憂いの中
一、ICU ( 集中治療室 )
2011年6月15日
術後、初めての対面
ICU室の面会要領
ICU室の面会は午前10時と午後6時の2回、30分程度
而も、家族のみに限定され、
勤務会社の者さえ許されない
個人情報保護が徹底されているのだ。
入室
前室に於いて、手洗い、アルコール消毒、マスクの装着を済ませ、
インターホンにて呼びかけると、入室オーケーのコールがある
つづいて、電気錠が解除され、片引きドアが開いた。
不安、心配、憂慮・・・等々、沈んだ暗い気持ちを心懐に、
斯くして感慨一入、
ICU なるものに初めて入ったのである。
ICU・・・さすがに、命に係るとあって、緊張したる空気が漂っている、
誰もが皆、ピリピリしている。
医師は当然ながら、
凛としたるナースにどれ程勇気づけられたことか
ベッドに横たわる倅
医療機器、配線の数々、どこに立ってもそれらに触れそうで、居場所がない
ベッド傍を見らば、血液が溜まったタンク、
タンクへと延びたチューブ、
脳に溜まった血液や髄液を、脊髄から取り出しているのだ
「 なんと、むごたらしい・・ことか 」
さらに、
出血のダメージは大きく、自力で呼吸が出来ない
従って、機械にて酸素の供給をしてやらねばならないのである
気道確保の為にと、口から気管まで挿入されたチューブは、観るからに痛々しく
此の装備のみを以てしても、事の重大さを認識するに余りあらう
此は、テレビドラマの1シーンを見ているのではない
此が倅の現実なのである
そして、昨日の今日
覚醒はなく、意識など回復すべくもない
人相が別人の、倅に
「 死ぬなよ 」 ・・・そう、呟くしかなかった。
・・・・
そんな中
「 助かって欲しい 」 ・・・との、妻の必死の想いに、
涙して応えて呉れたナースが居た。
彼女のその涙に、吾々の心が どれ程癒されたことであらうか
『 白衣の天使 』 ・・とは、能く謂ったものである。
「 あの、窓のむこうに倅はいる 」
面会に往う時、復える時、
いつもそう、呟いた
「 死ぬるなよ 」
二、意識は戻らぬが
意識が戻らない
それでも、ナースによれば
呼びかけに対して、僅かなれど反応するようになった。
声は聞こえている筈だから、声かけをして上げるように、そして其の際は手を握って上げて呉れと、
『 皆の話声が聞こえていた 』 ・・は、回復した人の多くが謂うそうである。
更に
ホン微細 (ささやか) なれど、右の手の指が動いたと、
「 ほんとうですか 」
そう聞かば
握った手に少しなれども力を感じる ・・・そんな、気がした。
ホン微細なれど回復してきている
・・・そう想うと、
熱いものが込上げてきた。
三、瞼を閉じる
術後、目が開いた。
意識が戻ったのであらうか
而し、
「 莞爾 」 ・・との、吾々の呼びかけに、何の反応もしない
目は明いているのに・・・・
腦が覚醒したから、目を明けたのではないのか
喜びもつかの間
意識そのものが戻っていないことを想い知らされた
単に目は開いただけで、何も見えちゃいなかったのである。
「 そのうち、視力は戻りますよ 」
・・・と、ナースが言う。
ナースのその言葉を、素直に信じたい吾々であった。
ところが
2、3日して
眠りから覚めた状態でも、瞼を開けなくなった。
而し、こともあらうに
誰も、それに気付かなかったのである。
そして、やり過ごしてしまった。
四、気管切開
口からのチューブによる呼吸は限度があり、気管切開を行う必要があると謂う。
頸部に気管の穴を開け直接チューブを挿入し、此処から呼吸させるのだと
将来、開けた穴は塞がるし、ちゃんと話せるようにもなるから、
心配はいらないと、医師の説明
「 喉に穴をあけるのか 」
而し、誰が断ることなぞできようものか
妻は殊更、憂いていたが
不安を懐きつつも、7月15日 同意の捺印をしたのである。
施術後
気管切開した穴から 疸が溢れ出ている
ナースが気管の中に管を通して疸を吸引している
「 もう見ちゃ居れん
肺の中には、こんなに疸があるものか 」
喫煙の弊害は、こうして大病の時に思い知らされる・・・そういう事の様である。
五、病室へ
ICUでの治療は、術後二週間まで
それが決まりだと、東棟11階の病室へ移った。
ナーススティションの隣室・ガラス窓越しに患者が観える病室で、其は吾々を安堵させた。
くも膜下に充満していた血液や水分は、脊髄に管を通してほゞ出し切った。
心配したる、術後の合併症たる多発性脳梗塞も最小限で済んだ、水頭症の症状も出なかった。
いい事ずくめである
而し、それでも医師は
未だ未だ
予断は許されない・・と言う
憂いても、憂いても ・・きりは無い、
一つ一つ、
乗り越えて行くしかないのであらう
7月3日、我家のベランダに咲いたるアロエ花
斯のアロエ、株分けして更に殖えつづけている
然し、花が咲いたは此の時だけなのである
・・・後顧の憂い (四) ・ 維新回天 一すじのひかり へ、つづく