暑い日が続きますが、ぼちぼち梅雨ですかね。で、梅雨がらみの小説というと、永井龍男の『青梅雨(あおつゆ)』というのが有名で、あの白洲正子をして、「何もいうことができない程の名文家」と言わせた永井龍男。確か池田満寿夫や村上龍の芥川賞受賞に反対した守旧派(?)としても記憶されるけど、あんまり好きじゃないんですよね、この小説。というわけで、世評の高いこの小説に異論があるのは、わたしみたいな半端者だけかと思っていたんですが、二人の大物作家がチラッと批判っぽいことを書いていて、少しホッとしました。ま、独り言だと思って聞いてください。
先日訃報記事を書いた車谷長吉が『反時代的毒虫』のなかで、小説を書くきっかけになった作品にあげたのが『青梅雨』。その箇所の対談相手が白洲正子というわけで、絶賛されていたわけですが、気になって、相当久しぶりに読み返して、わたしはどうにもノレなかったんですよ。
この小説は、一家心中を決めた家族の、日常っぽい最後の一日を淡々と綴ったものですが、わざと明るくふるまう感じが哀愁ってニュアンスで、巧いといえば巧いが、どうも出来過ぎてるような…。
で、最近買った大江健三郎と古井由吉との対談『文学の淵を渡る』のなかの「百年の短編小説を読む」という一章に、やはり『青梅雨』が登場。これが期せずして、この小説に批判的だったんですよね。ただ、ちょっと舌足らずすぎて、いまひとつ両大家の言いたいことが伝わらないって問題はありますが…。大江の「高い評価に留保を持っています」、古井「あまり得心がいきません。」。
ということで、興味のある方はどうぞ。
先日訃報記事を書いた車谷長吉が『反時代的毒虫』のなかで、小説を書くきっかけになった作品にあげたのが『青梅雨』。その箇所の対談相手が白洲正子というわけで、絶賛されていたわけですが、気になって、相当久しぶりに読み返して、わたしはどうにもノレなかったんですよ。
この小説は、一家心中を決めた家族の、日常っぽい最後の一日を淡々と綴ったものですが、わざと明るくふるまう感じが哀愁ってニュアンスで、巧いといえば巧いが、どうも出来過ぎてるような…。
で、最近買った大江健三郎と古井由吉との対談『文学の淵を渡る』のなかの「百年の短編小説を読む」という一章に、やはり『青梅雨』が登場。これが期せずして、この小説に批判的だったんですよね。ただ、ちょっと舌足らずすぎて、いまひとつ両大家の言いたいことが伝わらないって問題はありますが…。大江の「高い評価に留保を持っています」、古井「あまり得心がいきません。」。
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