つばさ

平和な日々が楽しい

夜空を彩る花火も安全があってこそ。

2013年08月17日 | Weblog
夕歩道

2013年8月17日


 夏の風物詩の花火。中国で発明され、のろしとして使われた黒色火薬が、その起源とされる。観賞用の花火は十四世紀にイタリアで広まり、王の権力誇示のため、イベントなどで打ち上げられた。
 火薬は種子島に伝わり、イギリス国王の使者が徳川家康に花火を見せたという記録も。発祥の中国では、花火は「煙火」。花火工場の事故が後をたたず、強制的に働かされる子どもたちも犠牲に。
 日本でも昔は工場の事故が相次いだ。明石の花火では、群衆が歩道橋でなだれをおこす惨事も。京都の見物客も屋台が爆発するとは夢にも思わなかったろう。夜空を彩る花火も安全があってこそ。

いささかアブノーマルな連中と思われがちです

2013年08月17日 | Weblog
春秋
8/17付

 半世紀前、東京・西新宿の台湾料理店で日本SF作家クラブの設立発起人会が開かれた。集まったのは11人の男たち。星新一、光瀬龍、小松左京、半村良……。今から振り返ると実に豪華な顔触れだが、当時は中堅・若手といったところ。長老格の星で30代半ばだった。

▼「SFをやっている者は、世間からは、変わったものをやっている、いささかアブノーマルな連中と思われがちです」。作家クラブ設立の仕掛け人だった福島正実は席上、こう語ったという。SFに対する無理解や偏見は随分強かったらしい。そんな逆風に立ち向かい、いわば未踏の地を切り開いたパイオニアたちだった。

▼彼らは多感な年ごろで敗戦を迎えた世代でもあった。だからだろう、日本に対する複雑なまなざしを感じさせる作品が少なくない。たとえばクラブの初代事務局長をつとめた半村の長編「産霊山(むすびのやま)秘録」。日本史を読み替える伝奇SFだが、東京大空襲の惨禍と戦後社会の混乱を描いた章は読み進むにつれて苦い思いが募る。

▼最後は物語を断ち切るように現実にあったことを「記録」して幕を閉じる。東京大空襲を指揮した米国の軍人、カーチス・ルメイが戦後、航空自衛隊に協力したとして日本政府から勲章をおくられた記録と、大空襲の被害の記録と。半世紀の間に、SFは日本に根を広げた。パイオニアたちのまなざしは今、どうだろうか。