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新国立劇場事件 東京地判平成20年7月31日 その2

2012年04月01日 | 労働百選

第3 争点に対する判断
1 争点(1)(aは労組法上の労働者であるか)について
(1) 前提事実に証拠及び弁論の全趣旨を総合すると、財団と契約メンバーと
の契約締結の経緯及び内容、契約メンバーの出演の実態等について、以下
の事実が認められる。(証拠が記載されている事実は、当該証拠により認め
られるものである。記載がない事実は、当事者間に争いがない。)
ア財団は、平成9年2月の新国立劇場建設に伴い、同年4月、1998
/1999シーズンの新国立劇場合唱団のメンバーを募集し、同年7月、
オーディションを実施した。メンバーの応募資格は、平成10年4月か
ら平成11年6月までの間に主催される各オペラ公演及びその稽古に参
加できることであった。オーディションの結果、契約メンバーと登録メ
ンバー(契約メンバーの方が合格水準が高い。)が選抜された。
財団は、契約メンバーと、平成10年3月から平成11年6月までの
期間(1998/1999シーズン)、財団が主催又は共催する公演ごと
に、稽古日程と公演日程が添付された「出演契約書」により、個別の出
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演契約を締結した。
この出演契約書においては、①契約者は、新国立劇場合唱団契約メン
バーとして公演に出演し、リハーサル等に参加すること、②報酬は、本
番出演は単価及び回数に基づき、稽古は単価やコマ数等に基づき支払う
こと、3時間を超えて稽古に参加した場合には、超過時間に応じた超過
出演料が加算されること、稽古等に欠席・遅刻・早退した場合には、報
酬が減額されること、③本契約に基づく出演業務の遂行に支障がない限
り、本件公演以外の音楽活動をすることを妨げないことなどが定められ
ていた。(乙61)
イ財団は、平成11年8月以降(1999/2000シーズン以降)は、
毎年、シーズンの開始前に審査会又は試聴会(以下「試聴会」という。)
を実施してメンバーの選抜を行った。試聴会は、次期シーズンの契約を
希望する前シーズンの新国立劇場合唱団員と公募による参加者とを対象
にして、新国立劇場のオペラ芸術監督や合唱指揮者らがオペラ・アリア
等の歌唱技能を審査するものである。財団は、試聴会等の結果により、
契約メンバー合格者及び登録メンバー合格者を選抜した。
契約メンバーは、原則として年間シーズン(8月から翌年7月まで)
のすべての公演(ただし、財団がシーズン開始前に予め出演を指定しな
いものがある。例えば、男声合唱だけの演目には、女性団員は出演しな
いし、他の合唱団が出演する演目もある(甲5ないし8)。)に出演可能
である者である。登録メンバーは、財団がその都度指定する公演に出演
が可能である者であり、契約メンバーだけでは合唱団のメンバーが足り
ない場合等に、合唱団に加わることになる。
財団は、契約メンバー合格者に対して、期間を1年間とする契約メン
バー出演基本契約の締結を申し出て、面談の上、基本契約を締結し、そ
の上で、個別の公演ごとに個別公演出演契約を締結していた。登録メン
バー合格者、あるいは契約メンバー合格者のうち、本人の希望又は面談
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の結果登録メンバーとなることになった者は、登録メンバーとして、財
団との間で各公演ごとに個別の出演契約を締結した。(乙38)
契約メンバーは、毎年、40名程度であり、メンバーは毎年入替りが
ある。財団が主催するオペラ公演は、年間10ないし12の演目があり、
1演目について2ないし8回の公演(5、6回が多い。)が行われていた
(甲5ないし8)。
ウ上記のとおり、財団と契約メンバーとの間で、平成11年8月以降、
毎年、期間を1年間(8月から翌年7月まで)とする基本契約が締結さ
れた。その契約条項は、各メンバーにより出演対象となる個別公演が異
なるほかは、すべての契約メンバーに共通である。
初めて締結された1999/2000シーズン(平成11年8月から
平成12年7月まで)の基本契約の主な内容は、次のとおりである。(甲
5、乙63)
(ア) 財団は、契約メンバーに対し、財団が主催するオペラ公演に、19
99/2000シーズンの契約メンバーとして出演することを依頼し、
契約メンバーはこれを承諾する。
(イ) 契約メンバーが出演する公演は、契約書の別紙「出演公演一覧」に
掲げる公演(個別公演)とする。(出演公演一覧には、年間シーズンの
公演名、公演時期、公演回数及び当該メンバーの出演の有無等が記載
されている。この記載は、各契約メンバーごとに異なる。)
(ウ) 契約メンバーは、合唱メンバーとして個別公演に出演し、必要な稽
古等に参加し、その他個別公演に伴う業務で財団と合意する業務を行
う。
(エ) 契約メンバーが個別公演に出演するに当たり、財団と契約メンバー
は、契約メンバーの個別公演への出演を確定し、当該個別公演の出演
業務の内容及び出演条件等を定めるため、原則として当該個別公演の
稽古が開始される月の前々月末日までに、「個別公演出演契約」を締結
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する。個別公演出演契約に記載されない事項については、この契約に
従うものとする。
(オ) 財団は、契約メンバーに対し、出演業務の遂行に対する報酬を、個
別公演出演契約締結のうえ、個別公演ごとに支払う。報酬は、報酬等
一覧に掲げる単価等に基づいて算定する。
添付されている報酬等一覧によれば、報酬には、本番出演料(1回
当たりの金額が定められている。)、GPその他各稽古の手当(GPは
1回当たりの金額、その他の稽古は1単位当たりの金額が定められて
いる。)、超過時間により区分された超過稽古手当(時間当たりの金額
が定められている。)があり、稽古に欠席・遅刻・早退した場合の減額
の扱い、財団の一方的な理由により契約メンバーを降り番とする場合
の降り番手当等も定められている。基本契約を締結しただけでは、報
酬は支払われない。
(カ) 個別公演出演契約を締結した後、病気等契約メンバーの事情により
当該個別公演に出演できなくなった場合において、降板にやむを得な
い理由があると財団が判断したときは、財団は、(オ)に従って算定され
た降板時までの履行相当分の報酬を契約メンバーに支払うものとする。
いずれかの当事者が、地震等の法律上の不可抗力又はやむを得ない理
由以外の理由によりこの契約又は個別公演出演契約を履行しなかった
場合には、他方の当事者は、何ら催告を要しないで、直ちに基本契約
又は個別公演出演契約を解除する権利を有する。履行しなかった当事
者は、他方に生じた損害額を賠償する。
(キ) 財団は、次のシーズンにおいても再び契約メンバーと基本契約を再
締結する意思がある場合には、シーズン期間満了日の3か月前までに、
当該契約メンバーにその旨を通知し、その意思を確認する。
基本契約の条項には、財団が契約メンバーに対して個別公演出演契約
の締結を申し出た場合には、その締結を義務づける旨を明示する規定や、
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契約メンバーが財団以外が主催する公演に出演したり、個人公演を開い
たり、生徒に個人レッスンしたりすること等の音楽活動を禁止、制限す
る規定はなかった。
上記(エ)に基づき締結される個別公演出演契約には、出演を確定する個
別公演の公演日程、個別公演出演契約書において定める特記事項を除き、
個別公演の出演業務の内容及び出演条件はすべて基本契約書のとおりと
すること等が規定された。
エその後も、毎年、期間を1年とする基本契約が締結された。その内容
は、毎年、若干の変更がある。
(ア) 2000/2001シーズン(平成12年8月から平成13年7月
まで)
1999/2000年の基本契約に、契約メンバーが基本契約若し
くは個別公演出演契約の締結又は履行に関し、財団に対して虚偽の申
告若しくは届出を行った場合又は真実の申告若しくは届出を行わなか
った場合にも、財団は基本契約又は個別公演出演契約を解除すること
ができるという条項が追加された。
他は、1999/2000年の基本契約と同様である。(甲6)
(イ) 2001/2002シーズン(平成13年8月から平成14年7月
まで)
2000/2001の基本契約に、契約メンバーは、財団が再契約
に先立ち、試聴会を行うこと、契約メンバーの技能について審査のう
え契約メンバーに対する再契約の申出をするか否かを決定する手続を
行うことに異議を述べないことを定めた条項が追加された。
また、報酬は、従前、基本報酬として本番出演料と各種稽古手当が
定められていたが、このシーズンから、基本報酬は本番出演料だけと
なり、降り番手当が廃止された。超過稽古手当及び稽古等を欠席・遅
刻・早退した場合の取扱いについては従前のとおりであった。
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他は、2000/2001の基本契約と同様である。(甲7)
(ウ) 2002/2003シーズン(平成14年8月から平成15年7月
まで)
2001/2002の基本契約で追加された条項が、財団が、再契
約に先立ち試聴会を行い、契約メンバーの技能について審査のうえ再
契約の申出をするか否かを決定すると改められた。
他は、2001/2002の基本契約と同様である。(甲8)
オ実際の運用では、契約メンバーが、そのシーズンの個別公演のうちい
くつかの出演を辞退し、個別公演出演契約を締結しないことがあった。
1999/2000シーズンから2005/2006シーズンまでの
7シーズンの間では、個別公演出演を辞退した契約メンバーは、のべ2
5名であり、その辞退演目数は39であった。出産育児以外の理由で個
別公演を辞退した人数は、1999/2000シーズンは、5名(うち
2名は他公演出演のため、1名は他団体試験のため、2名は理由不明。
なお、理由不明のうち1名は3演目を辞退した。)、2000/2001
シーズンは4名(うち1名は他公演出演のため、1名(a)は在外研修
のため、1名は短期留学のため、1名は理由不明。)、2001/200
2シーズンは7名(うち3名は他公演出演のため、1名は留学準備のた
め、3名は理由不明。)、2003/2004シーズンは1名(他公演出
演のため)、2004/2005シーズンは2名(いずれも他公演出演の
ため)であった。
契約メンバー本人に特段の希望がある場合や試聴会不合格の場合を除
き、個別公演の出演を辞退した契約メンバーに対しても、翌シーズンも
契約メンバー基本契約の締結の申出はされており、再契約において特に
不利な取扱いがされたことはなかった。財団から、個別公演の出演を辞
退したことを理由として制裁が課されたこともなかった。(契約メンバー
が個別公演を辞退した例、その理由等の詳細は、別紙のとおりである。)
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(甲12、16ないし18(いずれも枝番を含む。)、23、24)
カ契約メンバーとして合格した者は、契約締結のための面談をする際、
財団から、全公演出演のために可能な限りの調整をすることを要望され
た。もっとも、契約メンバーとして基本契約を締結するに当たって、出
演公演一覧の全公演に確定的に出演できる旨の申告や届出が要求される
ことはなかった。1、2の演目には出演することができないという者で
も、財団の意向によって契約メンバーとなる者がいた。他方、契約メン
バーに合格しても、本人の希望により登録メンバーになる者や、出演で
きる公演が限られることから財団の申出により登録メンバーとなる者も
いた。
契約メンバーは、他の公演に出演することや、生徒に個人レッスンを
行うことなどを財団に対して報告することは求められていなかった。(乙
107の1、108の1、132の2)
キaは、平成10年3月以降、1998/1999シーズンから200
2/2003シーズンまで、契約メンバーとなり、1999/2000
年シーズン以降は、毎年、基本契約を締結した上、各公演ごとに個別公
演出演契約を締結し、公演に出演していた。公演の本番出演や稽古参加
のため、新国立劇場に行った日は、2002/2003シーズンでは、
約230日であった。もっとも、新国立劇場における拘束時間は、数時
間の日もあった。aは、この間、個人でリサイタルを開いたり、生徒に
個人レッスンをするなどの音楽活動も行っていた。平成13年1月から
同年3月まで文化庁在外派遣研修員としてウィーンに派遣され、その間、
予定されていた公演の出演を辞退したが、翌シーズンも契約メンバーと
して基本契約を締結した。(乙92、104の2)
(2) 以上の事実を前提として、aが財団と契約メンバーの基本契約を締結し
たことによって、aは労組法上の労働者といえるかどうかについて、検討
する。
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最初に、基本契約を締結した場合、同契約に基づく労務ないし業務の提
供に関して諾否の自由がないのかどうかを、検討する。
ア前提事実(3)、前記(1)イ、ウのとおり、契約メンバーは、1999/
2000シーズン以後、シーズン毎に出演予定の演目と時期を示した出
演公演一覧が添付された基本契約を締結した上、個別公演出演契約を締
結して、個別の公演に出演しているのであり、契約メンバーの提供する
労務ないし業務は、個別公演への出演及びその稽古参加であることは明
らかである。そこで、諾否の自由があったか否かは、契約メンバーにお
いて個別公演への出演を辞退することができたかどうか、個別公演出演
契約の締結を辞退することができたかどうかによって判断することにな
る。
イ契約メンバーは、原則として年間シーズン(8月から翌年7月まで)
のすべての公演(ただし、財団がシーズン開始前に予め指定するもの)
に出演可能である者である(前提事実(3)、前記(1)イ)。基本契約上も、
財団は契約メンバーに対して主催するオペラ公演に出演することを依頼
し契約メンバーはこれを承諾する旨の規定があり、契約書には出演公演
一覧が添付され、当該契約メンバーの出演予定の演目と時期が示される
(前記(1)ウ(ア)ないし(ウ))など、契約メンバーは、原則として、全公演
に出演することが予定、期待されているのは事実である。
しかしながら、契約メンバーは、公演に出演する場合には、基本契約
だけでなく、必ず個別公演出演契約を締結している。基本契約上、契約
メンバーが個別公演に出演するについては、個別公演の出演を確定し、
その出演業務の内容及び出演条件等を定めるため、個別公演出演契約を
締結するものとされている(前記(1)ウ(イ)、(エ))。基本契約には、契約
メンバーに対して個別公演出演契約の申出があった場合にはこれを承諾
しなければならない旨の規定は存在しない。したがって、契約の形式上
は、基本契約だけでは契約メンバーは個別の公演に出演する義務はなく、
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個別公演出演契約を締結することにより個別の公演に出演する義務が生
じる仕組みになっていることは明らかである。
基本契約の実質的な内容や運用をみると、契約メンバーが財団が主催
する以外の公演に出演することなど他の音楽活動を行うことは自由であ
り、現実に契約メンバーは他の公演に出演等をしている(前記(1)ウ、
オ)。基本契約の締結に際しても、出演公演一覧の全公演に確定的に出演
できる旨の申告や届出も要求されていなかった(前記(1)カ)。個別公演
に出演できる回数が少ない場合には、契約メンバーとなるのが困難では
あるが、予め全公演に出演ができないことを明示している者でも、財団
は、その意向によって契約メンバーにすることがあり(前記(1)カ)、契
約メンバーと基本契約を締結することは、一定の水準以上の合唱団員の
確保を目的としたものであることが窺える。基本契約を締結した契約メ
ンバーが個別公演の出演を辞退する例が多いシーズンには7名あったり、
出産育児以外の理由により1シーズンに3演目を辞退した者もあるが、
その際にも、申告や届出は要求されず、個別公演の出演を辞退したこと
を理由に制裁を受けた例はなく、翌シーズンの契約について特に不利な
取扱いをされた者もなかった(前記(1)オ)。なお、契約メンバー及び公
演の回数からみると、契約メンバーが個別公演の出演を辞退する例はか
なり少ないといえるが、財団が主催するような水準のオペラ等の公演が
常時多数行われているとは考えられないから、契約メンバーが財団主催
の個別公演の出演を辞退することは、もとより少ないと推測されるので
あって、個別公演出演の辞退がかなり少ないことをもって、実際上は辞
退ができないに等しいということはできない。
以上のような基本契約と個別公演出演契約の仕組みや、契約メンバー
の個別公演出演等の実態に照らせば、基本契約は、財団が、契約メンバ
ーに対して、そのシーズンの出演公演一覧の公演について、個別公演出
演契約締結の申込みをすることを予告するとともに、個別公演出演契約
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に共通する契約内容を予め定め、これを契約メンバーに了解させておく
ことを目的とするものであり、契約メンバーにとっても、個別公演に出
演する機会が保障されるところに基本契約の意義があると認められる。
基本契約の締結によって、契約メンバーは、個別公演出演を予定し、ス
ケジュールを調整することになり、財団は、契約メンバーの出演を確保
することが予定、期待できることになる。しかし、このように契約メン
バーが個別公演に出演することが予定、期待されることは、事実上のも
のというべきであり、契約メンバーにとって、個別公演に出演すること、
すなわち個別公演出演契約を締結することが、法的な義務となっていた
とまでは認められない。
ウ以上に対し、ユニオンは、基本契約の「この契約又は個別公演出演契
約を履行しなかった場合には、他方の当事者は、何ら催告を要しないで、
直ちに基本契約又は個別公演出演契約を解除する権利を有する。履行し
なかった当事者は、他方に生じた損害額を賠償する。」という規定(前記
(1)ウ(カ))の「この契約(基本契約)の履行」の内容として最も重要な
ものが個別公演出演契約の締結であり、基本契約上、個別公演出演契約
の締結が義務となっていると主張する。
しかし、上記の「契約を履行しなった場合」が何を意味するのかは必
ずしも明らかでないし、現に個別公演出演契約の締結をしなかったこと
を理由に、基本契約を解除され、又は損害賠償を求められた者があった
と認めることはできず、ユニオンの主張は採用できない。なお、200
0/2001シーズン以降の基本契約では、契約メンバーが契約締結、
履行に際し虚偽の申告等を行った場合等にも契約の解除ができる旨の条
項が加えられた(前記(1)エ(ア))が、これによって個別公演出演が法的
義務となるといえるものではない。
また、ユニオンは、契約メンバーが公演を辞退する場合に降板願いを
出している事実がある(丙10により認められる。)ことから、基本契約
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で指定された個別公演への出演が義務付けられていると主張する。
しかし、基本契約上、稽古等への欠席届と異なり、個別公演を辞退す
る場合についての手続を定めた規定はなく、現に個別公演を辞退しよう
とする契約メンバーが常に降板願い等を提出していた事実や届出を財団
から求められた事実は認められず、ユニオンの主張は採用できない。降
板願いが作成された例については、基本契約により個別公演の出演を期
待されている契約メンバーにおいて出演ができなくなるのであれば、財
団がその代わりの出演者を確保するために、一刻も早く出演不出演を確
定したいという財団の事実上の要求に沿ったものであると認められる
(乙107の1、108の2)が、基本契約の締結と個別公演出演契約
の締結との関係について、前記イの判断を左右するものではない。
さらに、ユニオンは、個別公演出演契約において実質的に定めるべき
ことはなく、実際に、個別公演出演契約の締結が個別公演の稽古が開始
された後になった例や公演の直前に結んだ例があったから、基本契約で
すべて合意されており、個別公演出演契約の締結は、基本契約での合意
を確認する意味しかないと主張する。
しかし、個別公演出演契約の契約書面の作成が、個別公演の稽古が開
始された後になった例があったからといって、基本契約とは別個の個別
公演出演契約という合意がされていないという理由にはならず、ユニオ
ンの主張を採用することはできない。
エ以上のとおり、契約メンバーは財団と基本契約を締結しただけでは、
個別公演に出演する法的な義務はなく、個別公演出演契約を締結する法
的な義務はないというべきであるから、契約メンバーには、基本契約締
結により労務ないし業務を提供することについて諾否の自由がないとは
認められない。
(3) 次に、基本契約を締結することにより、契約メンバーは業務遂行の日時、
場所、方法等の指揮監督を受けることになるのかどうかについて検討する。
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前記(1)イ、ウ及び証拠(甲5ないし8、乙51、104の2、108の
1、丙1ないし8)によれば、財団は、シーズン前の9月ないし10月に
新国立劇場における公演日程を決定し、各個別公演の稽古等の確定した日
程については、その稽古の行われる月の前々月の月末までに決定し、提示
していたこと、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容について指
揮者、音楽監督の指揮があったこと、基本契約上、稽古に欠席、遅刻等を
すれば報酬が減額されることが規定されており、実際にも、契約メンバー
が遅刻、早退、欠席等の稽古への参加状況について一定の監督を受けてい
たことが認められる。
しかし、契約メンバーは個別公演に出演しない限り、上記のような指揮
監督を現実に受けることはないから、上記指揮監督関係は、個別公演出演
契約を締結して初めて生ずるものである。前記(2)のとおり、個別公演出演
契約の締結は基本契約に基づく義務であるとは認められないから、基本契
約だけでは契約メンバーは上記のような指揮監督を受けることはない。
この点を措くとしても、証拠(甲14、乙108の1)によれば、個別
公演ごとに出演契約を締結する外部芸術家についても、公演及び稽古の時
間的場所的拘束が契約メンバーと同じようにあったことが認められ、外部
芸術家の場合にも、歌唱技能の提供の方法や提供すべき歌唱の内容につい
て指揮者、音楽監督の指揮があったこと、リハーサルへの参加状況に応じ
た契約金の減額あるいは契約の解除が契約上も定められており、不参加に
ついて一定の監督がされていたことは同様と認められる。そうであれば、
契約メンバーが、業務遂行の日時、場所、方法等について指揮監督を受け
ていることは、オペラ公演が多人数の演奏、歌唱及び演舞等により構築さ
れる集団的舞台芸術であることから生じるものと解されるから、契約メン
バーが上記のような指揮監督を受けることが、契約メンバーが労組法上の
労働者であることを肯定する理由とはならないというべきである。
(4) 契約メンバーの報酬についてみると、前記(1)ウ(オ)のとおり、報酬は個
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別公演に出演し、稽古に参加した場合に支払われるものである。個別公演
出演契約を締結することが報酬支払の前提となっていて、基本契約を締結
しただけでは、報酬が支払われることはない。
他方、契約メンバーの労務ないし業務である個別公演出演をみると、前
記(1)イ及びウのとおり、シーズンの開始前に翌シーズンの公演日程が決定
され、基本契約締結に当たっては、当該契約メンバーが出演する予定の公
演の時期、回数も決定されている。契約メンバーは、基本契約締結の際に
決定された公演以外の公演に随時出演を求められるようなことはない。
以上のように、契約メンバーは、基本契約を締結しただけでは報酬が支
払われることはなく、他方で、出演することが予定されている公演は予め
決まっていて、予定された公演以外に随時出演を求められることはないの
である。このような契約メンバーの置かれた地位は、例えば、基本契約を
締結した場合には、出演の有無にかかわらず毎月一定の報酬が支払われる
が、他方で、出演の予定が予め決定しておらず、たとえ事実上の義務であ
ったとしても、いつでも出演を求められる可能性が継続しているような場
合と比較すると、指揮命令、支配監督関係は相当に希薄というべきである。
(5) 基本契約の内容については、財団が一方的に決定していた(前記(1)イ、
ウ)。しかし、契約の内容が一方当事者が決定することは、労働契約に特有
のことではなく、これが直ちに法的な指揮命令関係の有無に関係するもの
ではないから、契約メンバーが労働者であることを肯定する理由とはなら
ない。
aは公演と稽古を合わせると年間約230日の時間的拘束を受けていた
(前記(1)キ)が、この点も、法的な指揮命令関係の有無と関係するもので
はないから、拘束日時の多寡や長短は労組法上の労働者性の判断基準とは
ならない。
なお、被告は、契約メンバーは財団の公演に出演することを収入源とし
て生計を維持していたのであるから、契約メンバーが財団との団体交渉す
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ら許されないとの結論は余りに不当であると主張するが、労組法上の労働
者であるかどうかは、法的な指揮命令、支配監督関係の有無により判断す
べきものであり、経済的弱者であるか否かによって決まるものではないか
ら、被告の主張は採用できない。
(6) 以上の検討のとおり、契約メンバーは基本契約を締結するだけでは個別
公演出演義務を負っていない上、個別公演出演契約を締結しない限り、個
別公演業務遂行の日時、場所、方法等の指揮監督は及ばず、基本契約を締
結しただけでは報酬の支払はなく、予定された公演以外の出演を事実上で
あっても求められることはないなど指揮命令、支配監督関係は希薄である。
したがって、契約メンバーが財団との間で基本契約を締結したことによっ
て、労務ないし業務の処分について財団から指揮命令、支配監督を受ける
関係になっているとは認めらず、aは労組法上の労働者に当たるというこ
とはできない。
2 争点(2)(本件団交申入れに応じないとした財団の対応は不当労働行為か)
について
上記1のとおり、aは労組法上の労働者と認められないから、ユニオンの
財団に対する本件団交申入れは、その趣旨としてaの将来の処遇等その労働
条件の改善等を含むものであったか否かにかかわらず、義務的団交事項につ
いて団体交渉を求めるものではない。したがって、その余の点について検討
するまでもなく、本件団交申入れに対する財団の対応が不当労働行為に当た
るとして財団に対して団交応諾及び文書交付等を命じた救済命令は、違法で
ある。
3 争点(3)(本件不合格措置は不利益取扱いに該当するか)について
上記1のとおり、aは労組法上の労働者と認められないから、本件不合格
措置について、不当労働行為であると解する余地はない。したがって、本件
不合格措置は不当労働行為に当たらないとして、ユニオンの救済申立てを棄
却した労働委員会の判断は、その結論において正当であるから、その取消し
- 26 -
を求めるユニオンの請求は理由がない。

第4 結論
以上のとおりであるから、中央労働委員会が中労委平成17年(不再)第
41号事件、同第42号事件について平成18年6月7日付けでした再審査
申立棄却命令のうち、財団の再審査申立てを棄却した部分(本件初審命令の
うち財団に対して団交応諾及び文書交付等を命じた部分の取消しと救済申立
ての棄却を求めた再審査申立てを棄却した部分。中労委平成17年(不再)
第42号事件についての命令)を取り消し、ユニオンの再審査申立てを棄却
した部分(本件初審命令のうち救済申立てを棄却した部分の取消しと救済命
令を求めた再審査申立てを棄却した部分。中労委平成17年(不再)第41
号事件についての命令)にかかる請求は棄却することとし、主文のとおり判
決する。
東京地方裁判所民事第19部
裁判長裁判官中西茂
裁判官松本真
裁判官遠藤貴子