ヤマヒデの沖縄便りⅣ 歩き続けて 歩き続ける 再び

「基地の島」沖縄を歩き続け34年、気ままに綴ります。自然観察大好き。琉球諸島を戦場に据える「島嶼防衛」は愚の骨頂。
 

【拡散願いたい】どのような時代になっていくのか、考えざるを得ない現実の中で(20231206)

2023年12月06日 | 戦争ではなく、平和を求める

おはようございます。2023年12月6日(水)晴れ

 今朝の沖縄タイムスの1面に「石垣陸自施設拡大へ」と出ていた。米軍とも共同使用へともあるが、重大な問題だ。ここでは簡単に指摘しておくにとどめる。2011年以降、「島嶼防衛」問題が進んできた。与那国島・石垣島・宮古島・奄美大島に一連の陸上自衛隊基地新設の動きだ。対空ミサイル、対艦ミサイル、警備隊(「普通科」=歩兵部隊)などの新設だ。

 この時、私が考えたことの一つは、これだけでは留まるまいと危惧したのだった。その根拠は以下。軍隊とは常に訓練を重ね、強度を維持しなければならないものだからだ。このためには、必ず演習場が必要となる。軍隊はスポーツではない。ルールは実質的にない上に(国際法はあるが、現場に審判はいない)、あらゆる条件下での戦闘に耐えられなければならない。体育館などでカバーできないのだ。野外演習場は必らず求められる。

 だとすればと考え、既存の警備隊が配置されている現場を私は探った。対馬警備隊だ。あったのだ。対馬演習場が山林の中に。実弾演習はできないだろうが、小部隊での演習ができる面積と地形を確認できた。

 また対空ミサイルと対艦ミサイル部隊と言うが、それに小規模の警備隊では、ミサイル戦しか戦えない。対艦ミサイルは、中国軍が太平洋に侵出してくるのを押さえ込めという米国の要請から来ている。だから、後は野となれ山となれで、打撃を与えればオーケーということだろう。時間稼ぎだ。無論、住民のことなど100パーセント無視されている。同時に考えられてきたことが「島嶼奪還作戦」だ。日本全国各地から陸海空の総力を挙げて奪われた島を取り返すという。その殴り込みを掛ける先兵が水陸機動団(長崎県佐世保市等)であり、機動師団・機動旅団(その中心が「即応機動連隊」)だ。こうしたものがごちゃごちゃになったら、島は荒らされ放題になる。

 政府は、だから「国民保護」だと言うが、これも欺瞞。疎開とは、軍隊の邪魔者を排除する論理に貫かれていたのだ。「国民保護」も同様だ。国家が行なう戦争に全面的に協力する者を助ける分断と排除の論理が強烈に働くだろう。現実問題、そんなに素早く九州に移動できるわけがない。移動できるとしたら、戦を起こす事前に移動できる場合だけだ。箝口令が惹かれた中での移動だ。先制攻撃を仕掛ける場合に限られる。戦が始まった後では、飛行場や港湾は軍事優先となり、民間人の移動は大幅に制限されるだろう。SNSの使用も大幅に制限されよう。日本軍が言う電子戦には、私たち民間人が使うSNSの送受信を禁圧することも考えられているに違いない。

 私たちはそんな時代にならないために全力を尽くす以外にないのだ。しかし米国が「EABO(作戦)」とか言っている。キャンプハンセンに即応海兵連隊があらたに作られた。島から島へと移動しながら榴弾砲などで戦うそうだ。米国・米軍は78年前に沖縄を蹂躙したように再び蹂躙するつもりなのか。米軍にとって考えられていることは、米軍・米国の勝利であって、島民の生存ではない。島民は米国とそこに追従する日本国家に従う者と、島で生きることを大切にしたい人を分断していく。国家に追従する以上、敵と戦うことか「正義」「国益」とされ、挙げ句に死を迫られることもあるということだ。こうした馬鹿馬鹿しいことを生み出していく基地の拡大はあってはならないことだ。私たちは戦争ではなく平和な関係を求めるべきだ。

 それにしても私が愕然とするのは、こうした5年先、10年先のことを考えつつ、現在直下のことを考えなければならないというキツさにある。そしてあの沖縄戦の経験を現代戦に置き換えながら考え抜き、戦を導かない予防策を考えるしかないところにきてしまったと、私は考えている。「勝つ方法はあきらめないこと」という教訓をもう一度、思い起こし、バージョンアップを図りたい。

 



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