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労働7事件 人材スカウトと職業紹介 ―東京エグゼクティブ・サーチ事件その2

2012年02月24日 | 労働百選

         主    文

     本件上告を棄却する。

     上告費用は上告人の負担とする。

         理    由

 一 上告代理人高橋正明、同上林博の上告理由第一及び第二の二について

 1 原審が適法に確定した事実関係の大要は、次のとおりである。

  () 上告人は、企業の依頼に応じてその求める人材を探索し、勧奨して、求人企業に就職させるいわゆる人材スカウト等を目的とする会社であり、有料職業紹介事業を行うことにつき、職業安定法三二条一項ただし書に基づく労働大臣の許可を得ている。被上告人は、「メルズクリニック」の名称で内科及び婦人科の診療所を経営する者である。

 () 上告人は、昭和六二年七月一〇日ころ、被上告人に対し、右診療所の院長として勤務することのできる内科又は婦人科の医師を探索し、紹介する旨を約し、同月一三日ころから医師の探索を始め、数人の医師を被上告人に紹介したが、被上告人と右医師らとの間で契約成立に至らず、平成元年二月一五日ころ、被上告人に対し、A医師を紹介した。その結果、被上告人は、A医師との間で、同年四月一日から同医師を右診療所の院長として年俸一〇〇〇万円で雇用する旨の契約を締結した。

 () 被上告人は、上告人に対し、平成元年三月三〇日ころ、A医師の就職に至るまでの上告人の業務(以下「本件業務」という。)の対価として、調査活動費の名目で五〇万円、報酬の名目で一五〇万円の合計二〇〇万円を同年六月三〇日限り支払うことを約した。

 () 被上告人は、本件業務は、一体として職業安定法五条一項、三二条一項ただし書の規定する職業紹介に当たるから、その報酬額は、同条六項、同法施行規則二四条一四項、別表第三により、A医師の六か自分の賃金の一〇・一パーセント相当額である五〇万五〇〇〇円が最高額であり、これを超える金額については支払義務がないと主張して、右最高額を超える部分の支払を拒むに至つた。

 2 職業安定法にいう職業紹介におけるあつ旋とは、求人者と求職者との間における雇用関係成立のための便宜を図り、その成立を容易にさせる行為一般を指称するものと解すべきであり(最高裁昭和二八年(あ)第四七八七号同三〇年一〇月四日第三小法廷決定・刑集九巻一一号二一五〇頁)、右のあつ旋には、求人者と求職者との間に雇用関係を成立させるために両者を引き合わせる行為のみならず、求人者に紹介するために求職者を探索し、求人者に就職するよう求職者に勧奨するいわゆるスカウト行為(以下「スカウト行為」という。)も含まれるものと解するのが相当である。けだし、同法は、労働力充足のためにその需要と供給の調整を図ることと並んで、各人の能力に応じて妥当な条件の下に適当な職業に就く機会を与え、職業の安定を図ることを目的として制定されたものであつて、同法三二条は、この目的を達成するため、弊害の多かつた有料の職業紹介事業を行うことを原則として禁じ、公の機関によつて無料で公正に職業を紹介することとし、公の機関において適切に職業を紹介することが困難な特別の技術を必要とする職業に従事する者の職業をあつ旋することを目的とする場合については、労働大臣の許可を得て有料の職業紹介事業を行うことができるものとしたものであるところ(最高裁昭和二四年新(れ)第七号同二五年六月二一日大法廷判決・刑集四巻六号一〇四九頁参照)、スカウト行為が右のあつ旋に当たらず、同法三二条等の規制に服しないものと解するときは、以上に述べた同法の趣旨を没却することになるからである。この理は、スカウト行為が医師を対象とする場合であつても同様である。

 また、同法にいう職業紹介に当たるというためには、求人及び求職の双方の申込みを受けることが必要である(同法五条一項)が、右の各申込みは、あつ旋に先立つてされなければならないものではなく、例えば、紹介者の勧奨に応じて求職の申込みがされた場合であつてもよい。

 以上を本件についてみるのに、前記1の事実関係の下において、A医師に対するスカウト行為を含む本件業務が一体として同法にいう職業紹介におけるあつ旋に当たるものとした原審の判断は、正当として是認することができる。また、前記1の()のとおり、上告人において医師を探索し、被上告人にA医師を紹介し、その結果、被上告人と同医師との間に雇用契約が成立した旨を認定する原判決は、上告人が被上告人に同医師を紹介する以前に、同医師から上告人に対する求職の申込みがされたことを認定し、判示しているものというべきであるから、原判決が同医師の求職の申込みを認定していない旨の論旨は、原判決を正解しないでこれを非難するものというべきである。論旨は、いずれも採用することができない。

 二 同第二の三について

  職業安定法三二条六項は、有料職業紹介の手数料契約のうち労働大臣が中央職業安定審議会に諮問の上定める手数料の最高額を超える部分の私法上の効力を否定し、右契約の効力を所定最高額の範囲内においてのみ認めるものと解するのが相当である。けだし、同法の前記一の2のとおりの立法趣旨にかんがみ、同条項は、右手教科契約のうち所定最高額を超える部分の私法上の効力を否定することによつて求人者及び求職者の利益を保護する趣旨をも含むものと解すべきであるからである。

  したがつて、本件報酬契約のうち同法施行規則二四条一四項、別表第三所定の紹介手数料の最高額を超える部分の効力を否定した原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

 三 その余の上告理由について

  前記一の1の事実関係の下においては、所論のその余の点に関する原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、独自の見解に立つて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

 四 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

     最高裁判所第二小法廷

         裁判長裁判官    根   岸   重   治

            裁判官    中   島   敏 次 郎

            裁判官    木   崎   良   平

            裁判官    大   西   勝   也



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