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プレデターズ

そんなわけで、プレデターズを見た。

ソルトでなく、こっちを選んだ一番の理由は、制作がロバート・ロドリゲスだってことだ。
それなら、ひょっとすると面白いのかもしれない。
あと、主役が戦場のピアニストという意表を付くキャスティング。
あいつ、プレデターと戦えるのか? 大丈夫か?

いろいろ興味がわくわけですが、これまで、プレデターとプレデター2以外は、結局全然面白くなかったわけですから、そんなに期待もしていません。

とにかく、110インチのスクリーンで、ドルビーHDマスターによるド迫力サラウンドで、ドッカーン、バキューンと楽しめたらそれでよし、のつもりでしたが…。

やっぱなぁ、設定が無茶苦茶すぎるんだよなぁ。
いや、地球で強そうな奴をピックアップしてこの星に連れて来て放って、そいつらを狩るハンティングゲームを楽しむプレデターたち、っていう無茶苦茶な設定はいいんだけど、だったらさぁ、もっと強そうな奴を連れてこようよ。

戦場のピアニストでもかまわないんだけど、例えば前半で、「うわぁ、こいつ本当にすごい!」「こういうジャングルでの戦闘では、こいつマジ最強だな!」っていう描写を、ほんの3分ぐらいでいいから入れておいてくれたら、こいつらならプレデターと戦えるかもしれないって思えるじゃないですか。

なんかねぇ、こいつらが選ばれた理由が全然わからない。

一人ひとり、「こ、こいつもすげー!」「うわ、こいつこんな技持ってるのか!?」みたいなのを見せて、なるほど、50億人もいる中から(あれ?60億人? 今って何人??)選ばれただけのことはあるなぁって思えたと思うんだけど。

一番おもしろかった、とはいえ、なんで日本のヤクザが選ばれてるんだよ。
ヤクザの強さって、戦闘能力の強さじゃないでしょ、それも、こんなジャンブルの中での戦闘能力ってことで言えば、かなり弱いんじゃないの?

あと、モーフィアスが無駄なチョイ役で出てくるのもなぁ。

この際だから、イスに座らされて後ろ手に縛られた鎖をぐおーって引きちぎるところとか、見せてくれたら笑えたのに。なんてね。


というわけで、全体として、どーでもいい感じの、本当にどーでもいい映画でしたね。

ロバート・ロドリゲス…。
いや、ロバート・ロドリゲスはあくまでも監督じゃないからなぁ。監督は名前も知らないやつだからなぁ。

期待しちゃいけません。

いや、期待なんてしてなかったけども、うーん…。

これを見るなら、プレデターとプレデター2をもう一度ひさしぶりに見直してみるほうが、楽しめそう。

もうかなり忘れているので、もう一度見ようかなぁ。
楽しめそう。









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新しい人生のはじめかた

ダスティン・ホフマン。
そして相手役がエマ・トンプソン。

前半のあの、いたたまれない感じ。
この空間にいるべきじゃないのに なぜか いてしまっているあの気まずい感じ。
さびしく、かなしい、あの感じ。
あの描写は素晴らしいなぁ。
ダスティン・ホフマン側も、エマ・トンプソン側も、両方とも見事。

だからこそ、後半の展開に説得力が出てくる。
いや、二人の演技のすばらしさもあるよなぁ。
二人とも本当に演技がうまい。

いい映画だった。
ダスティン・ホフマンって、最近たまに見かけると、彼の力を全然発揮できないどうでもいい父親役(しかも主演じゃなくて脇役)とか、そんなのばっかりで、レインマンの演技に感動し、トッツィーで大笑いした世代の僕にとっては、なんだか歯がゆい気持ちを味わうことが多いのだけど、この映画は良かった。

もちろん、かつての大作とはちがう、小さな小さな佳作だけど。

いや、良い映画だった。



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アイアンマン2

スカーレット・ヨハンソンが出てるんだ。へえ。

でも、なんか無駄な役だったなぁ。
いい女だからトニー・スタークが色目を使うっていう、結局ただそれだけの役だな、これ。
スカーレット・ヨハンソンのアクションシーンはとてもカッコいいんだけど、この映画はアンタが一般人相手に活躍する映画じゃないですから、って思っちゃったなぁ。

観客はみんな、最後のミッキー・ロークとの対決をワクワクして観てたんじゃないの。
うわ、すげー、相手も頭のいい物理学者、父親どうしの因縁、こりゃあ簡単には勝てないぞ、どんな戦いになるんだろう、わくわくわくわく、と。
それを期待して、それだけを期待して、どーでもいい米軍とのごちゃごちゃごちゃごちゃした話とか、どーでもいいパーティーシーンとかぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃした話とかに付き合ってきたわけじゃないですか。
無駄な話はやっと終わった、いよいよアイアンマンとミッキー・ロークとの対決だ、この時を待ってたぞ! と。

と思ったら、あっけなく終わっちゃった。

なんだよ、これ~。
もうガッカリだよ~。

ちゃんと1本の映画の中で大きな話1つを描いてくれよ。
ごちゃごちゃごちゃごちゃ、どうでもいいエピソードを詰め込んで…。

トニー・スタークがあの感じで人と話したりしているのを見ているだけで楽しい、っていう根っからのアイアンマンファン以外にとっては、普通にスカッと楽しいアクション映画を期待して見ている普通の映画ファンにとっては、この映画は全てが中途半端。

3は、観ないかもなぁ。


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明日の私に着がえたら

メグ・ライアンです。

本当に女性しか出てこないことにビックリ。
男は彼女たちの会話の中に出てくるだけ。
これで映画が1本出来てるんだから、けっこうすごいかも。
そういう映画ってあっただろうか?
思い出せないなぁ。

男である僕がこういうの見ると、うーん…、正直ちょっと食傷気味というか、うんざりというか、途中でお腹いっぱいすぎてもっとさっぱりしたもの欲しいよぉ、お茶漬け食べたいなぁ、もうこんなギトギトした油だらけの肉料理はいいです、勘弁です、って思いました。

男同士の友達関係と、やっぱり明らかにちがうんだよなぁ。
どうしてこんなことしていられるのかなぁ。
俺ならまず「ごめん、これ俺の問題だから、口出さないでくれよ。」って一言言って、あとは一人で考えるだろうなぁ。
自分の人生は自分が決めて進んでいくもので、友達だろうと誰だろうと、横から言われたことに振り回されて決めた道は、やっぱり後で後悔しちゃうと思うんだよなぁ。
ましてやあんな、その場のノリで、ピーチクパーチクギャーギャーワーワーと「向き合うべきよ!」とか、「対決しなくちゃ!乗り込むわよ!」とか、たとえ20年ぐらいつきあいのある友人だろうと、「うるさい! 私の問題だから口出さないで!」って、どうして思わないんだろう。
信じられない。

この映画に共感できる人は、きっと、夫とか子供とかは、しょせんある時期一緒にいるだけのパートナーで、女友達こそが一生のつきあい、っていう感覚の持ち主なんじゃないかなぁ。

そう思えるような友人がいるのは少しうらやましいし、ラストの出産シーンは面白いラストシーンだなぁって思ってみてたけど、でも、そこまでの友人がいる女性って実際にはほとんどいないんじゃないのかなぁ。

ま、こんな長々と書くほどの映画ではなかったなぁ、ほんと。

おしまい。



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南極料理人

なんか不思議と面白かったなぁ。

-70度とか、まぁ、そこでの生活を見ているだけで、「へぇ」って好奇心が満たされるから、という部分も大きいとは思うんだけど。

肉体的にも精神的にもけっこうツライ仕事をしていて、人によっては全く希望していなくてココに来ていたり、家族や恋人との関係とか、いろいろ考えるとそうとうツライ状態なんだけど、とはいえ、そこでの日常は、同じ境遇の者どうし、ワイワイガヤガヤ、酒を飲み、歌を歌い、踊り、ふざけ、そこでの日常はけっこう楽しい、ずいぶん楽しい、という感じが、なるほどそうだろうなぁ、わかるわかる、と。

やっぱり、周りにいる人全員が同じ境遇ってのが大きいんだよなぁ。
ココでの仕事を希望して来ているか、突然辞令があって行きたくないと思いながら来ているか、その違いは大きいけど、でも、ココでの生活の辛さのほとんどは、とんでもないマイナス気温、退屈な日常、そしてどこにも逃げることができないこと。
そういう意味では、やっぱり、同じ大変な境遇を共有する仲間、戦友っていう感覚だろう。
その中での、キャッキャ、キャッキャとふざけ騒ぐ感じ、あの感じがいいんだよなぁ。

これは極端な「単身赴任」なわけだけど、これはやっぱ、日本の企業で働く多くの人が普通に体験している大変さと、大変さの中にありながらも日常はけっこうワイワイと楽しい、そういう感じと同じだと思う。
南極にいる一年間ずっとふてくされていてもしょうがないし、周りのみんなも同じ境遇なんだし、そこでの仲間との日常はそこそこ楽しく、でも置いてきた家族のこと、恋人のこと、色々考えちゃったりもする。この感じ。

あの、ぐちゃーっとした唐揚げを食べて泣くシーン、あれ最高でしたね。
あとラーメンか。食べるきたろうさんの顔の演技、ほんとうに心からおいしそうで嬉しそう。
そして、KDDの女性。

いい映画でした。




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パレード

妻と子供がめずらしく早く寝たので、久しぶりにスクリーンをおろしホームシアターで鑑賞。
このスクリーン、使うの1ヶ月以上ぶりだな。
もっと活用したいけど、そのためには、昼間でも見られる暗黒リビングルームを実現しないとなぁ。

この映画。
うーん、なんかねぇ、面白いのかなぁ、これ?

テーマとしては、その関係の中でだけ見せている顔、うわべの顔、仮面、本当の自分を見せない関係、…みたいなことだと思うんだけど。
でも、そんなの当たり前のことだからなぁ。
「自分」なんてものは、外部との関係性の中でだけ存在するもので、生まれたときからずーっと全く同じ小さなコミュニティーの中でだけ生きてきたような人でなければ、どんな人だって、家族の中での自分と、学生の時の友達の中での自分と、会社の中での自分と、やっぱり人に見せている「自分」は異なっているはずで。
そうじゃない人っているのか?
いないでしょう。
相手がいて、その相手との関係の中で「自分」が形づくられる。
あたりまえのことじゃないのかなぁ。

この映画は、ルームシェアっていう、血のつながりも、婚姻関係もなにもない他人との共同生活という、一見変わった関係の中でそういうことを描いているから、なにか新しいテーマを描いているような気がしてしまうだけど、別に当たり前の、昔から何度も何度も何度も描かれてきた「本当の自分を見せられない関係」を描いているにすぎない。

でもそんなの当たり前だからさぁ。。。
そもそも「本当の自分」ってなんだよ。

自分にとってあまり意味のないことで、相手が自分に見せていない部分について、わざわざ深く追求したり積極的に見ようとしたりしない、っていうのも当たり前のことなんじゃない。
そもそも相手が許容できないような問題を、相手との関係性を無視して相手にさらけ出して、相手に問題を共有させるなんて、それは大人のやることじゃない。
つまり、そんなのは、社会性を獲得できていないガキのやることで。

本当の自分を見せてつきあうことができていない、なんてことに悩んだり、それをテーマに映画を作ってみようとしたりするなんて、なんてガキなんだろうと、思っちゃったなぁ。

で、わざわざセリフで、ネットの掲示板とかチャットと例えていたけど、2ちゃんねるとかが果たした役割は(今の2ちゃんねるはちがうかもしれないけど、少なくとも当初は)、そういう現実社会の中で生きている人達が唯一あまり相手との関係性を考慮せずに発言できる場所、という機能だったんじゃないのかなぁ。
だから、この、ごく当たり前の小さな社会の1つでしかないこの部屋の中の人間関係を、ネットの掲示板に例えるのは見当違いも甚だしいと思うのだけど。

殺人っていうのは極端なメタファーで、本当はハゲててカツラをつけてるとか、シークレットシューズを履いてるとか、本当はまだ童貞だとか、実は3ヶ月も前から会社に行ってないとか、なんでもいいんだけど、周りもうすうす感づいているけど知らないふりをして付き合い続けているなんてことはどこの社会にでも、それが2人とか3人ぐらいの小さな社会であっても、当たり前にあることだし。

自他ともに認める親友なのに本音を隠してる、とか、3年つきあって結婚を決めた相手にずっと隠している本当は伝えたいことがある、とか、そういうことならずっとリアルで切実は問題として共感できたと思うんだよなぁ。
こんな他人どうしの単なる共同生活が、ある程度はうわべだけの付き合いになるのは、当たり前でしょう。


うーん、という感じで、なんだかなぁ…、と思った映画でした。
見ている間はそれなりに面白かったけど、最後まで見て「けっきょく、それだけかよ」という感じ。

あ、音楽が朝本浩文で、これは良かったです。








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ユーロトリップ

なんてことない、ちょっとエッチな青春ロードムービーって感じ。

こういう旅をしていく映画って、行く先々でそれぞれの土地の色んな人にあって、いろんな目にあって、一緒に旅しているような気分で見ているだけでなんか楽しいわけですが。
だから、映画としてどうかというと、はっきり言えばあまり出来の良い映画とは言えないんだけど、見ている間はそれなりに楽しいという、まぁ、そういう映画ですね。

旅の途中でメンバーが少しずつ成長していったり、メンバー間の関係が色々変わっていくというのもこの手の映画ではよくあることなんだけど、この映画はその点が少し弱いかなぁ。
あのカメラの彼が、まぁ一番成長したんだろうけど。

アメリカ人って、自分たちの母国語でだいたいOKなんだから、ほんとこいつらは世界中を旅するのがらくちんだよなぁと、やっぱりあらためて思いますね、こういう映画を見ると。

マット・デイモンが驚くべき姿で、驚くべきチョイ役で出てきます。
チョイ役と言っても、かなり印象的な役で。
あれ?マット・デイモン?と思ったけど、まさかこんな主人公でさえ無名の若者という映画に出てるわけないか?と思ったり、でもやっぱりマット・デイモンだよなぁ??と思ったりで、最後のエンドロールで名前を確認して、やっぱりそうだ!!と。

どういう関係で出たんだろう?
友情出演? かなぁ??? 監督か誰かが仲良しなのか?
ま、なかなかの演じっぷりです。


おしまい。









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ハッピーフライト

けっこう面白いよ、っていう話を色々な人から聞いていた。
が、いつのまにか忘れていた。
こないだ「南極料理人」をレンタル屋で探していてこの「ハッピーフライト」を見つける。
あ、見てなかったな。
ということで、借りてみた。

うん、たしかに面白い。
航空業界を社会科見学のように見せてもらえるので、知的好奇心が満たされるし。
それでいてテンポがすごくいいので、無駄なものを見せられている気がしない。
専門用語や業界用語の説明が入らないのも良い。
ああいう仕事をする人がいて、で、「バードさん」って呼ぶんだぁ、へぇ、みたいな。
CAどうしの会話とか、パイロットどうしの会話とか、聞いてもわからない専門用語が飛び交うんだけど、でも「なんかプロどうしの会話だな」って感じで、これで十分。

それぞれの職場で微妙に服装・しゃべり方などのカジュアルさが違うっていうのも、きっとあれはリアルなんだろうなぁ。

いわゆる管制官という人達とは別に、天気から何から世界中の飛行機の状況を把握して指示を出す部署があるっていうのも「へぇ、そうなんだぁ」って思った。
で、後者のほうはわかりづらいから、岸辺一徳さんが小学生に説明するというカタチで観客にも教えてくれる。上手。

その業界だけの「あるあるネタ」をちりばめるっていうのも、常套手段かもしれないけど、面白かったなぁ。
あの、お菓子の飛行機を地図の上に置いてから、飛行機を思わずみんなで正しい位置に配置していくくだり、あれ楽しい。
でもこの監督がうまいのは、テンポがいいから「楽しいのはわかるけど、映画全体のストーリーと関係ないことをダラダラ見せてるんじゃねーよ」という気持ちにならないで見ていられること。
あのシーン、きっと1分も無いんじゃないかなぁ。30秒~40秒ぐらい?
パ、パ、パッっと進んでいくから楽しい。

新人CAの綾瀬はるか、新人パイロットの田辺誠一の成長ストーリーと、ふだんはダメおやじの岸部一徳がいざとなると実力を発揮するというストーリー。
それぞれ、薄くあっさりと描いているだけだけど、定番の「良い話」がちりばめられているので、ただの社会化見学ドキュメンタリー風ビデオではなく、やっぱり「映画」として見られるものに仕上がっていると思う。

ただ、ハワイ行きの飛行機が途中まで行ってから引き返したら、本当は、ほぼ全ての客は「うんざり」だよね。
俺があの客の一人だったら「無事着陸してバンザイ!」じゃなく、「ざっけんなよなぁ」と思っていると思いますね。

ま、しょうがないのはわかるけど。

とにかく、見ているあいだ楽しかった。
社会科見学としての楽しさ60点、映画としての楽しさ40点。合わせれば100点。
そんな映画でした。


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時をかける少女

仲里依紗。実写。

あの決定的に面白かったアニメ版のあとに、なぜわざわざ同じ仲里依紗で実写版なのか?
どういうことなのか?

というとまどいもありながらも、そこそこ面白いという評判。
タマフルでもこないだ(だいぶ前か?)やってたし。
やっぱ見とくべきだろう。

で、見た。

うーん。

うーん。。。

これは「時をかける少女」なのだろうか?

現代の女子高生が過去に行く。
それだけ。
いや、それだけどころか、行った後の行動は、とても現代の子が1970年代初頭に行ったときの行動とは思えない。
つまり、これって、ほとんどタイムトラベルなんて関係ない、1970年代初頭を舞台にした青春恋愛映画、つまりそれだけなのだ。

だから、「時をかける少女」と思わずに見れば、映画青年とたまたま行動をともにすることになった女子高生との淡いラブストーリーってことで、仲里依紗の好演、そして、中尾明慶さんの完全に70年代のシャイな大学生になりきった演技とで、それはそれで良い映画…でした。

けど、これは「時をかける少女」なのだ。
だから、やっぱり、どうしても、これではダメなんじゃないかなぁ。

むりやり話題性のためにだけ「時をかける少女」というタイトルと設定を借りただけで、制作者たちが作りたかったのはきっと「俺達が学生だったころの、あの頃の、今の若者達の恋愛とはちがう、なんともいえないあの頃のあのいい感じの青春、恋愛、うん、あのころの俺達をフィルムに残したいよなぁ。」っていう、そういう映画。でしかない。

1970年代に映画青年だった人達が作ったマスターベーション映画。

仲里依紗は良い。
中尾明慶も良い。

だから、マスターベーション映画でもなんでもいいから、もう少し「時をかける少女」というクラッシックに対してちゃんと思い入れがある人が制作に関わって「時かけなんだから、絶対にこの要素は入れましょうよ!」と頑張っていれば、ひょっとしたら平成の新たな時かけクラシックが生まれていたかもしれないのにね。

ま、しょうがないのかなぁ。

ただ、言えるのは、なんかこの頃の学生って楽しそうだなぁ、ってこと。
学生運動とかもそうだけど、自分達が世界を変えられるって本気で思えた時代の学生ってうらやましいなぁ。
たとえそれが単なる思い込みであっても。

GoogleだってFacebookだって、そう、Webそのものも、学生が作ったわけだから、時代のせいにするのも良くないけどね。
いや、アメリカの学生は今でも「俺が世界を変えてみせる」って思ってるんじゃないかな。
それに比べると、日本の学生で自分が世界を変えられるって思ってる人がどれだけいるだろうか。
たくさん金を稼ぐとか、そういうことじゃなくて、世界中の人の生活スタイルを俺が変えてみせるぜ!ってて本気で思っている日本の学生がどれだけいるのだろう。

今の日本に夢がないのは、きっとそういうところだよなぁ。
ホリエモンを葬ったのは、(彼が世界を変えられたとは思えないけど)日本という国にとっては、大きなマイナスだったんじゃないかなぁ。
ソニーとかトヨタみたいな大企業が世界を変える時代はとっくに終わってるんだから。

アップルも、全部自分達で囲い込んで商売をする今のスタイルは、すでに「カッコ悪い」感じがしはじめてると思うんだよなぁ。
ソニーがカッコいい企業からカッコ悪い企業にイメージが変わってしまったように。
なんかすでにアップルにも「時代遅れ」の「カッコ悪い」においがし始めていると、僕は思う。

時代は全てオープン。
オープンでフリーな世界の中でどう商売するのか、それがカギでしょう。
OSもソフトも全てフリー。

あ、俺は何を書いているんだ。。。。

「時かけ」の話でしたね。。。。

ははは。

酔っ払ってるので、失礼しましたー。






















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ナショナル・セキュリティ

マーティン・ローレンス。

なにも2本連続でマーティン・ローレンス主演の映画を観なくてもいいようには思うけど。

こっちの映画のほうがマーティン・ローレンスが若い。
顔も体もシャープ。

それに、こっちのほうが、マーティン・ローレンスの芸達者ぶりが発揮されている。

あの「こいつを明日にでも刑務所に戻してもいいんですよ」って警察官に言われたあとの、嘘ばっかりの半泣きの演技の芝居、あれ最高。
あの、プシュプシュ空気を頭に入れるって話、もしあれがアドリブだったらやっぱりこいつは天才だって思っちゃうなぁ。

いがみあっていた2人が同じ車に乗って犯人を追っかけていくうちに意気投合していくバディームービー、ありきたりだけど、これまた王道てっぱんストーリーなのでやっぱり本当に面白い。

教習車を奪って…、っていうのもいいアイデアだなぁ。
両方のハンドルが効くからこそ。

相棒になる白人の人がいまいちカッコ良くも面白くもないのがこの映画がイマイチなところ。

まぁ、それはしょうがないか。

十分おもしろかった。

やっぱりアメリカのエンターテイメント業界でのし上がっていく人は本当に芸達者だなぁとあらためて思いました。

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リバウンド

マーティン・ローレンス。

もうこの人が主役ってだけで、楽しいコメディってのがわかっちゃう。

今回のは、バスケットのカレッジリーグで活躍していた名コーチが、コーチの資格を剥奪されて、しかたなく出身中学のオンボロなバスケ部のコーチをやるっていう、ありがちストーリー。

ありがちだからダメなのか、っていうと、全然そんなことはないのですよ。

当然の展開として、オンボロバスケチームがどんどん成長していくのと同時に、コーチ本人も成長するっていう、それこそありがちなストーリーなのだけど、やっぱりこれがいい。
王道。
てっぱん。
まちがいない。

やっぱり楽しいし面白いし、見終わって気持ちがいい。

疲れている時に、通勤の電車の中で見るのはこんな映画がやっぱりいいな。
こんな映画を見て、「ふふふ」とか「はっはっは」とか笑って、それで最後はちょっといい気持ちになって、元気になる。

ありがちなストーリーだし、うまく行き過ぎだけど、でもこういう映画が大好きだな。

あー、楽しかった。
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ヌードの夜 愛は惜しみなく奪う

佐藤寛子。

グラビアとか全然見ない生活をしているのでこの人のことは全然知らなかったけど、タマフルでの評を聞き、リアルに生徒会長という正真正銘の清純派グラビアアイドルってことを頭に入れて見た。

とにかくやっぱり佐藤寛子の体がすごいということは、それはやっぱり言っとかなければなるまい。
男子としては、やっぱり。
映画館には男しかいなかったですよ。

体当たりの演技って言葉が、すごく簡単に使われるけど、これはやはり、この映画における佐藤寛子こそ、まさに「体当たりの演技」なんだろうなぁ。
今まで清純派のグラビアアイドルとして、おそらく半分クラブ活動ぐらいの感じで芸能活動をしていた女性が、突然この映画の現場に放り出され、そしてこんな役をやらされるのだから。
おびえた表情とか、どこまでが演技でどこまでが本当におびえているのか、そんな風に見てしまう。

そういう意味で、この佐藤寛子っていう女優さんのこういう表情を見られる最後の映画、一生に一度だけの表情がフィルムに納められた、そういう映画であるにちがいない。


映画としてどうなのか。

どぎつい裸・体・おっぱい・ヘア、そういうので目を奪われ、グロい展開にドキドキさせられ、すごく悲惨な悲しくつらい人生を見せ付けられ、とってもいやらしい気分と気持ち悪いいやーな気分、その両方が混ざり合った異常な精神状態にさせられながら見せられるので、冷静に映画を見ている感じではなくなる。

要するに、マンガなんだよなぁ。
そう思う。
リアリティーはあるのか。おそらくない。
どぎつい映像と裸を除いたら見ていられるだけのクオリティーなのか。おそらく足りていないと思う。

ただ、映画ってお話を伝えるだけではない。
お話を伝えるだけならば脚本を読めば良いのだ。

やはりこのどぎつくグロくエロい映像を真っ暗な映画館の中でなんかすごくどきどきした気分で見た、この体験は、映像作品ならでは。

だから、佐藤寛子の裸も含めて、見て損のない映画、ってことに、やっぱりなっちゃうんだろうなぁ。





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ボム・ザ・システム

なぜこの映画をディスカスで予約リストに入れたのか全然おぼえていない。

ディスカスを利用しているとよくあることなのだが、予約リストに入れたときはけっこう思い入れもあったりして入れているのだけど、3ヶ月もしてから実際に送られてくると全部忘れていて「なんだ?この映画は???」という状態になる。
けど、1枚約300円ぐらい(だっけ?)支払っているはずなので、もったいないから見る。
けど、なかなか積極的な気持ちでは見ることができない。
そもそも、どういう系統の映画かも見てみないとわからなかったりするし。
(ディスカスは、ディスクだけが送られてくるので、手がかりもないのだ。)

重い腰をあげて見てみた。

NYのグラフィティーアートを描く青年のお話だったか。なるほどね。

ちょっとやりすぎな映像効果も、まぁ、題材がこういうのだったら合ってるかもね。
こいつら、大学進学を迷ってたりしてるんだから、18歳とかそれぐらいの年齢だよなぁ。
一応理由が語られてるけど、NYの街なかのあんなきれいなアパートに一人で優雅に暮らしてるのはどうだろうねぇ。
要するに、街中と、あと誰か知り合いに借りた(か、もしくは金を払って借りた)あのアパートの部屋、あとクラブ、それぐらいしか撮影に使えなかったってことかな。
この映画、予算小さそうだしなぁ。
ストリートが基本的に舞台の大半だから、そこいらで撮影すれば済んじゃうもんなぁ。


と、全然映画の中身について語っていないなぁ、俺。

映画としては、どうだっただろう。
こいつはいる、現実にいる、そういう感じはあった。
ドキュメンタリーっぽく感じたというか。
そういう意味では、完全に「成功」だろうなぁ、この映画。
こいつが生きてて、ああいう生活をしながら悩んでて、というのを現実として感じながら見ていた。

ただ、もう、こいつらを「親目線」で見てしまってもいた。
あとほんの10年も経つと、俺が知らないところで、子供達がこれぐらいの危ないことをしでかすのかな、と。

ま、自分の過去を振り返っても、親目線で見たらかなりヤバイことをしていたんだから、なにも言えないか。


ドキドキするなぁ。ほんと。




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MUGABE AND THE WHITE AFRICAN

松嶋×町山 未公開映画を観るTV っていう東京MXの番組を毎回録画するようにHDDレコーダーに予約設定しておいてる。
で、なんだかんだで全然見てなかったんだけど、こないだ見始めたら最後まで(つまり番組2回分)見てしまったのがこの「MUGABE AND THE WHITE AFRICAN」、ジンバブエが舞台のドキュメンタリー映画だ。

ジンバブエ。
レゲエ好きにとっては、というか、ボブ・マーリー好きにとってはいろいろ考えてしまう映画だ、これは。
ボブ・マーリーはずばり「ジンバブエ」って曲を歌っていて、そして1980年4月17日に独立式典に国賓として招かれそこで演奏もしている。
この映画の説明をする町山さんの話の中にもなんども出てくるローデシアっていう白人が統治していたかつての南アフリカみたいな国から、1980年にやっと黒人にも投票権が与えられて選挙でZANU-PF (Zimbabwe African National Union Patriotic Front)が勝利する。
そして1980年4月17日の独立式典なのだ。
ZANU-PFってのが、この映画で描かれているムガベの政党。
アフリカの土地に黒人自らがちゃんと統治する国が生まれる、まさにボブ・マーリーが理想として歌ったそのままのカタチで生まれた国ジンバブエ、…だったはずだ。

単なるボブ・マーリー好きの僕はここまでしか知らなかった。
白人だけが富を持ち黒人から搾取しまくって成立していたひどい国ローデシアから、ちゃんと黒人にも等しく権利が認められた国ジンバブエへ、めでたしめでたし、というのが僕が知っていた話。
町山さんも言っているが、ここまでの時点ではムガベってのは国際的にも良い人って評価されていたわけだ。

その後にこんなことになってるなんてねぇ。。。

いや、すげえインフレで1兆ジンバブエドル札(だっけ?)が発行されたとか、そういう話は知ってたけども。

この状態はいつまで続くのだろうか。
国連は何かできないのだろうか。
いつも「正義」をふりかざして他国に干渉するどこかの国はこの国に対しては何もアクションを起こさないのだろうか。
なにもできない理由が「中国」だなんて。

チベットもそうだけど、世界中が中国に依存している状態だと、中国のおこなう人権を無視した行動をもはや誰も止められないじゃないか。
そんな日本も経済的にはもう中国なしではどうしようもない状態だしなぁ。

ああ、どうなるんだろう、ジンバブエ。

僕たちにできることはないのだろうか。









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恋のからさわぎ

ヒース・レジャー主演。
原題の「10 Things I Hate About You」ってほうがずっといいのにね。

これはなかなか楽しかった。
本当にありがちな青春恋愛コメディなんだけど、よくできてる。
これって奇跡的によくできているような気がする。
金をもらったから女の子をくどくんだけど途中から本気で好きになっちゃうっていう、それこそありがちの中のありがちなストーリーなのに説得力があって素直に楽しめるのは、この2人の演技とそして演出が絶妙にうまいからだろう。
ヒース・レジャー演じるパトリックが、キャットに惚れてしまう様子が、すごく自然に描かれているから。
きっと二人のうちのどちらかの演技が下手でも、演出が下手でも、こんなに自然に見られない。
自然な上にすごく楽しい。

あの歌も楽しいし。

タマフルのアコガレのコーナーで語られていた、互いにペンキの入ったボールを投げあう遊び場を映画の中ではじめて見た!
これか!

その後のヒース・レジャーのことを知っていて見ているので、単純には楽しめないところはあるのだけど、この映画が素敵な青春映画だということは全く変わらないでしょう。

しかし、たしかに、ジュリア・スタイルズって女優さんがきれいだっていう感覚は、日本人の僕には理解できないところがあるなぁ。
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