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ドイツと私

ドイツ生活3回目、ドイツ初上陸は30年前。
今まで知らなかったことや考えても見なかったこと、再発見することはまだまだ!

ドイツの運転免許

2013-05-12 | こんなことがあった

88年に私はドイツで車の免許を取得した

ドイツの免許は、免許取り消しになるような違反をしなければ、日本のように3年か5年ごとに更新する必要はない。

つまり、一生更新する必要がないということ。

記載事項に現住所などの記載もない。

一生更新する必要がないということは免許の写真も当時のまんま。

だから日本と違って免許証は身分証明書としては使えない。

 

私の免許証は当時ピンク色の三つ折りで名刺のサイズになるタイプだった。その前の緑がかったグレーという妙な色の、二つ折りにするとパスポートくらいのサイズになる不便な大きさの免許証から変更されて間もない頃だった。

現在の免許証は間違えて洗濯してしまっても大丈夫なようにクレジットカードのようなものに変わり、私もピンクの免許証から変更してもらったが。

当時のものはいくら特殊な紙でできているとは言え、しょせん紙。入っている写真は普通の写真なので、何年かもっているとやっぱりボロボロになってしまう。

さらに言えば、当時の写真ということは、例えば現在70歳のひとの免許の写真が20歳の時の写真と言うこともあり得る訳で、『これ本当にあなたですか?』ということにもなりかねない。。。が、これも身分証明書として使わないのでどうでもいいらしい。

 

写真と言えば、ドイツの証明写真はやや横向きに座りニコリとした写真を使うことが多い。日本のまっすぐ正面から撮った指名手配の写真か?と思われるような証明写真と比べるとずいぶん違う。やっぱりここでも文化の違いということかと。

ちなみに私のピンクの免許の写真は歯を出して笑っている写真であった。もちろん写真屋に言われた通り顔を少し横に向けて撮った写真。そんな写真は日本では受け付けてもらえないに違いない。

 

ドイツで免許を取るのにびっくりなのが、実地練習が初回からいきなり公道に出るということ

交通量の少ない道を選んで練習するものの、第1回目はやっぱり手足ガクガク、冷や汗タラタラである。 

『時々家の車で練習してました』という経験がなかった私には、『きゃ~、車が動いてる~!』と心の中でわめいていたくらい緊張していた。 もちろんオートマではないので、エンストしながらである

 

実地試験の時は第1回目の練習の時と同じくらい緊張した

助手席に座っている教官は、後部座席にいる試験官と運転中ずっと、私の運転の下手なことから気をそらせるためだったのか、世間話に花を咲かせていた。 対向車の黄色いVWビートルとすれ違うときミラーがぶつかりそうになった時は心臓が止まってしまうかと思ったが、試験官はたぶん見ていなかったのだと思う

実地試験の当日、試験官はもうすでにその日受験する人たちのできあがった免許証を持参している。

実地試験が終わるとき、『はい、じゃあどこかに車を停車して下さい!』と言われて停車。そしてオーバーな動きで安全確認してからドアを開けて外に出てから『はい、あなたの免許証はこちら~!』とめでたく取得ということになるのである。

 筆記試験はまあ比較的楽勝だった。というか、常識的に考えられる人ならば誰でも合格できるものだった

しかしながら、甘く見ている人もいるようで、(それともよっぽどおつむが悪いのか?)私が受験した日も何人か合格点をとれなかった人がいた。

私は大和魂で絶対に合格したかったのでまじめに勉強した。

受験のあと、外で待っていた私に合格したことを知らせに来てくれた試験官は、『満点で合格ですよ!』とガッツポーズだった。外人なのに(数人のドイツ人が落ちる中)がんばったということだろう。

 

免許が取れたのでさっそく新聞の提示版でオンボロゴルフを見つけて購入した。たしか2000マルクくらいだったと思う。 ただ、売り手が怪しげなアフガニスタン人だった(からと言う訳ではないけど)のだが、どうやら事故車だったらしく、(しかも素人が修理した形跡があったらしい)修理費がかさみ、しばらくして中古のトヨタの赤いオートマのカリーナに買い替えた。(ハンドブレーキ引っ張ったまま走ってたこともあったんですけど

トヨタはさすがに故障もせず快適に運転できたのだが。。。

ドイツは何をやるにも試用期間というのがある。免許証も取って1年間は試用期間なので注意が必要。

つまり減点されるような違反をしてしまうと、普通の人よりもキビシい罰が待っている。

私の場合はうかつにも信号無視をしてしまったのである。 渋滞中の大きな交差点、私は大型トラックのすぐ後ろにいた。トラックが信号を渡る時には緑だったのに、私が通った時には赤に変わっていたのである。

でも、違反は違反。しょうがない。

ドイツはいたるところにスピードチェックのカメラ、信号無視のカメラが設置してある。

 こんなかんじでね。

数週間後に罰金の手紙が届いた。試用期間中の私には罰金の請求のほかに『もう一度教習所に通うこと(たしか実地練習と理論の授業をそれぞれ5回ずつとかだったかな?)費用は自己負担で』という注意書きも添えてあった。

教習所に行くと、私と同じように試用期間中の違反をした人が集められていた。自己紹介もかねて『私はどんな違反をした』ストーリーを話すことになった。私の話をすると、教習所の教官は『よくあるパターンですね、だからこそ気をつけねばね!』ですって。ごもっともでございます。

ドイツでは17歳の誕生日から教習所に通うことができる。ただし、17歳で免許が取れても18歳になるまでは監督人として必ず免許を持っている同乗者が必要。同乗者は誰でもよいのではなく同乗者として登録している人(まあ、普通は両親)。

夫の姉の息子が教習所に行き始めた。

ということは、私の娘もあと3年もすれば教習所ってこと。

時間が経つのは早いものですな~。

 

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イギリスはもうごめんです。

2013-03-13 | こんなことがあった

私たちが住んでいるのは10軒からなる、コンパウンドみたいなところなのだけど

お隣さんたちの国籍で言うと、ドイツはもちろん、ハンガリー、フィンランド、ナミビア、イギリス、そしてワタクシが日本と、かなりインターナショナルなのでございます。

イギリス人家族をのぞいては、みなさん、私たち夫婦と同じように、どちらかがドイツ人というカップル。

しかも、うち以外は子供が下は赤ちゃんから上は小学校低学年と、若い。

うちのティーニーの子供達は当然、最年長で。

 

ってなわけで、本日はイギリス人宅に来ております。

つまり、ベビーシッターを頼まれたのだけど。

超かわいい2人の子供達。ドイツで生まれたから両親よりも上手にドイツ語を話すし、両親とはブリティッシュイングリッシュで会話。うらやまし~。

本日はこのお宅に来たのは初めてだけど、『うわ~、ローラアシュレイかキャスキッズトン(だったか?)の世界』でございます。

シャンデリアがあるのは外から見えていたけれど、家具もビクトリアン調。イギリスから持って来たのかな?

 

実はワタクシ、ロンドンとサンフランシスコにそれぞれ1ヶ月の短期語学留学というのを体験しているのでございます

本日はイギリス人宅に来ているのでその話題を。。。

 

かれこれ24年前の11月のこと。ロンドンで語学学校に行くためにホームステイを手配していたのだけど、

到着後、入国審査で渡航目的などを書く用紙に記入しようとしたところで初めて気が付いたのが、

な、なんと! ホームステイ先の詳細をいっさい持っていなかったということ

『滞在先がどこかわからないって、あーた、どーゆーこと?』と、審査官に怪しまれてしまい、

すったもんだの後、ホームステイ先の住所がだいたいどのあたりかということと、家主の名前を覚えていたのが不幸中の幸いで、その審査官が独自に調べて来てくれたのだった。

そのすったもんだでたしか2時間くらいは費やしちゃったかなー? もう私も神経すり減らしてヘトヘト

やっとの思いで空港を出ることができたのだけど、外はもう日没後。

貧乏な私だったのだけど、しょうがなくタクシーを使うことにした

例の黒いタクシー。ホームステイ先の住所と電話番号は入国審査のおじさんからもらっていたので、そこまでは問題なく到着できたのだけど。(冷静に考えてみると、このすったもんだがなければもしかしたら路頭に迷っていたかもしれないのだから、これも不幸中の幸いですわね)

ロンドンは古い住宅街。『はい、つきましたよ!』と言われてタクシーを降りたのだけど、築100年は経ってるだろうなと思われる長屋みたいな家。

古い階段をギシギシと上がって行くと白髪のおばあさんが私を迎えてくれた。

ホームステイ。。。私が想像していたのとずいぶん違うんですけど。。。

だって当時はね、まだインターネットなんてないし、ホームステイ先のことなんで名前と住所だけでね、行ってびっくりだったってこと。

まあ、こんなふうに始まったロンドン滞在、これでもかっ!っていうくらい大変だった。

ヒースロー空港で2時間くらい拘束されてヘトヘトになっていた私は、『ここがあなたの部屋よ』と通されたすきま風ぴゅーぴゅーの部屋の、家と同じくらい古いんじゃないかと思われるベッドで即眠ってしまった。

そこで『金縛り』って言うのを初めて経験することになり。いや~、びっくりした

またそのベッドの湿気といったら、マットレスに沈んで思う毛布と掛け布団をかけても寒いのなんのって。シュノーケルがいるんじゃないかくらいの湿気あり。このベッド、100年くらいずっとこのままここにあるのかな~?と

家が古いので窓もきちんと閉まらず、見るとセロテープで目張りがしてあったりして。その状況で『すきま風』って英語でなんて言うのかそこで学習しましたみたいな。

部屋の中には30センチくらいの小さなポータブル電気ヒーターが1台のみ。そのヒーターの置いてあるところのコンセントにコインを入れるところがついていて、『ヒーター使いたいんだったら金払え』という

すきま風ピューピューのへやだから当然ヒーターは必要。それにしてもヒーターの電気代まで別料金か~、と思って部屋を見回すと反対側にコインを入れなくても使えるコンセント発見。。。

いやっ、そんなセコいことはしてはいけない。。。と思い直して、まじめにコインを投入。

お風呂だってもう大変。イギリスの古い映画で見たような熱湯と冷水の出る蛇口がふたつ。そして出て来るのはチョロチョロで、時間かかるってハンパない

そんなこんなのホームステイ先からとりあえず語学学校に通学

クラスでは高校生くらいの若いイタリア女性にはすごく親切な対応なのに、私に対してはつっけんどんな態度の担当教師の授業はてんで面白くなくて、

放課後はそれでもせっかくロンドンにいるのだからと、せっせと市内観光とショッピングに精を出していたけど、

なにせ寒いったらありゃしないホームステイ先。さすがの私も2週間経ったところで発熱してダウン

その後寝たきりで1週間

家主のおばあさん、『風邪を引いたらこれがいいわよ』と渡してくれたのが『ベジマイト』

お湯に溶かして飲みなさいということ。

初めて見る代物 いったい何なのかもよくわからずだったけど、

病人には親切なんだなと、一瞬喜んでみた私だったけど、言われる通りお湯に溶かして飲んで来たところが、

げ~~~~~、酷すぎる~~~~

ビール酵母と野菜を発酵した保存食品らしいけど、絶対無理。

 

合計以3週間経ったところで、快方に向かう兆候もなかったので『もう帰らせていただきます!』と家主のおばあさんに言うと、

『今までに何人か日本人女性がうちに来てくれたけど、あなたみたいに文句ばかりの人は初めてだわ!』ですと。しかも、

『でも予定は4週間なんだから残りの1週間分の料金はしっかり頂きますからね!』ですと。

 

そしてそのあと、やっとの思いで旅行代理店に出かけて帰りのチケットをキャンセルして、新たに1週間早い日付の片道チケットを新規で予約

思わぬ出費になってしまったけど、旅行代理店を出た時の晴れ晴れした感じ、もう踊りたくなるくらいドイツに帰るのが嬉しくて、熱もその時点でサーッと下がるのがわかったくらい

あんまり嬉しくて、その日は『明日やっとドイツに帰ることができる!』ってことで重くて冷たいベッドの中で一睡もできなかったのだけど、なんのその

次の日ヒースローに向かう電車の中で前に座ってた人の持っていたストロー付きの紙パックからジュースがピューッと飛んで来て私のズボンにかかっちゃったのも、なんのその。

フランクフルトの空港についたとき公衆電話に列ができてて、私の前の人が長電話で30分くらいは待つことになっちゃったのもなんのその。

。。。とやっとこさドイツのアパートに到着と。。。

もう最初から最後までやられっぱなしのロンドンだった。

 

あとで友達に一部始終を話すと、『それは地縛霊だったのに違いない!』とのこと。

『ロンドンはあなたのことを歓迎していなかったのよ!』と

。。。そういわれてみるとすべてがしっくり来る。

そうなんだ、私、歓迎されてなかったんだ。。。。

 

それ以来イギリスとはまったく縁がなかった私なのでありました

 

 

 

 


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タイ人と間違われて

2013-02-22 | こんなことがあった

よく『中国人と間違われた』とかちょっと色黒タイプで目鼻立ちがしっかりした人なら『タイ人と間違われた』とか言う話を聞くことがある。 私は顔がのっぺり面なので、きっと中国人と思われているのでしょう。

だって、ここにいるとほとんど東洋人イコール中国人だから。

日本にいる白人イコールアメリカ人と思われるのと同じと夫は言うけど。

いや、のっぺりな私も『タイ人?』と言われたこともあった!

ドイツで滞在許可を申請するための証明写真を撮ってもらいに、夫の実家の近所の写真店に夫2人で行った時だった。(ということは16年くらい前か?)

『妻の証明写真が必要なのでお願いします』と夫がお店の人に言うと、その店員は私の方を見てからすぐまた夫の方に向かって『タイランド?』とニヤリとした。

このニヤリは間違いなく『カタログで?』というのと同じ意味だったに違いない。

あわてて夫は『い~え!日本人ですっ!』と『えっ? なんで?』との表情で返したけど、その後は3人とも無言になってしまった。

その写真店を出たらすぐ、『なに~?あの人~?』 『きっとカタログで見つけてきたと思われてたんだろうね』『いや、もしかしたら彼の奥さんがタイ人なのかもしれないよ』とかと話しながら帰ったと思う。

どうしても国内で出会いに恵まれないとかいう人たち、農家の息子とかね、がタイやフィリピンから女性を紹介してもらうというのが、その頃、というか少なくとも80年代はそうだったと思うけど、話題になっていたからだと思う。 それが本当にカタログで女性を選ぶのかどうかは知らないけど。

きっとこの写真屋もそんなことを想像したのだろうと私は思う。

日本でも、池袋のサンシャインのそばを通ると何度と聞いたことがある(これは90年代だったな)。よくは覚えていないけど、『外国人をお嫁さんにしませんか?』みたいなのがどこかのスピーカーから流れていた。

実際、どう見ても田舎のオヤジみたいな風采の人が若いフィリピン人と思われる奥さんを連れているのはよく見るし。

タイやフィリピンに旅行してもそういうカップルがいっぱい。

2人とも幸せならいいんですがね、でも時々どう見てもモテないタイプの白人のオヤジ一人と2人の若いフィリピン人の女性がホテルの朝食の席にいるのを見ると、ちょっと複雑な気が。

もしかしたら、この私もそんな風に見られているのか? 確かに証明写真の店のオヤジはそんな目で私を見ていたしな。

人づてに聞いた話だけど、ある村に住んでいた日本人女性。近所のオバサンたちから、『あそこのはカタログで見つけたお嫁さんだそうよ』と噂されていたらしい。それを聞きつけた彼女のお義母様は、『違うのよ、うちの嫁は日本人なのよ!』と言うと、今度は『あそこのお嫁さんは日本のカタログで見つけたらしいわよ』という噂に変わったらしい。

 
 忘れられないのは今から約20数年くらい前、ドイツから日本へ一時帰国した時のこと。

料金が一番安かったバンコクで1ストップのタイエアーで帰ることにした。

その前にシンガポールエアーで一時帰国したときにシンガポールで2日間くらい滞在して観光とお買い物ができて、とても楽しかったので、その時もバンコクで1泊することにした。

飛行機の私の席は窓側で、となりの席にはドイツ人オヤジが座っていた。

もうすぐバンコク到着くらいの時だったか、やたらと話しかけて来るようになった隣のオヤジ。長距離飛行機で見知らぬ隣人と会話が生まれるということはそれほど珍しくないことなので、最初は受け答えをしていたが、そのオヤジ、妙にニヤニヤしている。 へんな感じと思い、持参してた本で顔を隠すようにしてなるべく顔を見せないようにしていた。

私の前の座席にも気持ちの悪いドイツ人オヤジが座っていた。

そのオヤジもなんと、私と対面するように後ろ向きに座って(子供がよくやるような姿勢で)ニヤニヤしながら『Wie heißt Du?』などと言ってきた。

私はもう気持ちが悪いのと怒りでいっぱいで、だけど飛行機から降りることもできず、必死で持参していた本に顔を埋めて読むふりをしていた。

しばらくするとこんどは前の方から乗客に話しかけて回っているタイ人の『やり手婆さん』系の年配の女性がいることに気が付いた。どうやら男性乗客(たしか乗客の多くは男性だったか?)にだけ何か話しかけているようだった。

『Hast Du schon Freundin?』と聞いていた!

当時まだ若くてナイーブだった私、やっと状況が把握できたのである。

もう私は本当に泣きたくなるくらい気持ちが悪く、早く着陸してくれ~!と願うのみだった。

やっとの思いで着陸したとき、シートベルトのサインが消えたと同時に席を立ち通路に出ようとした私だったが、隣の例のオヤジは席にふんぞり返ったままで動こうとしない。

『すいませんけど、出たいんですけど!』と言うと、そのオヤジ、

『じゃ、出れば?』と言ってやっぱり動こうとしない。

しょうがないのでそのオヤジの膝の上を飛び越える感じでやっとこさ通路に出られ、逃げるようにして飛行機を出たのであった。

まったくもう、と思いながらタクシーでホテルまで到着した。

まだ時間があったので、フロントで観光ガイドの予約をした。

私はてっきり客を数名集めて出発するガイドだと思っていたので

集合時間にフロントに行ってみたが誰もいないようだったので聞いてみた。

すると『女性の方には男性のガイドがつきますので、しばらくお待ちください。』と言う。

『女性の方って、私一人なんですか?』と聞くと、『そうですけど、なにか?』とのこと。

『ふ~ん、そうなんだ、私一人なんだ。』と思って待っていると若い男性が近づいて来て、その人がガイドだとわかった。

それほど時間があった訳でもないので、どこを観光したのかもう覚えてはいないけど、感じの良いガイドだった。

そしてホテルまで帰って来た時、そのガイドは私に『もしよかったら僕の彼女も一緒に3人で夕食をご一緒しませんか』と言ってきた。

というわけで、彼の彼女が働いていると言う日系のデパートへ彼女を迎えに行った。可愛らしい女性だった。

その3人でデパートをちょっとだけ散策してから夕食をとり、『いい人もいるんだな』と思いながら無事ホテルへ戻ることができた。

ホテルに戻ると、部屋のドアに何やら封筒が挟まっていた。

開けてみると、それは『若い男性紹介します』という広告だった。

そうなんだ。。。なんだかなあ。。。早く帰りたいなあ。。。

その後のバンコクから日本、日本からバンコク経由ドイツまではどうだったか覚えていないので、ごく普通の空の旅だったのでしょう。

 

そういえばここまで書いて思い出したけど、結婚したときだったか、義母と2人でメッツィンゲンの Hugo Boss へお買い物行ったことがあって、そこにいた中年のオバサンの店員が(私にじゃなく)義母に話しかけて来て、『(お宅のは日本人なの?)うちの嫁はタイ人よ。でも私は彼女のこと好きだわ』とかいう話をしていた。このオバサンは何が言いたかったんだろうと。やっぱり、カタログ感覚だったのかなあ? 

いや、しかしですね! 私たち夫婦の場合はカタログ婚ではないのは明らか。

だって夫は私よりも5歳年下で、身長はドイツ人男性の平均よりも高いし、すらっとしたタイプでお腹も出てないし、ブロンドで(義父は早くからツルツルだけども)まだハゲてない(ちょっと最近寂しくなってきたけど。。。)! (日本にいる時広告のモデルになったことも!1回だけね)

オバサンをわざわざカタログで選ばないでしょ。

  

現在はネットで奥さんを選ぶらしく、夫の友達で一人います。 

彼はスイス人で良家の息子で学歴もあって会社での地位もあっての、いろんなことをよく知っているから話してもとても楽しい人。。。なのに、身長はあまりなく、年々洋服のサイズが上がっていて、髪も結構寂しくなっちゃってという3拍子そろっちゃってる人。 彼はネットでロシア人を2回目の挑戦でめでたくゲット! 1回目に挑戦した時の彼女は『まるでバービーみたいな女性で、僕にはとてもあわない』だったそうでお断り。聞いてみるとこのロシア人女性のお姉さんも同じくネットを通じてスイス人のご主人をめでたくゲットできた人だとか。

当事者の2人がそれで幸せならばそれでいいんですが。

逆に夫の会社の同僚の男性で、同じくネットで知り合ったロシア人女性と結婚したのに、滞在許可をとったあとすぐに逃げられちゃったというかわいそうな人もいるらしいので、山あり谷あり、人生いろいろですわな。

 

 タイから持って来たぞうさんもドイツでさぶそ~ 

 


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