歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「丸橋忠弥」まるばし ちゅうや。

2012年01月31日 | 歌舞伎
「慶安太平記」けいあん たいへいき が本外題です。
通称「丸橋忠弥」まるばし ちゅうや。

徳川家光が死んですぐのころ、江戸幕府初期の不安定期のお話です。
由井正雪(ゆい しょうせつ)は仲間を集めて鎌倉に秘密組織を作り、幕府転覆を企みますが結局阻止されます。
という史実をベースにした作品です。河竹黙阿弥(かわたけ もくあみ)作。
明治に入ってからの作品なので、登場人物の名前などもおおむね史実どおりですよ。

ところでこれはあまり大仰な「歴史ドラマ」ではなく、
反乱組織のひとり「丸橋忠弥」にスポットをあて、そのかっこいいところを適宜組み合わせてだけのお芝居です。
なので、
善人と悪人がいて、事件が起きて、双方が戦って、悪人負けてめでたしめでたし。
こういうスタンダードな起承転結を予想して見ると、ちょっと混乱するかもしれません。
どこからはじまっていつ終わるのかわかんなくなるかも。ていうか傘持って出てくるこのお兄さん誰?わかんない説明して、と思ってるウチにストーリー終わりそうです。
まあ、この「丸橋忠弥」っていうお兄さんを見るためだけのショーですよ。最低限の設定だけ理解したら、ストーリーの流れはてきとうに。

逆言えば↑のへんさえ押さえて行けば、細かい史実ちゃんと覚えてなくても問題なく楽しめますよ。

最も有名な見せ場は始まってすぐです。
江戸城の外堀、小雨が降っていますよ。いい風情です。
酔っぱらって出てきた丸橋忠弥が「ここで五合かしこで三合(飲んで)…」というかんじで、
酒は旨くてやめられないものだ、と独白する、それだけの場面なのですが、
作者、河竹黙阿弥の書いたセリフがよくできているのと、昔のいい役者さんたちが工夫したかっこいいセリフ回しが伝わっているので、たいへん絵になるいいかんじの場面に仕上がっているのです。

で、犬に石を投げます、犬にぶつけるフリをして堀に石を投げて、音で水の深さを計っているのです。
つまりお城に攻め入るための偵察中なわけです。
この部分はお芝居の中で何の説明もありませんので、知らずに見ると何やっているのかわかりませんが、そういうことです。

ここで出てくる松平伊豆守(まつだいら いずのかみ)とのやりとりも見逃せませんよ。
酔っぱらっているフリの忠弥と、何気なく話しているフリののの伊豆守ですが、
一方は江戸城攻撃の偵察中、一方は「こいつただ者じゃない」と感づいてさりげなく牽制、という、
じつはたいへん緊迫感のあるやりとりをしている、というところが見ものなのです。
伊豆守はお侍らしいキリっとしたところと同時に大旗本らしい品のあるかんじも必要です。
普通おさむらいは骨太で怖そうなほうがいいのですが、伊豆守だけはもの柔らかで線が細いのがいいのです。
だけどやっぱりキリっとしたところは必要、というなかなか役者さんを選ぶ役ですよ。

場面変わって後半、貧乏なおうちのシーン、
歌舞伎用語で「世話場」(せわば)と言います。
まあ複雑な展開ではないので見ていればわかると思いますが、セリフ聞き取れないと困るのでだいたいの流れを書きます。
反乱の陰謀を周囲に悟らせないためにぐうたら飲んだくれてばかりの丸橋忠弥、心配した舅の藤四郎が異見しに(要は小言言いに)来ます。
そんな調子ならもう娘を離縁して返せと言われて忠弥、舅を安心させるためについ、陰謀を話してしまいます。
舅の藤四郎、速攻幕府にチクります。あ~あ。
彼は「弓師」、弓作りの職人なのですが、こんな妙にレアな職業にしたのは、町人で、町人らしい行動しかしないタイプだけど、
武家とつながりがあるのですぐにチクれる、という設定が必要だったからだと思います。
この舅とのやりとりの部分はとくに名場面ではありませんが、やはり黙阿弥ですからセリフは上手いです。
テンポもいいし、こういうダメ(なフリ)主人公に年長者がこんこんと理詰めで説教する場面は歌舞伎の定番ですが、
さすがに登場人物のキャラクターが類型的にならずに伝わってくるかんじで、飽きさせません。

というわけで幕府から捕り手のみなさんがやってきますよ。
見せ場の立ち回りです。えいえいやあ。
古典的な歌舞伎の立ち回りより、明治以降の作品だけ合ってこれはテンポも早く、動きも激しいので
歌舞伎を見慣れていないかたがたにもわかりやすいと思います。
テレビの時代劇でもときどき見かける「畳返し」の手法、「藪畳(やぶだたみ)」というのですが、それやるはず。違ったらごめん(おい)。
「藪畳」の初出は江戸末期、文久のころの「宮本武蔵」だそうですが、このお芝居は今は出ませんので、現行上演一番古いのがこれかと思います。
テレビの時代劇の演出のルーツは、そんな具合にけっこう歌舞伎なのです。
牢屋で牢名主が何枚も畳重ねていばってるシーンとかも、もとは歌舞伎です。この牢屋の演出は一見ネタっぽいですが、江戸時代に牢役人だった人の話を細かく聞いてリアルに演出したので、実は本当にああだったのです。
ってこれは「藪畳」とも丸橋忠弥とも関係ないです。

というわけでいろいろあって、とくに丸橋忠弥が捕まるわけでもなく、江戸幕府が転覆するわけでもなく(しません)、立ち回りの途中でイキナリ「ひっぱりの見得」になって、そこでお芝居おしまいです。

これも歌舞伎ではありがち演出なのですが、「え、ここで終わり?」と思うかもしれません。
いちおう最後までていねいに出すと首謀者の由井正雪(ゆいしょうせつ)が捕まるシーンまであるのですが、まあ反乱軍全員捕まるのは史実なのでわかっている事ですし、その部分は普通は「以下略」なのです。
座頭格のえらい役者さんが悪の親玉をやるのが歌舞伎ですので、幹部俳優のかっこ悪いシーンは出さない、という計算もあります。
もりあがったところでお互い「さらば、さらば」でかっこよくおしまいです。

というお芝居です。

流れを先に把握してご覧になる分にはストーリーは単純ですから混乱が少なく、見やすいと思います。


古い映画でフランキー堺が主演の「末は博士か大臣か」というのがあります。
菊池寛の若い頃が題材ですが、芝居(歌舞伎ね)好きで有名な菊池寛が、お芝居を見るシーンがあります。
これが「丸橋忠弥」の「酒はやめられねえ」の部分なのです。この忠弥がすばらしいのです。
昔見たのでどなたがやったのか覚えてないんですが、いい忠弥です。と思ったらAmazonでは出てこないや。DVDないみたいです。
見られねえじゃん、書いた意味なかった、すまん。

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