歌舞伎見物のお供

歌舞伎、文楽の諸作品の解説です。これ読んで見に行けば、どなたでも混乱なく見られる、はず、です。

「五斗三番叟」 ごと さんばそう (「義経腰越状」)

2009年10月20日 | 歌舞伎

「義経腰越状(よしつね こしごえじょう)」という作品の三段目の前半部分にあたります。現行上演ここしか出ません。

主人公の五斗兵衛(ごとべえ)の事実上のモデルが、後藤又兵衛なのですが、現行上演ではそれはあまり関係なくなってしまっています。
一応主人公の名前と、最後のシーンで五斗兵衛が踊りの「三番叟(さんばそう)」の振りをする、ということとを取って、「五斗三番叟(ごと さんばそう)」と呼ばれます。

通しで読むとじつにいろいろ気が滅入るような事件がおこる長いお芝居の、ほんの一部です。
とはいえ前後のストーリーとまったく関係なく見られる部分なので、「所作(踊りですね)」+ちょっと劇、として気楽に楽しめばいいのです。

義経さまが源平の戦のあと、鎌倉の頼朝とモメてるころのものがたりです。
主役の五斗兵衛(後藤又兵衛)は有能な軍師なので、義経の家来、泉三郎(いずみ さぶろう)が呼んで義経に引き合わせます。
義経は戦をするつもりはないですが、頼朝は攻めてくる気満々です。来るべき戦に備えて有能な軍師が必要だと泉は考えているのです。
義経には悪い家臣が付いています。伊達次郎(だての じろう)、錦戸三郎(にしきど さぶろう)の兄弟です。
兄弟なのに名字が違うことについては、「氏」と「名字」の違いを説明しないといけないので割愛です。仲のいい兄弟でなので見ていてなごみます。悪人だけど。
この二人が義経に酒や遊びを勧めていて、なので義経は戦を忘れて自堕落な生活をしているのです。
悪い家臣兄弟は五斗兵衛もジャマなので追い返そうと、わざと酒を飲ませます。

というのがだいたいのお話です。兄弟に巧妙に勧められて五斗兵衛が酒を飲むシーンが楽しいです。

セリフが聞き取りにくいかと思うので、一応流れを書きます。

出だし、遊び呆ける義経を諌めようと、家来である義経四天王のひとり、亀井六郎(かめい ろくろう)が踊りに紛れて入ってきます。
義経に「お前様はなあ…!!(家来が主君に意見するときの定番の言い回し)」と意見しますが、義経は怒って退場してしまいます。
当時亀井六郎19歳、忠義心にあふれ、若々しく一途な気持ちが出た、いい役です。
六郎を追い返そうとする錦戸、伊達兄弟。家来たちと六郎との立ち回りが前半の見せ場です。
完全に所作立ての立ち回りなので、ただ動きを楽しめばいいです。後半のストーリーには関係がないです。

忠臣の泉三郎(いずみ さぶろう)が出て来て六郎をいさめ、「踊り」を暗に「戦」に例えて「自分もいい音頭取り(軍師)を呼んで来たりしていろいろ考えているから、あまり案ずるな」と諭します。一応納得して亀井六郎退場。

悪人兄弟の悪巧み、泉が連れてくるらしい五斗兵衛という男に何か失敗をさせて義経を怒らせれば、泉の立場も悪くなるだろう。小うるさい泉がいなくなれば、義経を自分たち兄弟で思うように操れる、
だいたいこんな相談です。
大酒のみで酒癖が悪いので評判の五斗兵衛に、酒を飲ませて酔いつぶしてしまうことにしますよ。

五斗兵衛登場、泉は義経さまに会いに退場。
五斗兵衛は、五斗の酒を一度に飲むほどの大酒飲みなので、そんな名前で呼ばれています。
以前は武士だったのですが、今は武士をやめて刀の目貫(めぬき)職人として生計をたてています。
目貫(めぬき)というのは、刀の刃の部分を柄に固定するためのクギですよ。もともとはこの「クギ」のことを「目貫」と言ったわけですが、だんだんと、クギの頭部分に装飾を付けて刀のワンポイントにするのが流行るようになます。今で言うとブローチやタイピンのような大きさの金属細工ですよ。
この装飾を作る職人を「目貫師」と呼ぶようになりました。五斗兵衛もこの仕事をいているという設定です。

錦戸 伊達兄弟がやってきて五斗兵衛にあいさつ、五斗兵衛が酒を飲む場面になります。
ここは見ていればふつうにわかると思います。面白いです。
酒にだらしない男の弱さとともに、大酒のみ=豪傑というイメージもありますから、役者さんはそういう力強さやスケールの大きさも見せなくてはならない場面です。

酔いつぶれる五斗兵衛。義経が出てきて兵法(ひょうほう)についていろいろ聞きますが、五斗兵衛はベロベロに酔っている上に「そんものはとんと知らない」と答えるので、義経は怒って退場してしまいます。
上手くいったと喜んで、これまた退場する錦戸、伊達兄弟。
がっかりする泉ですが、座敷を去り際にふと刀を少し抜いて、カチンと音をたてて閉めます。
泥酔しているはずなのに、その音に反応する五斗兵衛。
泉は、五斗兵衛の泥酔が「わざと」であることを確信して、今後の対策を練るべく退場してきます。
というこの最後の部分は、セリフで何の説明もないのでただ見ていると意味がわかりませんが、そういうかんじです。

錦戸、伊達兄弟の指図で奴さんたちがたくさんやってきます。五斗兵衛をからかって叩き出そうとします。
五斗兵衛はそれをあしらいながら、刀の目貫(めぬき)の説明やデザインごとのお値段の説明をします。いろいろシャレや掛詞になっていて面白いのですが、たぶん聞き取れないので、立ち回り部分の動きだけ楽しんでください。

最後、義経に会うので着ていた裃(かみしも)を脱いだ五斗兵衛が、それをうまく折って烏帽子のように頭にかぶり、踊りの「三番叟」のようないでたちをして、組み伏せた奴さんたちを馬のようにしてその上に乗って退場します。
最後、「五斗兵衛」が「三番叟」のようなポーズをとるところから、このお芝居は「五斗三番叟」と呼ばれます。
「三番叟」は、能由来の、非常に古い、儀式的な踊りです。説明は=このへん=に一応。 
画像は=こんな=

現行上演はこれで終わりです。

押さえるポイントとしては、「酒をすすめられて飲むところは、じつは分かっていてわざと飲んでいる」。
「わざと失態を演じて権力におもねる気がないところを見せる」
というかんじなのですが、通しで浄瑠璃読んですらこの部分は理解しがたいリクツです。

まあ、「あれはわざとであって、失態ではない」
とさえわかって見ていただけば、安心してご覧になれるかなと思います。

最初にも書きましたが、
もともと「五斗又兵衛(ごと またべえ)」という名前は「後藤又兵衛」のもじりです。
作品自体、もともとは関東(家康)と大阪(豊臣家)が対立していた、一触即発の大阪の陣の直前あたりがイメージされており、それを関東(頼朝)×京都(義経)の対立に置き換えて、お芝居を作ったのです。
とはいえ全体に豊臣方に寄った内容になっているのもあって幕府による上演禁止も何度かあり、何度も改作され、豊臣、徳川の対立という点については全段通して読んでも伝わりにくい内容になってしまっています。

という成立事情も一応あるのですが、すでに作品の一部しか上演されないのでそのへんの細かい設定は気にせず、見ていただいて問題ないです。
同じ理由で義経、頼朝の対立や「腰越状(こしごえじょう)」についての説明も割愛しますよ。

=索引に戻る=


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