出来がいいのでこちらが採用されており、
なので通し上演のときのタイトルは「伽羅先代萩(めいぼく せんだいはぎ)」になるのがふつうです。
個人的には怖いのきらいなのもありますが、文楽版もかなり面白い内容ですので
いっぺんこっちで通し上演を見てみたいです。

というわけで「かさね」の元になっているお芝居は、と聞かれたときに
現在の上演タイトルの「伽羅先代萩(めいぼく せんだいはぎ)」と言えばいいのか
本来の母体である「伊達競阿国戯場(だてくらべ おくにかぶき)」と言えばいいのか
毎回悩みます。説明すると長いし。

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