武弘・Takehiroの部屋

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明治17年・秩父革命(9)

2024年07月07日 03時29分16秒 | 戯曲・『明治17年・秩父革命』

第19場[11月2日午後、武甲山の麓の坂道。 伊藤栄郡長と郡役所の役人数人が、大きなカバンやふろしき包みを持って歩いている。彼らは制服を脱ぎ捨て、農民の身なりをしている。]

伊藤 「やれやれ、酷い目に遭ったものだ。大宮郷を暴徒どもに占領され、逃げ延びるだけとは情けない」

役人1 「郡長、これからどちらへ向かいましょうか?」

伊藤 「このまま名栗村(なぐりむら)へ行くしかないだろう。あそこはまだ安全だろうから、とにかく村役場を訪ねてみよう。 それより重要な書類、印鑑などは全て持ってきただろうな?」

役人2 「はっ、何せ緊急事態でありましたので、全てとはいきませんが出来るだけ多く持ってきました」

伊藤 「仕方がない、役所で“うろうろ”していたら暴徒どもに殺されるだけだ。公証簿を全て運び出そうと思ってもそれは無理だ。君達は良くやってくれたよ」

役人3 「はっ、恐れ入ります。保管していた印鑑は全部持ってきたつもりです」

伊藤 「うむ、ご苦労さん。 大変なことになったが、いずれ政府や警察が秩序を回復してくれるだろう。 それに、自警団も反撃に出てくれるに違いない。いろいろ手を打っておいたからな」

役人4 「そうですとも、自警団は必ず立ち上がってくれます」

伊藤 「それにしても情けない格好だ。こうして農民の着物を借り、自慢の“八の字ヒゲ”を剃り落として逃げ落ちるとはな。 しかし、今に見ていろ、必ず役所に戻る日が来るからな・・・おっとっとっと、危ない!」(肥満体の伊藤が足を滑らせ、坂道を転げ落ちる)

役人達 「郡長! 大丈夫ですか」「お怪我はありませんか?」(役人達がカバンやふろしき包みを放り出し、転げ落ちた伊藤に手を差し伸べる)

 

第20場[11月2日夕刻、大宮郷の秩父郡役所。 田代、加藤、菊池以下、困民党の主だった幹部が作戦会議を開いている。]

落合 「この郡役所の屋上に困民軍の旗を掲げたし、大宮郷から国家権力の手先を全て排除しました。これぞ正に“自由自治元年”の日ですね」

田代 「うむ、素晴らしい出来事だ。我々が目指していた“秩父コミューン”の第一歩が印されたことになる」

井出 「軍用金の集め具合は順調に進んでおり、すでに3000円ほど集まりました。受領証は『革命本部』の名称を使ったり、田代総理のお名前にしたりしています」

田代 「うむ、私の名前も公(おおやけ)になってしまったな」(笑)

坂本 「わが軍が圧倒的に強いせいか、動員も順調にいっており仲間がどんどん増えています。また、炊き出しに協力してくれる住民も多く、食糧の補給などは全く問題がありません」

高岸 「軍律5カ条も良く守られており、今のところ軍の統制には何の心配もいりません。このため、我々に対する住民の支持は高まっているようです」

加藤 「それは大変いいことだが、問題は明日以降の作戦をどうするかということだ。参謀長はどのようなお考えか?」

菊池 「浦和の県庁を目指すのだから、軍を東の方へ展開しなければならない。場合によっては北寄りの進路も考えられるが、いずれにしろ兵力を集中して取り組まないと、浦和への進撃は無理でしょう」

田代 「参謀長の言うことは分かるが、群馬、山梨など近隣の動静がはっきりしないと、我々だけが突出して敵の総攻撃の格好の餌食になりかねない。 ここはもう少し秩父全体を固めながら、様子を見て浦和への進撃を考えても良いのではないか」

小柏 「いや、勢いのあるうちに進まないと包囲されるだけです。参謀長が言われたように、兵力を結集して突破口を開きましょう。 今ならこちらは1万の大軍だから、どこへでも進撃できるでしょう。我々が進んでいくうちに、それに呼応して近隣の農民達も容易に立ち上がることができます」

加藤 「その前に、十分な偵察が必要ではないか。せっかく斥候をあちこちに出しているのだから、彼らの報告を聞いてから行動を起こせば良い。 敵だってまだ、そんなに近くまで来ているはずがない」

菊池 「いや、偵察の情報はもちろん大切だが、今のうちに明確な戦略を決めておかないと、手遅れになる恐れがある。 私は小川から寄居へかけての線で、総攻撃をかけるのが最も効果的だと思っている。そのためにも、兵力の結集が必要なのではないか」

田代 「ちょっと待ってほしい。攻撃を仕掛けるなら、兵力を集中させるのが一番良いことは分かっている。 しかし、秩父の中にも敵の自警団の動きがある。我々が総攻撃で外に出ていった場合、この郡役所などを奪われたら本も子もなくなる。だから、もう少し全体の様子を見ようではないか」

菊池 「もちろん、秩父の中心は押さえておかなければならない。それに必要な部隊は当然残すべきでしょう。 しかし、ほとんどの部隊がここに残れば、外へ進出するどころか、いずれ包囲されて“袋のネズミ”になりかねない。だから、浦和への進撃と戦略を具体的に早く決めておくべきです」

加藤 「それは分かるが、偵察の情報も重要だ。今夜から明朝にかけての報告を聞いてから、作戦を練っても遅いということはない」

菊池 「うむ、それでは明朝早く、もう一度作戦会議を開きましょう。 但し、私は参謀長の立場から、小川から寄居方面への攻撃が不可欠だと思っている。従って明日は、少なくとも乙大隊の指揮を飯塚大隊長と共に取らせてもらいたい」

田代 「それは結構でしょう。 あとは甲大隊の指揮を、加藤さんと新井君に任せる。それに、軍勢も増えたことだから、秩父の中心を守るために“丙大隊”を新たに設け、落合君を大隊長に任命したい。それでいかがだろうか」

加藤 「結構です」

菊池 「それは良いが、明朝早くもう一度作戦会議をやりましょう」

田代 「うむ、そうしよう」

 

第21場[11月2日夜、郡役所の近くの民家で、井出為吉と日下藤吉が食事をとっている。]

藤吉 「こうして住民が“炊き出し”に協力してくれるのは、本当に有り難いですね」

井出 「うむ、美味(おい)しくいただこう」

藤吉 「先ほどの作戦会議の模様はどうだったのですか?」

井出 「総理、副総理と菊池参謀長らの考えが、だいぶ隔たっていた。それが少し心配になる」

藤吉 「田代総理は、秩父を固めるのが第一だと思っているのでしょう?」

井出 「その通りだ、それは当然かもしれないが、明日以降の戦いの方針といったものが見えてこない。その点が菊池さんは不満なようで、兵力を結集して小川から寄居方面へ打って出るべきだと言っていた」

藤吉 「菊池さんの気持は良く分かりますね。敵の反撃態勢が整わないうちに、こちらから攻勢をかければ、“駆り出し”の援軍も増えて状況はますます有利になるはずだ。 加藤さんも慎重なのですか?」

井出 「加藤さんは斥候の報告を重視している。それも良く分かるが、どのくらい的確な報告が上がってくるか心配だ。 こういう非常時には、根も葉もない噂(うわさ)に振り回されやすいからね。とにかく明朝にかけての偵察の結果を見て、作戦を決めようということになった」

藤吉 「浦和へ進撃しようという大方針はどうなったのですか? 大宮郷を占拠したら、何かもう受身になったような感じですね」

井出 「そういうことはないと思うが・・・しかし、秩父にこだわっていると、浦和総攻撃の勝機を見失うかもしれない。 明日は僕も菊池さんを支持して、積極的な意見を述べるつもりだ」

藤吉 「田代総理は今夜、大宮郷にいるお姉さんと久しぶりに会うそうですね」

井出 「うむ、それは微笑ましくていいじゃないか。積もる話しもあるだろう」(その時、民家の玄関から、藤吉の母・ミツと妹のハルが入ってくる)

ミツ 「藤吉、ずいぶん探したよ」

ハル 「兄さん、元気にやってる?」

藤吉 「ここにやって来るとは思わなかった、何かあったの?」

ハル 「いいえ、兄さんの顔が見たかっただけ。(笑) この前、兄さんが大変なことが起きると言っていたのが本当になって、驚いて駆けつけて来たのよ」

藤吉 「ああ、そうか。本当に大変なことになっただろう、秩父の人達が目を覚ましたのだ。 井出さん、こちらは僕の母と妹です、よろしくどうぞ」(ミツとハルが井出に会釈する)

井出 「初めまして、井出と申します」(井出も会釈する)

ミツ 「藤吉がいろいろお世話になっています」

井出 「いえ、彼にはあれこれ助けてもらっているのですよ。 藤吉君、お母さんと妹さんがせっかく来られたのだから、今夜は3人でゆっくりと話せばいいじゃないか」

藤吉 「はあ、有り難うございます」

ミツ 「何もないのですが“お握り”や山菜を持って来ましたので、召し上がって下さい」

井出 「これは有り難い、いただきます。(ミツから弁当を受け取る) それじゃ、親子水入らずの話しでもしたら」

藤吉 「ええ、それではどうも」(藤吉とミツ、ハルが奥の部屋に引き込む)

 

第22場[11月2日深夜、高崎線・本庄駅前の広場。 東京憲兵隊の春田少佐、隈元少尉ら100人ほどの憲兵隊員が集結。大里郡役所の役人数人が応対に出ている。]

役人1 「憲兵隊の皆さん、ご苦労さまです」

春田 「いや、そちらこそ夜遅くにご苦労さまです」

役人2 「県庁からの指令により、この一帯の“人力車”を全て集めました。また、食糧も十分に用意してあります」

春田 「ありがとう、助かります。 それにしても、鉄道が開通すると本当に便利になりましたな。上野駅からここまでアッと言う間に着きましたよ」

役人3 「我々も東京に出るのに大変楽になりました。鉄道と“歩き”とでは、正に天地雲泥の差ですから」

春田 「鉄道と言い電報と言い、文明開化の力がなければ、我々憲兵隊はこんなに早く本庄まで来ることはできなかった。 いや、話しはともかく早速、寄居方面へのご案内をよろしく頼みます」

役人1 「道案内を付けますので、最短の距離でご案内します」

春田 「ありがとう。 (憲兵隊員に向って)全員、整列! 憲兵隊はこれより、寄居、皆野へ向って進軍する! 徹夜の行軍だが一刻も早く騒乱現場に赴き、賊徒を鎮圧しなければならない! それでは、進めーっ!」(憲兵隊が進軍を開始。) 


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