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その8[君看双眼色・・] “親鸞”五木寛之さんNHK「ゆうどき」に出演

2014-11-28 23:23:51 | 五木寛之さんと親鸞他
「古い言葉で、“きみ看よ、双眼(そうがん)の色、語らざれば憂(うれ)い無きに似たり”、という言葉があって、僕は好きなんですよ。」
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番組キャスター 「お話を伺っていて「親鸞」を読んだ時のことを思い出したんですけれども「親鸞」をお書きになったことと・・・」

五木寛之 「非常によく分かるんです。自分の存在というものは一応、外に見せる部分ではそれなりに体裁よく生きているけれども、実は、悪にまみれた何とも言えないひどい人間だということが分かっているんですよ。

そういう人間は許されないだろうというふうに心の底で思いつつ青春時代を過ごしていますから本当に青春をおう歌する瞬間はなかったですね。

ずっと、どこかに自分は許されない悪人だと思い込んでいるからそこに“悪人もちゃんと救われるんだ”ということを言われると“ええ!”というそういうショックですよね。」

番組キャスター 「下重さんが、五木寛之さんに、何かこの人は何かあるな、陰があるとおっしゃったことと「親鸞」を読んでいると、親鸞の目の奥には暗さがある、とか、何か、あれ!これって、五木寛之さんと何かつながるものがあるのかな?と、ちらっと思ったんですけれども。」

五木寛之 「日本全国、各地に、そういう人達が、ものすごく実はたくさんいて、皆、やっぱり・・・古い言葉で、“きみ看よ、双眼(そうがん)の色、語らざれば憂(うれ)い無きに似たり”、という言葉があって、僕は好きなんですよ。

“語らざれば、憂(うれ)い無きに似たり” 何もその事をつらかったとか、大変だったと言わずに、いつも静かにニコニコと笑っていらっしゃる。

だから、何の憂いもなさそうに見えますね、という話なんですね。
そういう人が実は、日本全国に沢山、あって、それぞれが家族にも子どもにも親にも言えないことを胸に抱えて生きているんだと思いますね。」

(続く)
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>“悪人もちゃんと救われるんだ”

親鸞の「悪人正機説」のことです

語りたくない、語れない
おそらくは、本当に辛い体験は言葉に表すことによって、
尚辛い思いをする、
又、他の人に話すことへのためらいは、その体験の重さによって尚
口をつぐみたくなるということなのだと思いますが
五木さんは、結局本当の事は何も語らないままなのだと思います

ただ、その片隅のような言葉を発してくれたおかげで
五木さんの苦悩の一端を知ることができたのだと
「語らざれば、憂い無きに似たり」
五木さんそのものに思えました
続く



イルミネーションです 
私には、木がさぞかし迷惑をしているだろうとしか思えないのですが・・
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