雨の間合いの一瞬の晴間をぬって
セミたちの急ぎ鳴き------
みんみんもアブラもつくつく法師も
積もりつもった鬱憤を一斉に吐き出している。
このときを鳴かでいつ鳴くや とばかりに-------------
どのような風の吹き回しだろうか
最近、いろいろな人がやってきて
にぎやかな話題と手みやげを届けてくれる。
レストラン経営から手を引いて十年、
古い自宅で蟄居のような暮らしをしているので
心配して訪ねてくれるのだろう。
大方がそのレストランで青春を語り合った仲間たちである。
今では立派な経営者として毎日、忙しく駆け回っている。
彼らがエネルギッシュな話を聞かせてくれるので
お蔭で老人クラブなどには入らずに済んでいる。
--------------ありがたいことだ。
しかし、ほんとうのところは様子伺いに来るというよりも
あの時代の懐かしさを求めてやって来るともいえる。
人生の後半を過ぎ、彼らも亦
遙か遠くに置いてきた青春を想い起こそうとしているのだ。
サザンの歌に惹かれるのも
青春の煌めきを今も持ちつづけているから。
来るひとも去るひともゆめ天の川
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わたしの名はシロちゃんです。 10年前
ほんとうの天の川を見るには難しい時代ですね。暁方の天の川をミルキーウエイと呼んでいた羊飼いたちは幸せでした。
’あたい’には両方ともわかる気がします。
青春が青い春ならば、今は赤い夏「赤夏」とでも言っておこうか!!
忙しさの度合(許容範囲)は人それぞれで、「忙しい」と感じた時、あたいは許容範囲の少ない「あたいなんだ。」と思うようにしています。
手を触れただけで`ビビッ'と感じた青春だけは忘れたくない。
〈世の中にムダなものは何一つ無い〉と神さまが仰ったそうな・・・・・確かにムダなことに思い煩ったこともあったけれど、思えばそれも亦、ステキなことだったかも。ああ、それからね、ビビッとくることは現在進行形で時々あります。