勇気を出して、私に精一杯のメッセージを送ってくれた彼に敬意を表して。
先週、当時の同級生からみくしーでメッセージをもらった。
「中学、高校といろんなことがあったな、と最近振り返る機会がありました。 中学校の頃、おいたまさんに当たってしまったことがあった気がします。 過去のことは変えられないけれど・・・ごめんなさい。 僕もあの頃はとてもとてもつらかった筈なのに・・・自分だけでなく他の人にもつらい思いをさせていたのかもしれないと思うと心が痛みます。」
と。
私は中学時代のことは実はあまり記憶がなかったりする。 あったとしても曖昧でほとんど何も覚えていない、という言い方がきっと正しいのかもしれない。 嫌なことがたくさんありすぎて、記憶の引き出しを引っ張り出すのが怖くて、奥底に封じ込めているからだ。
私は3年間、何かしらの嫌がらせを誰かから受けていた。
いわゆる「いじめ」というものの軽いバージョンである。
特に2年生と3年生の頃はホントにひどくて。
特に一番私の記憶に残っているのは、2年生の頃、椅子の上に画鋲をまかれ、机いっぱい、椅子の後ろに
「死ね」「汚い」「臭い」
などと鉛筆でたくさんの落書きを書かれたこと。教科書にも。
(「臭い」はいまだに私のトラウマで、自分の体臭が気になり、香水が手放せない)
後ろに座っていたAくんの意地悪に「ざまみろ」という顔で私を見て、彼は小声で「死ね」と私につぶやいたことは今でもはっきり覚えている。
私は悔しくて、鉛筆で書かれたその落書きを泣きそうになるのをこらえながら全部消して、そのまま教室を出て行き、2時間トイレで声を殺して泣いた。
死にたくなったが、ここから落ちても骨折がいいところだ、となぜか冷静に判断。 死ぬなら一度家に帰って、お父さんとお母さんに手紙を書かなきゃとか考えていた記憶もある。 私が教室から消えても先生が探しに来ることもなく、それが余計に悲しくて、トイレから出られなくなった。 皆がいない授業時間にこっそりそこから抜け出し、保健室に行き、その日は席に戻った記憶がない。
それからしばらく、怖くて教室に行けなかったような記憶がある。 後ろに座っていた彼の目が怖くて、忘れられなかったのだ。 3年生になり、少しだけ状況は緩和したのだけれども、やっぱり女の子同士の仲間には入れず、私は中学時代に友達と呼べる友人がいなかった。
あの時はわからなかったけれど、どうしてそうなったのかは今はわかる。
私がすべての原因を作っているのだ。
私は個性が強かったし、気も強いし、自分にも厳しかったけど他人にはもっと厳しかった。
集団の中に溶け込むことが出来ない人間だった。
幼かったから、言葉の使い方なんて知らなくて、人を傷つけるような言葉を無意識に発していたんだと思う。
それが自分にすべて返ってきていただけだ。
最近、25歳の頃の私について振り返ることが多々ある。 自分自身のこと、というよりも、当時の彼の気持ちについて考えることが多くなった。 同じ年齢になり、彼がどんなことで迷い、傷つき、悩んでいたのか解るようになった。 そして、今よりももっと経済状況がよくなくて、転職や将来のことを考えた時、今の私のようにはいかなかった、という状況を考えると彼はどんなに苦しくて辛い中でも頑張っていたんだろう、年下の私の無知とわがままと暴言に付き合わされていたんだろうと。 それを考えると25歳の私は相当ひどい彼女だと思う。 彼と同じ立場で25歳の私を受け入れて支えて欲しい、と言われたら私は彼と同じことをしたんじゃないか、そう思うのだ。 彼だけを責めてしまった自分は間違っていたんじゃないか。
私は彼に謝りたい。でも、謝るべき彼はもう直接の謝罪の言葉をかけられない場所にいる。
人は完璧ではないし、一人で生きることは出来ない。 いろんな人に支えられて、いろんな人に出会い、いろんなことを吸収して、その時々でいろんなことを学び取る。 過去に起きたことは確かに変えることはできないし、謝っても済まされない出来事だってたくさんあるのかもしれない。
でも、生きていて、それを次の教訓として活かすことが出来て、同じ失敗を二度繰り返さなければそれでいいのだと私は思う。
彼の心からの当時のことへの謝罪の気持ちは十分に伝わっている。
私は元々彼が謝るほど彼にひどいことを言われた記憶がないのだけれど、彼がそうだというのだからそうなんだろう。
私は素直に昔の自分を振り返り、そして、多くの人が振り返りはしても苦い記憶として封じ込めてしまうだけなのに、直接本人に謝罪の気持ちを伝えようとする、そんな彼の謙虚さと素直さにとても清々しいものを感じた。
自分が、同じことを出来るかと聞かれたらたぶん出来ないと思う。
もう15年も昔のことだし、彼も私も大人になった。
いろんなことを経験した。
そしていろんなことを学んで、お互いに強く、そしてしなやかな人間になったのだと思う。
彼とはこれからはいい友人として、新たな人間関係を構築していけることを願ってやまない。
<ここからは私から彼への返信メッセージです>
皆、自分と向き合う時、というのは必ず存在するんだと思う。
私は今だってそうだし、強いて言えば25歳から27歳の2年間が一番そうでした。
過労で倒れて、仕事も今まで積み上げてきたキャリアも信頼も、そして結婚の約束をしてた人も無くして。
自分の人生自体をすべて見直さなければならなくなって、随分辛い思いをしました。
社会から離れて、2年近い間鹿児島の実家で療養生活という名の引きこもりの時期を体験し、ホントにあなたが想像がつかないほど、私は荒れて、自暴自棄の生活を送りました。中学や高校時代の出来事なんて比にならないほど、辛くて悲しくて苦しい時期でした。
私が人一倍努力して大切に積み上げて、育てていたものを一度に失いすぎて。何も手につかないし、死のうとしたことだって1度や2度ではないし、その度に親や兄弟、友人たちには泣かれて。
でも、私はどんな時でも一人ではなかったし、愛されていたからここまでやってこれているのだと今は心からそう思っています。
そして、私は与えられたたくさんの時間を使って、自分自身を見つめなおし、振り返りました。
すべての悪いことを他人のせいにするのはとても楽だけども、よくよく深く考えるとそういう風に相手にさせてしまう原因を作っているのは結局のところ自分で、その結果がいいことも悪いことも自身に跳ね返ってきているだけなんだって結論に辿り着きました。だからどんなことも自分自身で受け止めるだけの強さを得なきゃいけないし、起こったすべてのことに責任を負わなきゃいけないんだって。
それに何年も何年も経って、あの時は解らなかったことが年をとるにつれ、いろんな出会いを経てたくさんの人と触れ合う中で見えてくることもあるってことも知りました。
29歳という年齢になって、私は当時結婚の約束をしてた人と同じ年齢になり、彼があの時どんなことを考えてたのか、何を迷い、何を考えていたのか、私にどうして欲しかったのか解るようになりました。彼に自分のやってしまったことを、彼だけを悪者にしてしまったことを謝りたいのだけれど、彼は去年病気で亡くなってしまったのでもうそれも叶いません。
> 過去のことを思い浮かべると、これからもよろしく、とは言えないかもしれないけれど・・・
> もし気が向いたら飲みにでも誘ってくださいね。
全然、これからもよろしく、ですよ^^
何度も言うようですが、昔のことは昔のこと。
私はあなたのことを怒ってることも恨んでることもないから。
むしろ、謝られてびっくりしているくらいです。
でも、そういうあなたの謙虚で素直なところが私はいいなぁって思いました。あまりそういうことを素直に言える人ってなかなかいないと思うので大事にして欲しいです。
先週、当時の同級生からみくしーでメッセージをもらった。
「中学、高校といろんなことがあったな、と最近振り返る機会がありました。 中学校の頃、おいたまさんに当たってしまったことがあった気がします。 過去のことは変えられないけれど・・・ごめんなさい。 僕もあの頃はとてもとてもつらかった筈なのに・・・自分だけでなく他の人にもつらい思いをさせていたのかもしれないと思うと心が痛みます。」
と。
私は中学時代のことは実はあまり記憶がなかったりする。 あったとしても曖昧でほとんど何も覚えていない、という言い方がきっと正しいのかもしれない。 嫌なことがたくさんありすぎて、記憶の引き出しを引っ張り出すのが怖くて、奥底に封じ込めているからだ。
私は3年間、何かしらの嫌がらせを誰かから受けていた。
いわゆる「いじめ」というものの軽いバージョンである。
特に2年生と3年生の頃はホントにひどくて。
特に一番私の記憶に残っているのは、2年生の頃、椅子の上に画鋲をまかれ、机いっぱい、椅子の後ろに
「死ね」「汚い」「臭い」
などと鉛筆でたくさんの落書きを書かれたこと。教科書にも。
(「臭い」はいまだに私のトラウマで、自分の体臭が気になり、香水が手放せない)
後ろに座っていたAくんの意地悪に「ざまみろ」という顔で私を見て、彼は小声で「死ね」と私につぶやいたことは今でもはっきり覚えている。
私は悔しくて、鉛筆で書かれたその落書きを泣きそうになるのをこらえながら全部消して、そのまま教室を出て行き、2時間トイレで声を殺して泣いた。
死にたくなったが、ここから落ちても骨折がいいところだ、となぜか冷静に判断。 死ぬなら一度家に帰って、お父さんとお母さんに手紙を書かなきゃとか考えていた記憶もある。 私が教室から消えても先生が探しに来ることもなく、それが余計に悲しくて、トイレから出られなくなった。 皆がいない授業時間にこっそりそこから抜け出し、保健室に行き、その日は席に戻った記憶がない。
それからしばらく、怖くて教室に行けなかったような記憶がある。 後ろに座っていた彼の目が怖くて、忘れられなかったのだ。 3年生になり、少しだけ状況は緩和したのだけれども、やっぱり女の子同士の仲間には入れず、私は中学時代に友達と呼べる友人がいなかった。
あの時はわからなかったけれど、どうしてそうなったのかは今はわかる。
私がすべての原因を作っているのだ。
私は個性が強かったし、気も強いし、自分にも厳しかったけど他人にはもっと厳しかった。
集団の中に溶け込むことが出来ない人間だった。
幼かったから、言葉の使い方なんて知らなくて、人を傷つけるような言葉を無意識に発していたんだと思う。
それが自分にすべて返ってきていただけだ。
最近、25歳の頃の私について振り返ることが多々ある。 自分自身のこと、というよりも、当時の彼の気持ちについて考えることが多くなった。 同じ年齢になり、彼がどんなことで迷い、傷つき、悩んでいたのか解るようになった。 そして、今よりももっと経済状況がよくなくて、転職や将来のことを考えた時、今の私のようにはいかなかった、という状況を考えると彼はどんなに苦しくて辛い中でも頑張っていたんだろう、年下の私の無知とわがままと暴言に付き合わされていたんだろうと。 それを考えると25歳の私は相当ひどい彼女だと思う。 彼と同じ立場で25歳の私を受け入れて支えて欲しい、と言われたら私は彼と同じことをしたんじゃないか、そう思うのだ。 彼だけを責めてしまった自分は間違っていたんじゃないか。
私は彼に謝りたい。でも、謝るべき彼はもう直接の謝罪の言葉をかけられない場所にいる。
人は完璧ではないし、一人で生きることは出来ない。 いろんな人に支えられて、いろんな人に出会い、いろんなことを吸収して、その時々でいろんなことを学び取る。 過去に起きたことは確かに変えることはできないし、謝っても済まされない出来事だってたくさんあるのかもしれない。
でも、生きていて、それを次の教訓として活かすことが出来て、同じ失敗を二度繰り返さなければそれでいいのだと私は思う。
彼の心からの当時のことへの謝罪の気持ちは十分に伝わっている。
私は元々彼が謝るほど彼にひどいことを言われた記憶がないのだけれど、彼がそうだというのだからそうなんだろう。
私は素直に昔の自分を振り返り、そして、多くの人が振り返りはしても苦い記憶として封じ込めてしまうだけなのに、直接本人に謝罪の気持ちを伝えようとする、そんな彼の謙虚さと素直さにとても清々しいものを感じた。
自分が、同じことを出来るかと聞かれたらたぶん出来ないと思う。
もう15年も昔のことだし、彼も私も大人になった。
いろんなことを経験した。
そしていろんなことを学んで、お互いに強く、そしてしなやかな人間になったのだと思う。
彼とはこれからはいい友人として、新たな人間関係を構築していけることを願ってやまない。
<ここからは私から彼への返信メッセージです>
皆、自分と向き合う時、というのは必ず存在するんだと思う。
私は今だってそうだし、強いて言えば25歳から27歳の2年間が一番そうでした。
過労で倒れて、仕事も今まで積み上げてきたキャリアも信頼も、そして結婚の約束をしてた人も無くして。
自分の人生自体をすべて見直さなければならなくなって、随分辛い思いをしました。
社会から離れて、2年近い間鹿児島の実家で療養生活という名の引きこもりの時期を体験し、ホントにあなたが想像がつかないほど、私は荒れて、自暴自棄の生活を送りました。中学や高校時代の出来事なんて比にならないほど、辛くて悲しくて苦しい時期でした。
私が人一倍努力して大切に積み上げて、育てていたものを一度に失いすぎて。何も手につかないし、死のうとしたことだって1度や2度ではないし、その度に親や兄弟、友人たちには泣かれて。
でも、私はどんな時でも一人ではなかったし、愛されていたからここまでやってこれているのだと今は心からそう思っています。
そして、私は与えられたたくさんの時間を使って、自分自身を見つめなおし、振り返りました。
すべての悪いことを他人のせいにするのはとても楽だけども、よくよく深く考えるとそういう風に相手にさせてしまう原因を作っているのは結局のところ自分で、その結果がいいことも悪いことも自身に跳ね返ってきているだけなんだって結論に辿り着きました。だからどんなことも自分自身で受け止めるだけの強さを得なきゃいけないし、起こったすべてのことに責任を負わなきゃいけないんだって。
それに何年も何年も経って、あの時は解らなかったことが年をとるにつれ、いろんな出会いを経てたくさんの人と触れ合う中で見えてくることもあるってことも知りました。
29歳という年齢になって、私は当時結婚の約束をしてた人と同じ年齢になり、彼があの時どんなことを考えてたのか、何を迷い、何を考えていたのか、私にどうして欲しかったのか解るようになりました。彼に自分のやってしまったことを、彼だけを悪者にしてしまったことを謝りたいのだけれど、彼は去年病気で亡くなってしまったのでもうそれも叶いません。
> 過去のことを思い浮かべると、これからもよろしく、とは言えないかもしれないけれど・・・
> もし気が向いたら飲みにでも誘ってくださいね。
全然、これからもよろしく、ですよ^^
何度も言うようですが、昔のことは昔のこと。
私はあなたのことを怒ってることも恨んでることもないから。
むしろ、謝られてびっくりしているくらいです。
でも、そういうあなたの謙虚で素直なところが私はいいなぁって思いました。あまりそういうことを素直に言える人ってなかなかいないと思うので大事にして欲しいです。
僕もずっと心に引っかかっていたことがあって、たまたま良い機会に恵まれて、気になっていた人たちの何人かと会ってお話できたのですが、そんな機会が無いと難しいです。
おいたまさんに「ごめんなさい」と言った方は、すばらしいと思います。