・お茶会
さて、そんな感じで上映は終わり、
いよいよ(ある意味)メインの、中島梓を囲むお茶会である。
はじめに断っておく。
おれの負け試合である。
自身の無力さを痛感した次第であった。
お茶会といっても、上映会を行っていた小会議室というかスタジオというか、
そこをパッと片付けて、会議机を出して「さあお茶会です」という簡素なもの。
簡素とは云っても、五分前後は準備に時間がかかる。
椅子をたたんで机を出してお茶やジュースを用意して、といったものだ。
そんなわけで客は廊下に出て、事務所のスタッフたちが用意をするわけだが……
なんでだれも指示出してないのに、みんなして作業しているの?
普通になにもせずに廊下に出たのは、自分を含めて五人程度。
あとの人間はなぜかみな忙しく準備をしている。
こ、こいつらまさかみんなスタッフだったのか!
いや、しかしみんなスタッフって、そんなバカな?
上映中に、一度休憩をはさんだのだが、そもそもそこから疑問は感じていた。
普通の客だと思っていた目の前の席の人が、おもむろにビデオを停止したのだ。
そして、まわりの人間が、ほとんど知り合いのように色々な人に挨拶をしはじめる。
特に目に付いたのは、対角線上に端と端に座っていた、
数少ない男性のうち二人。一人はガリオタ風で、もう一人がデブオタ風で。
その二人が丁寧語で会話しながら抱き合って
「これをしなければ会った気がしませんねえ」と挨拶をしていたではないか。
こ、これはまさにオタク式挨拶!
いや、べつにいいんですぜ、そういう人種、べつに嫌いじゃないです。
ただ、まさか目の前で見られるとは!
そんな経緯もあって、なんかおれだけ部外者みたいな雰囲気をちょっとだけ感じていたのだが、
まあ、そういう感情はおれが常に持ち歩いているもの。
どうせいつもの被害妄想だろう、そのときはそう思っていたのだが……
ちなみに上映のおわったこの段になって訪れた人も一人いた。
「お茶会だけに1500円(あるいは2500円)払う気か?
ブルジョワめ!」
と驚きと嫉妬の念を送ったのだが、
その人は、あとで栗本へんへ曰く「身内のようなもの」らしいので、
金は払わないでよかったのかな? 隣に座ってたし。だったらいいか。
なんか炎の~出演役者さんの親衛隊やってて、それをやめて、
今度は別の役者さん(でもやっぱり炎の~出演役者)の人の親衛隊やってる人らしくて、
だからして外見もまあ「年季の入ったおっかけ」そのものでしたが、
そんな他人の外見はどうでもとして
「? なんでそれで身内みたいなもんなんだ?」
という疑問を二時間後の私に抱かせた。
(しかし、なんかツッコミが入ったから
わざわざ意識的に除けてた部分を載せることにしたが、
いいのか? ほかのお客のことまで書いて。
かれらは好きなものを金払って見に、あるいは話に来ただけの人なんだし
おれにとっては興味のない他人だから、
失礼にならないように最大限省いていたつもりなんだが。
まあ、いいか。見直してみたら、今までのでも十分失礼だったし)
廊下で待っている間、することもないので壁にかかった天野さんのリトグラフを見ていた。
アールビバンが売りつけていることで有名な、あの高い複製原画だ。
「たしか、天野さんからもらったってどっかのエッセイかあとがきで書いてあったっけ」
そんなことを思いながら鑑賞する。
絵柄はイシュトヴァーンのもの。「ヴァラキアの少年」の表紙の絵だ。
おれはこの絵が好きで「ヴァラキアの少年」にも思い入れがあるので、
素直に楽しく鑑賞する。
素直といったが、まわりの状況をあまり認識したくないという気持ちも
ないわけではなかった。いや、あった。
そもそもこの絵は、以前アールビバンの天野喜孝展に行ったときに、
ドロンジョ様の絵と一緒に、ちゃんとじろじろと鑑賞したものだ。
いまさら物珍しいものでもない。
自分のやけにうしろ向きな気持ちをひしひしと感じているうちに、
お茶会の準備が整ってしまう。
好きな席に座っていいとのことだが、
二人連れや知り合い導同士の多い中、堂々と真ん中に座るのは気が引ける。
あまり邪魔にならないであろう、机の端の席を確保する。
この気持ちは、ほかの人も持っていたのであろうか、あるいは偶然なのか、
ここのなじみでない人たちはあと三人ほどいたのだが、
なぜかかれらに両隣に座られ、四人が固まってしまった。
席にはすでにケーキが配られていた。
モンブラン、レアチーズ、オレンジムースなど数種類のうち一つが無作為に置かれていた。
「欲しいケーキがある人は、近くの人と相談して奪い取ってください」
梓が云うと、また爆笑が沸き起こった。
くっ、今のも爆笑ポイントだったとは。またもタイミングを逃し、忸怩たる思いを抱く。
紙コップにジュースやコーヒー、紅茶等がそそがれ、配られる。
コーヒーは沸かしたものだが、ほかはペットボトルや紙パックから移したものだ。
なんでもよかったが、おれはとりあえずミルクティーをもらうことにした。
「飲み物類はここにおいとくので、フリードリンクで好きなように飲んでください。
この辺の人たち適当にこき使ってもいいんで」と梓は云っていたが、
その後、席を立って飲み物を取りに行ったり、ほかの人に飲み物をとってもらえるような空気には、
まったくといっていいほどならなかったし、事実、だれもおかわりを所望したりしなかった。
「じゃあ、どうしましょうか。とりあえず、ケーキをいただきましょうか」
とのことで、五分間くらい、ケーキタイムがもうけられ、
みな、一言もしゃべることなくケーキを食する。
重ねて云うが、二人組みや三人組、夫婦などもいたのだが、
だれも一言もしゃべることなくケーキタイムは進行した。
おれは、当然一人だし、しゃべる相手もない。仕方なくケーキを食べることに専念する。幸い、甘いもの、特にケーキは好きだし、おれにあてがわれたモンブランは好物だ。
最近甘いものを絶っていたこともあって、一口一口味わいながら、非常においしくいただく。
しかし……なんとなく目を周囲にはしらせ、思う。
窓一つない地下室で、会議机とパイプ椅子に、
紙皿と紙コップでもくもくと店売りのケーキか……
おれは形式にこだわる方ではなく、ケーキもうまいから文句はないのだが……
なんか、お茶会という優雅な言葉からは、遠く感じてしまうなあ……
念のため余分にケーキを買ってきていたようで、二個ほどあまったらしい。
「だれか甘いもの好きな人、二つ目食べます?」
梓とスタッフが聞いてまわるが、だれも一言も発さない。
おれはこういう空気に弱い。だれかが「じゃもらいます」と一言いえばそれで済むのに、
なぜだれも云わないのか。一分くらい経ってもだれも反応がないので、
「あ、それじゃぼくもらっていいですか?」
と催促する。まあ、普通にケーキが食べたかったし、
せっかく金だしたんだから少しでも元とらなきゃね、
というド貧乏根性がなかったともいえない。いや、あった。
その気持ちに気づいたときに、
私はミュージカルに金額分の満足を抱いていない自分を再発見したのであった。
「じゃあ、そんなわけで、さわかいをはじめましょうか」
澤会? なんでそこで沢田研二のファンクラブが?
と思ったが、どうやら「茶話会」のことらしい。
この後、何度も「茶話会」という単語は出たが、
全部「澤会」と頭の中で変換してしまい、ジュリーのことを思い出す。
そうか、澤会って茶話会のもじりだったのか。今まで気づかなかったな。
「あ、その前に飲み物とかもうない人いる?
それじゃこっちらから飲み物回しますね」
と飲み物のパックが回される。
なぜかぼくのところにはまたミルクティーが回されてきたが、
二杯目はべつのがよかったので、
あっちから回ってきてるレモン水が回ってくるのを待とう、
とミルクティーを新田君のように華麗にスルー。
が、このスルーは間違いだった。
回してる途中で梓が話しはじめたため、飲み物はそこでストップ、
レモン水もほかのジュースもすべてぼくの手の届かない距離で止まってしまったのでした。
こうして唯一のおかわりタイムを逃したぼくは、
およそ二時間のあいだ、のどの渇きに苦しむことになるのですが、
ぼくの事情なぞ知ったことじゃないので、とっとと話を進める。
そういえば、飲み物もそうだが、二時間のあいだ、
だれもトイレに行かなかったのも印象的ではあった。
途中でトイレに行くと、小学校みたいにからかわれるのであろうか。
謎は尽きないが、やっぱりどうでもいいことなので話を進める。
ところで、ご存知の通り、時は六月上旬。
晴れたらアッツイが、雨だと適温、そんな今年の空模様。
しかし電車内や建物内は暑い日に備えてわりとクーラー効かせ気味で、
下手に薄着していくと凍えてしまう。
当日がまた微妙な天気で、服装の判断に困った僕は、
とりあえず、薄着のうえにコートを着て出かけることにした。
暑ければ脱げばいいだろう、という妥当な判断だ。
さすがおれ、賢い。
ところが歩いているうちに汗をかくことかくこと。
すわ、これは失敗か、と思っていたのだが、意地で脱がなかった。
男には譲れないものもあるのだ。
が、その暑さとも、会場内に入ったらおさらば。
GANGANにかかったエアコンたんの吐息が優しく包んだのです。
間違ってなかった! おれの判断は間違ってなかった!
そんなこんなで上映中は快適に過ごしたのですが、
休憩中などに見るともなく周りの人を見ると、見事にほとんどの人が夏仕様。
長袖着てるのなんて数えるほどしかいなかったし、
コート着てるような季節感のない人間はおれぐらいだったかもしれぬ。
むう、おれの体温調節機能がかなりぶっ壊れ気味なのは確かだが
(注・うなぎは真夏に皮ジャンぐらいなら平然とやってのけるナイスガイです)
みんな寒くないのだろうか。
コート着てるおれでちょうどいいくらいなのに。
そんなことをぼんやり思いつつこの時まで来たのであったが、
この段に至ってついに中島先生が動き出したのであった。
「あ、クーラー寒い? 大丈夫?」
みなに尋ねる先生。
あー、さすがに寒いだろうな、みんな。
じゃあクーラー止めたら、おれもコート脱ぐかな。
そんなことを考えながら、みんなの「ちょっと寒いです」という言葉を待っていた。
ない。
そんな言葉はなかった。
え? あれ? 遠慮してるの?
と思っていると、二秒後くらいに先生、
「大丈夫? 大丈夫だね」
はやっ!先生判断はやい!判断早いよ先生!早すぎるよ!神速のインパルスだよ先生!
いいのかなー、と思いつつも、
まあ、おれには過ごしやすいからどうでもいいか、とスルーを決意する。
おれ自分さえ良ければどうでもいいのだ。まさに外道!
そんなこんなで、エアコンたんが必死に働きつづけるなか、
栗本先生が話しはじめたわけですが
「じゃあ、どうしようか、どうする? こっちから先に話す?
それともみんなに先に話してもらおうか?」
話をふり、それにだれも答えぬうちに、
「あ、その前に先にモノを見てもらおうか」
梓は部屋を出て、いそいそとなにかを取りに行く。
残された人たちがはじめて「モノ? モノってなんだ?」とちょっとどよめく。
期待の色があふれていた。おれも「ん?なんだ?」と興味を惹かれたのは否定できない。
もどってきた梓が抱えていたのは、数冊の本だった。
出版前の新刊かなにかか?と思ったが、そうではなく、最近いくつか刊行されている、
外国語版のグインサーガだとのこと。
イタリア語版、フランス語版、英語版、ドイツ語版。
へー、そんなに出ているんだ。ぼんやり感心する。
どうせ外国で完結まで出るはずないんだから、やめりゃいいのに。
ま、日本でも「時の車輪」シリーズとかえらい巻数でてるし、いっか。
「ほら、イタリア語版とか表紙になぜかカタカナが入ってるんですよ。
なんでだろうね?向こうじゃカタカナがかっこいいのかな?
ドイツ語版の絵とかひどいでしょ? もー誰これ?だれ?」
梓がはしゃぎながら解説し、みんながドイツ語版で爆笑する。
たしかにドイツ語版の表紙絵のひどさはなかなか笑えるものだったが、
すっかりタイミングずれがくせになってしまった私は、また笑うことも出来ず、
は~~~っとぼんやりする。と
「じゃあ、回すから自由に見てくださいね」
え、いや、そんなこといわれても、おれ、日本語しか読めないし、べつにいいです……
と思ったが、みんな大喜びで回し見る。
仕方なく、おれも回ってきたのをぺらぺらめくり、
しかし中には挿絵が一つもないので、表紙をじろじろと見る。
まあ、けっこうカッコよい装丁になってはいるものだ。
しかし、やたらデカイが、これ一冊で何冊分なんだ?
と英語版のタイトルを見てみたが、なんとこれ、一冊が一冊分らしい。
となると、このくそデカイ重いハードカバーの本が100冊越えするんかい。
はー、海外のファン(いるのかどうかしらんが)は大変だな。
でも、どうせ愛蔵版グインサーガと同じで、途中でやめるんだろうな。
だから、ま、いっか。
「あとロシア語版もあるんだけど、まだ私のところにも届いてないんですよね」
すると、一人のオタクっぽい人が
(なんて云ったら、おれも含めその場にいた人、ほとんどがそうだったのだが)
「ハイ!持ってます、持って来てます」と、
カバンからいそいそとビニール袋に入ったロシア語版グインサーガを三冊ほど取り出す。
はー、さようでございますか。と生暖かい目で見守る。
そんなこんなで回し読みタイムも終わったようで、
「じゃ、どうしようか。えーと、どうでしたか、炎の群像。もう十一年も前ですからね。
前に見たことある人もいるのかな。それじゃ、前に見たことある人いるかな?」
と、みんながずらっと手を挙げる。みんなとしか云いようがないほどみんなだ。
「じゃ、今回が初めてって人」
自分を含め、五人ほどしかいない。
薄々感づいてはいたが、衝撃を受ける。
そうか、こいつらみんな、11年越しのミュージカルおっかけか!
「じゃあ、こっちの人から順に感想と、あとなにか質問があればどうぞ」
みたいな感じで、順番に一人ずつが話すことになる。
「じゃ、最初の人、~~さんから」
な、なんか梓が名前知ってるんですけど。
どうやら天狼パテオでの梓のパソ通ともだちの一人らしい。
なんとなーく、わかってきたのだが、どうやらこの場に来ている人間のほとんどが、
中島先生のパソ通信友達らしい。
どうやら被害妄想ではなく、真実、おれは部外者であったらしい。
なんだっけな、こういうさ、ネットでの友達が、集まってお話する会合。
なんか呼び方があったよね。
お深いというかお不快というか……
オフ会、そうオフ会!
これ、オフ会じゃん!
オフ会じゃねえかよ! オフ会だったのかよ!
あわ、あわわわわわわ。
じゃあ、これってオフ会に赤の他人が紛れ込んでしまったっていう、そんな状況か?
そんな状況なんだな?
ぐ、ぐむう。
まあいい、おとなしくみなさんの話を拝聴しよう。そのうちノリもつかめてくるだろう。
さて、そんな感じで上映は終わり、
いよいよ(ある意味)メインの、中島梓を囲むお茶会である。
はじめに断っておく。
おれの負け試合である。
自身の無力さを痛感した次第であった。
お茶会といっても、上映会を行っていた小会議室というかスタジオというか、
そこをパッと片付けて、会議机を出して「さあお茶会です」という簡素なもの。
簡素とは云っても、五分前後は準備に時間がかかる。
椅子をたたんで机を出してお茶やジュースを用意して、といったものだ。
そんなわけで客は廊下に出て、事務所のスタッフたちが用意をするわけだが……
なんでだれも指示出してないのに、みんなして作業しているの?
普通になにもせずに廊下に出たのは、自分を含めて五人程度。
あとの人間はなぜかみな忙しく準備をしている。
こ、こいつらまさかみんなスタッフだったのか!
いや、しかしみんなスタッフって、そんなバカな?
上映中に、一度休憩をはさんだのだが、そもそもそこから疑問は感じていた。
普通の客だと思っていた目の前の席の人が、おもむろにビデオを停止したのだ。
そして、まわりの人間が、ほとんど知り合いのように色々な人に挨拶をしはじめる。
特に目に付いたのは、対角線上に端と端に座っていた、
数少ない男性のうち二人。一人はガリオタ風で、もう一人がデブオタ風で。
その二人が丁寧語で会話しながら抱き合って
「これをしなければ会った気がしませんねえ」と挨拶をしていたではないか。
こ、これはまさにオタク式挨拶!
いや、べつにいいんですぜ、そういう人種、べつに嫌いじゃないです。
ただ、まさか目の前で見られるとは!
そんな経緯もあって、なんかおれだけ部外者みたいな雰囲気をちょっとだけ感じていたのだが、
まあ、そういう感情はおれが常に持ち歩いているもの。
どうせいつもの被害妄想だろう、そのときはそう思っていたのだが……
ちなみに上映のおわったこの段になって訪れた人も一人いた。
「お茶会だけに1500円(あるいは2500円)払う気か?
ブルジョワめ!」
と驚きと嫉妬の念を送ったのだが、
その人は、あとで栗本へんへ曰く「身内のようなもの」らしいので、
金は払わないでよかったのかな? 隣に座ってたし。だったらいいか。
なんか炎の~出演役者さんの親衛隊やってて、それをやめて、
今度は別の役者さん(でもやっぱり炎の~出演役者)の人の親衛隊やってる人らしくて、
だからして外見もまあ「年季の入ったおっかけ」そのものでしたが、
そんな他人の外見はどうでもとして
「? なんでそれで身内みたいなもんなんだ?」
という疑問を二時間後の私に抱かせた。
(しかし、なんかツッコミが入ったから
わざわざ意識的に除けてた部分を載せることにしたが、
いいのか? ほかのお客のことまで書いて。
かれらは好きなものを金払って見に、あるいは話に来ただけの人なんだし
おれにとっては興味のない他人だから、
失礼にならないように最大限省いていたつもりなんだが。
まあ、いいか。見直してみたら、今までのでも十分失礼だったし)
廊下で待っている間、することもないので壁にかかった天野さんのリトグラフを見ていた。
アールビバンが売りつけていることで有名な、あの高い複製原画だ。
「たしか、天野さんからもらったってどっかのエッセイかあとがきで書いてあったっけ」
そんなことを思いながら鑑賞する。
絵柄はイシュトヴァーンのもの。「ヴァラキアの少年」の表紙の絵だ。
おれはこの絵が好きで「ヴァラキアの少年」にも思い入れがあるので、
素直に楽しく鑑賞する。
素直といったが、まわりの状況をあまり認識したくないという気持ちも
ないわけではなかった。いや、あった。
そもそもこの絵は、以前アールビバンの天野喜孝展に行ったときに、
ドロンジョ様の絵と一緒に、ちゃんとじろじろと鑑賞したものだ。
いまさら物珍しいものでもない。
自分のやけにうしろ向きな気持ちをひしひしと感じているうちに、
お茶会の準備が整ってしまう。
好きな席に座っていいとのことだが、
二人連れや知り合い導同士の多い中、堂々と真ん中に座るのは気が引ける。
あまり邪魔にならないであろう、机の端の席を確保する。
この気持ちは、ほかの人も持っていたのであろうか、あるいは偶然なのか、
ここのなじみでない人たちはあと三人ほどいたのだが、
なぜかかれらに両隣に座られ、四人が固まってしまった。
席にはすでにケーキが配られていた。
モンブラン、レアチーズ、オレンジムースなど数種類のうち一つが無作為に置かれていた。
「欲しいケーキがある人は、近くの人と相談して奪い取ってください」
梓が云うと、また爆笑が沸き起こった。
くっ、今のも爆笑ポイントだったとは。またもタイミングを逃し、忸怩たる思いを抱く。
紙コップにジュースやコーヒー、紅茶等がそそがれ、配られる。
コーヒーは沸かしたものだが、ほかはペットボトルや紙パックから移したものだ。
なんでもよかったが、おれはとりあえずミルクティーをもらうことにした。
「飲み物類はここにおいとくので、フリードリンクで好きなように飲んでください。
この辺の人たち適当にこき使ってもいいんで」と梓は云っていたが、
その後、席を立って飲み物を取りに行ったり、ほかの人に飲み物をとってもらえるような空気には、
まったくといっていいほどならなかったし、事実、だれもおかわりを所望したりしなかった。
「じゃあ、どうしましょうか。とりあえず、ケーキをいただきましょうか」
とのことで、五分間くらい、ケーキタイムがもうけられ、
みな、一言もしゃべることなくケーキを食する。
重ねて云うが、二人組みや三人組、夫婦などもいたのだが、
だれも一言もしゃべることなくケーキタイムは進行した。
おれは、当然一人だし、しゃべる相手もない。仕方なくケーキを食べることに専念する。幸い、甘いもの、特にケーキは好きだし、おれにあてがわれたモンブランは好物だ。
最近甘いものを絶っていたこともあって、一口一口味わいながら、非常においしくいただく。
しかし……なんとなく目を周囲にはしらせ、思う。
窓一つない地下室で、会議机とパイプ椅子に、
紙皿と紙コップでもくもくと店売りのケーキか……
おれは形式にこだわる方ではなく、ケーキもうまいから文句はないのだが……
なんか、お茶会という優雅な言葉からは、遠く感じてしまうなあ……
念のため余分にケーキを買ってきていたようで、二個ほどあまったらしい。
「だれか甘いもの好きな人、二つ目食べます?」
梓とスタッフが聞いてまわるが、だれも一言も発さない。
おれはこういう空気に弱い。だれかが「じゃもらいます」と一言いえばそれで済むのに、
なぜだれも云わないのか。一分くらい経ってもだれも反応がないので、
「あ、それじゃぼくもらっていいですか?」
と催促する。まあ、普通にケーキが食べたかったし、
せっかく金だしたんだから少しでも元とらなきゃね、
というド貧乏根性がなかったともいえない。いや、あった。
その気持ちに気づいたときに、
私はミュージカルに金額分の満足を抱いていない自分を再発見したのであった。
「じゃあ、そんなわけで、さわかいをはじめましょうか」
澤会? なんでそこで沢田研二のファンクラブが?
と思ったが、どうやら「茶話会」のことらしい。
この後、何度も「茶話会」という単語は出たが、
全部「澤会」と頭の中で変換してしまい、ジュリーのことを思い出す。
そうか、澤会って茶話会のもじりだったのか。今まで気づかなかったな。
「あ、その前に飲み物とかもうない人いる?
それじゃこっちらから飲み物回しますね」
と飲み物のパックが回される。
なぜかぼくのところにはまたミルクティーが回されてきたが、
二杯目はべつのがよかったので、
あっちから回ってきてるレモン水が回ってくるのを待とう、
とミルクティーを新田君のように華麗にスルー。
が、このスルーは間違いだった。
回してる途中で梓が話しはじめたため、飲み物はそこでストップ、
レモン水もほかのジュースもすべてぼくの手の届かない距離で止まってしまったのでした。
こうして唯一のおかわりタイムを逃したぼくは、
およそ二時間のあいだ、のどの渇きに苦しむことになるのですが、
ぼくの事情なぞ知ったことじゃないので、とっとと話を進める。
そういえば、飲み物もそうだが、二時間のあいだ、
だれもトイレに行かなかったのも印象的ではあった。
途中でトイレに行くと、小学校みたいにからかわれるのであろうか。
謎は尽きないが、やっぱりどうでもいいことなので話を進める。
ところで、ご存知の通り、時は六月上旬。
晴れたらアッツイが、雨だと適温、そんな今年の空模様。
しかし電車内や建物内は暑い日に備えてわりとクーラー効かせ気味で、
下手に薄着していくと凍えてしまう。
当日がまた微妙な天気で、服装の判断に困った僕は、
とりあえず、薄着のうえにコートを着て出かけることにした。
暑ければ脱げばいいだろう、という妥当な判断だ。
さすがおれ、賢い。
ところが歩いているうちに汗をかくことかくこと。
すわ、これは失敗か、と思っていたのだが、意地で脱がなかった。
男には譲れないものもあるのだ。
が、その暑さとも、会場内に入ったらおさらば。
GANGANにかかったエアコンたんの吐息が優しく包んだのです。
間違ってなかった! おれの判断は間違ってなかった!
そんなこんなで上映中は快適に過ごしたのですが、
休憩中などに見るともなく周りの人を見ると、見事にほとんどの人が夏仕様。
長袖着てるのなんて数えるほどしかいなかったし、
コート着てるような季節感のない人間はおれぐらいだったかもしれぬ。
むう、おれの体温調節機能がかなりぶっ壊れ気味なのは確かだが
(注・うなぎは真夏に皮ジャンぐらいなら平然とやってのけるナイスガイです)
みんな寒くないのだろうか。
コート着てるおれでちょうどいいくらいなのに。
そんなことをぼんやり思いつつこの時まで来たのであったが、
この段に至ってついに中島先生が動き出したのであった。
「あ、クーラー寒い? 大丈夫?」
みなに尋ねる先生。
あー、さすがに寒いだろうな、みんな。
じゃあクーラー止めたら、おれもコート脱ぐかな。
そんなことを考えながら、みんなの「ちょっと寒いです」という言葉を待っていた。
ない。
そんな言葉はなかった。
え? あれ? 遠慮してるの?
と思っていると、二秒後くらいに先生、
「大丈夫? 大丈夫だね」
はやっ!先生判断はやい!判断早いよ先生!早すぎるよ!神速のインパルスだよ先生!
いいのかなー、と思いつつも、
まあ、おれには過ごしやすいからどうでもいいか、とスルーを決意する。
おれ自分さえ良ければどうでもいいのだ。まさに外道!
そんなこんなで、エアコンたんが必死に働きつづけるなか、
栗本先生が話しはじめたわけですが
「じゃあ、どうしようか、どうする? こっちから先に話す?
それともみんなに先に話してもらおうか?」
話をふり、それにだれも答えぬうちに、
「あ、その前に先にモノを見てもらおうか」
梓は部屋を出て、いそいそとなにかを取りに行く。
残された人たちがはじめて「モノ? モノってなんだ?」とちょっとどよめく。
期待の色があふれていた。おれも「ん?なんだ?」と興味を惹かれたのは否定できない。
もどってきた梓が抱えていたのは、数冊の本だった。
出版前の新刊かなにかか?と思ったが、そうではなく、最近いくつか刊行されている、
外国語版のグインサーガだとのこと。
イタリア語版、フランス語版、英語版、ドイツ語版。
へー、そんなに出ているんだ。ぼんやり感心する。
どうせ外国で完結まで出るはずないんだから、やめりゃいいのに。
ま、日本でも「時の車輪」シリーズとかえらい巻数でてるし、いっか。
「ほら、イタリア語版とか表紙になぜかカタカナが入ってるんですよ。
なんでだろうね?向こうじゃカタカナがかっこいいのかな?
ドイツ語版の絵とかひどいでしょ? もー誰これ?だれ?」
梓がはしゃぎながら解説し、みんながドイツ語版で爆笑する。
たしかにドイツ語版の表紙絵のひどさはなかなか笑えるものだったが、
すっかりタイミングずれがくせになってしまった私は、また笑うことも出来ず、
は~~~っとぼんやりする。と
「じゃあ、回すから自由に見てくださいね」
え、いや、そんなこといわれても、おれ、日本語しか読めないし、べつにいいです……
と思ったが、みんな大喜びで回し見る。
仕方なく、おれも回ってきたのをぺらぺらめくり、
しかし中には挿絵が一つもないので、表紙をじろじろと見る。
まあ、けっこうカッコよい装丁になってはいるものだ。
しかし、やたらデカイが、これ一冊で何冊分なんだ?
と英語版のタイトルを見てみたが、なんとこれ、一冊が一冊分らしい。
となると、このくそデカイ重いハードカバーの本が100冊越えするんかい。
はー、海外のファン(いるのかどうかしらんが)は大変だな。
でも、どうせ愛蔵版グインサーガと同じで、途中でやめるんだろうな。
だから、ま、いっか。
「あとロシア語版もあるんだけど、まだ私のところにも届いてないんですよね」
すると、一人のオタクっぽい人が
(なんて云ったら、おれも含めその場にいた人、ほとんどがそうだったのだが)
「ハイ!持ってます、持って来てます」と、
カバンからいそいそとビニール袋に入ったロシア語版グインサーガを三冊ほど取り出す。
はー、さようでございますか。と生暖かい目で見守る。
そんなこんなで回し読みタイムも終わったようで、
「じゃ、どうしようか。えーと、どうでしたか、炎の群像。もう十一年も前ですからね。
前に見たことある人もいるのかな。それじゃ、前に見たことある人いるかな?」
と、みんながずらっと手を挙げる。みんなとしか云いようがないほどみんなだ。
「じゃ、今回が初めてって人」
自分を含め、五人ほどしかいない。
薄々感づいてはいたが、衝撃を受ける。
そうか、こいつらみんな、11年越しのミュージカルおっかけか!
「じゃあ、こっちの人から順に感想と、あとなにか質問があればどうぞ」
みたいな感じで、順番に一人ずつが話すことになる。
「じゃ、最初の人、~~さんから」
な、なんか梓が名前知ってるんですけど。
どうやら天狼パテオでの梓のパソ通ともだちの一人らしい。
なんとなーく、わかってきたのだが、どうやらこの場に来ている人間のほとんどが、
中島先生のパソ通信友達らしい。
どうやら被害妄想ではなく、真実、おれは部外者であったらしい。
なんだっけな、こういうさ、ネットでの友達が、集まってお話する会合。
なんか呼び方があったよね。
お深いというかお不快というか……
オフ会、そうオフ会!
これ、オフ会じゃん!
オフ会じゃねえかよ! オフ会だったのかよ!
あわ、あわわわわわわ。
じゃあ、これってオフ会に赤の他人が紛れ込んでしまったっていう、そんな状況か?
そんな状況なんだな?
ぐ、ぐむう。
まあいい、おとなしくみなさんの話を拝聴しよう。そのうちノリもつかめてくるだろう。
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