私が住んでいるのは10軒からなるコンパウンドみたいな家。
テナントはなく我が家も含め全員がオーナー。
いつかも書いたけど、ここに住んでいるのはイギリス人、ナイジェリア人、ルーマニア人、フィンランド人、あとはドイツ人。
あ、ちなみに私はもちろん日本人なので、とってもインターナショナル。
『外国に旅行などする時には日本人の代表として行くのだと思うくらいの気持ちででかけるように!』
とのアドバイスをよく耳にする。
たとえばドイツ人にとって私は『日本人代表』なのかもしれない。
私も『日本人とはこういう人なのだろう』と思われているのかもしれない。
まあ、たしかに文化とは『傾向』であって、
『○○人はこうだ』とか、ある一定のイメージがあっても、
どこにでもいろんなタイプの人がいるし、『日本人でもいろんな人がいる』のは当たり前である。
さて話は変わるけれど、私の住むシュヴァーベン地方で昔からある画期的(と私は個人的に思う)な習慣である
Kehrwoche
平たく言うと掃除当番のことである。
シュヴァーベン人らしい(堅実でムダが嫌い)習慣だということで、よく話題になるテーマである。
そういう習慣が恥ずかしいと思う人が(自虐的なジョークを飛ばす人もたくさんいるし)いるからか、
最近のマンションだとこの掃除当番をなくして管理人を雇うというところが増えてきた。
働いている人で時間があまりないという人にとってはそのほうがいいということか。
しかし! 我がコンパウンドでは『みんなで協力しよう!』と掃除当番制をとっている。
コンパウンド内の共同私有地をほうきで掃くのを、1週間ごとに10軒が交代して行う。
そしてそれは共同のゴミ置き場にあるカレンダーに名前が書き込まれている。
そして昨日の夕方、うちの呼び鈴を押す人がいるので出て見ると斜め向かいに住むイギリス人のマシューが立っていた。
彼はうつむき加減に『ボクバカだったんだよね~』と英国なまりのドイツ語で話し始めた。
『何を言いにきたんだろう???』と思いながらきいていると、要約するとどうやら
『今週掃除当番表を見間違えて通路を掃除してしまった。本来ならばおたくの担当なのに。8月と9月を見間違えてしまったのだ。だから来月の自分の担当の週に自分にかわってお宅が掃除をしてくれたまえ』
という。
ふ~ん、イギリス人はこういうときこういうふうに話し始めるのかなぁとあとで思ってしまう。
それにしても、これが私だったらどうするだろう、と考えてみた。
きっと私だったら、通路の掃除なんてそれほどたいした労働でもないし、一応本当の担当の人に『もう掃除はしてあるよ』と連絡はしに行くと思うけど、だからって『来月あんたかわりにやってくれよ』なんて言うだろうか。
それから二言三言話しているとマシューは
『ま、ボクが来月もう一回掃除してもいいんだけどね』と結局言い出した。
『だったら最初っからそう言えば?』と心の中で思いつつ、『でも、とりあえず私がやるってことにしておくわ。忘れてなかったらね』と答えておいた。
イギリス人ってけっこう心が狭い、っていうか細かい? なんて思ってしまう。
それともこれはマシューだけ?
そしてまたある日。
マシューの隣りに住むナイジェリア人のジェフが共同の生ゴミ専用のゴミ箱を洗っているところに出くわした。
働くドイツ人の妻をサポートすべく、彼は働き者の主夫である。
『あれっ、今週はたしかうちのとなりの(ドイツ人家族の)ラルフが担当のはずだよね?』
ときいて見ると、
『そう、でもうちのゴミ箱も洗わなきゃいけないから、ついでにやっておいてあげようと思ってさ』
と、いつものようにニコニコしながら答えるのである。
生ゴミ専用のゴミ箱の洗浄は、通路の掃除なんかに比べるとはるかに人が避けて通りたいような仕事である。
にもかかわらず、ジェフ、ほんとうに親切でいいヤツだな~!
と感心してしまったのである。
ナイジェリア人はみんなこんなにニコニコ親切でいい人なんだろうか?
それともジェフがたまたまいい人だったのか?
異文化の人々と関わると、常にこんなことを考えている私なのである。
ところで、
先日『Wer wird Millionär?』 というドイツで有名なクイズ番組で優勝して賞金を受け取った女性ジャーナリストが書いた本を友人にプレゼントしてもらったので読んだ。
2010年にクイズで優勝し、そのお金で1年間かけて12カ国で1ヶ月ずつ生活してみるというのが彼女の目的で、その12カ国の中には本来ならば日本も入っていた。
しかしながら彼女は東京行きを断念することとなる。 なぜなら旅行を開始したのが2011年だったからだ。
中国に滞在して、次のフライトやら滞在先やらを決め、あとは東京へ飛ぶだけ、という時に例の地震が日本を襲った。
報道は錯乱していて何がどうなっているのか、誰が何を知っているのか知らないのかわからないまま、いつのまにか世界中でこの地震のニュースは被害者の人たちの苦悩などよりも、原発の話題に集中していた。
8千キロも離れたドイツでも『ヨウ素』のサプリが薬局やドラッグストアから姿を消したり、放射能測定器も売り切れ続出、という事態。
そして日本行きを断念してホノルルに飛ぶという決断を下した。
ところが、彼女はやっぱり日本を素通りできなかったんである。
ビザの取得手続きを成田空港でする必要があったからなのだけれども、その数時間の成田での滞在中に彼女は日本人のすばらしさを体験するんである。(すごいぞ!ANAのファーストクラスラウンジのスタッフの皆さん)
なんと言いますか、インターネットでクリックするだけの作業なのに手こずった彼女をお茶を出したりしてサポートしてくたあと、
『必要なものはすべてそろいましたね。でもひとつだけ足りないものがあります』
と言ってANAのスタッフは『Dear Mrs....muth, Have a nice Flight!』と書かれた手書きのカードと折り鶴と、5個くらいの機内で配られるキャンディを彼女にプレゼントする。
それにいたく感動した彼女は嬉しくて泣き出してしまうのだ。
『こんな心の温かい人々に会わずして行ってしまってもいいものなのだろうか? このまま東京に残ろうか?』と思ったくらいだそうだ。
このくだりを涙しながら読んだ。
冷静に考えてみると『とても気のきくスタッフだったんだな』とも思えるし、
『あまり忙しくないから、そんなこともできたのかもしれない』とも思える。
だけどですよ、こういう気配りは例えばここドイツなどでは考えられないのは事実なわけで。
『人を気遣う』という能力はやっぱり日本人の『傾向』であると思う。
多くの日本人がそうなんだわ。そうでしょ?
だから、やっぱり日本人でよかったなと思ってしまった。
ドイツに帰国してこの本を書き上げた彼女は『日本には必ずいつか行くつもり』なんだそうである。