はりぼてタイガース

　ピッチャーズプレートからホームベースまでの距離は18.44ｍ。時速144kmのストレートだと計算上は0.46秒で到達することになる。ほんの瞬きの間である。その球をあそこに投げられたら、打者はひとたまりも無い。アニキの驚異の動体視力と反射神経があったからこそ、大事に至らなかった。投げたほうはブラッシュボールのつもりでも、あそこへ行けばビーンボールと呼ばざるを得ない。十分なコントロールを持ち合わせていない投手が、ブラッシュボールを投げるなんざ「業務上過失傷害」（今回は未遂）に値する。並みの選手なら、あそこで頭に死球（あた）っているか、マウンドに突進（あた）っていることだろう。その怒りをぐっと飲み込んだアニキは、やっぱり“男”でした。打ち取られたあと、めずらしく感情をあらわにしたのは、自己凝集した怒りを、バットで弾き返せなかった自分に対する発露でしょう。気がつけば、見ている私の掌まで汗がにじんでいた。そして同じ悔しさを共有していた。

　12日のドラゴンズとの直接対決までは、ひとつも負けられないし、負けない予感みたいなものが私にはあった。甲子園を埋めたファンにも、そんな空気が充満していたことだろう。甲子園はそんな空気を作り出すことのできる、世にもまれな装置ともいえる。でも、冷静に考えてみれば、すこし「思い上がり」が過ぎたのかもしれない。「全部勝つ！」という言霊に後押しされ、驚異の粘りを見せてくれたが、昨日の試合では、あちらこちらに「はりぼての虎」が見え隠れしていた。連勝中は、なぜか見えなくなるんだけれど。

　そんな浮かれたタイガースに、ジャイアンツの選手は、ひるむことなく正面突破をはかってきた。対戦成績を五分に持ち込むことに全力を傾けてきた。勝ちに対するこだわりは、むしろうちを上回っていたのかもしれない。改めて言うまでもないが、セリーグの試合は、ドラゴンズとタイガースのためだけにあるのではない。そのことを自覚せぬままシーズンを終えてしまわなくて、むしろ良かったのかもしれない。

　「はりぼてタイガース」が、９月には伝説的な勝率をあげた。
　そのことが、むしろ来シーズンへの期待をふくらませてくれる。
　ドラゴンズに見せた抵抗も、来シーズンにつながってくれる。
　そう。シーズンってのは、ずっとつながっているんですよ。