生き生き人生.

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古城(山城)を行く 柴尾城

2017-11-04 16:05:30 | 歴史

 

城主   :越智通冨

築城者 :不明

築城年 :不明

標高   :419m

形態   :山城

 

城は猪木地区に有る河野神社の南背後の山にある。北に伸びた尾根の先端は

削平地があるように書かれているが、現在は見えず平坦ではない。

城の状態に関しては全壊とあるが理由はわからない。堀切と思われるもの1ヶ所

石積みのところが2ヶ所確認。

二将の墳墓:柴尾城主越智河内守(かわうちのかみ)道富。高手山城主越智甲斐守

(おちかいのかみ)通誘を葬る他。二将は親王を奉じ足利義正の兵と各所に転戦して

最後は高穴(たこな)城に拠って防戦すること月夜遂にたおる。

所在地 愛媛県松山市猪木(北条)

松山市平田町からR196号線大谷トンネル~栗井坂トンネルを過ぎて北条に入る。

しばらく走ると右に文化の森が見えてきます。そこから数百m進むと信号を右に

R17号線に入り、道なりに走ります。しばらく数キロ走ると北条カントリー(ゴルフ場)

入り口を右に見て約1kmはしると才の原標識が見え、民家のところに赤い回転灯が

見えます。そこを右に登ります。

到着です。

今日は晴天で遠望が良く見えます。

今日は、柴尾城と勝根山城を攻略いたしました。

 

 

 


古城(山城)を行く 勝根山城

2017-11-04 12:57:43 | 歴史

 

城主   :杉宣親

築城者 :不明

築城年 :不明

標高   :395m

形態   :山城

 

城は猪木地区の北東背後の山頂、道がないので山を尾根に向かって登って行き城郭

らしい所に到着した。どうも城跡の雰囲気がしない。自然の山にしか見えず削平

されてるような地形も見当たらない、近くの柴尾城が(全壊)とあり、柴尾城も

城郭の雰囲気が残ってないことから勝根山城も破壊されたのかもしれない。

所在地 愛媛県松山市猪木(旧北条)

松山市平田町196号線から大谷トンネル~栗井坂トンネルを過ぎると北条にはいります。

 しばらく道なりに走り右側に文化の森が見えてきます。そこから数百m先に信号があります。

 その信号を右へ17号線(北条~玉川線)はいります。そして道なりにはしりますと、右側に、民家

 に取り付けてある赤い回転灯のところを右に登ります。

勝根山山城はまっすぐ進みます。

ここから歩いて登ります。車はここに駐車です。

ここが本丸と思われる.遺構は確認できませんでした。

入り口が少しわかりずらいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


古城(山城)を行く 森山城

2017-11-04 09:07:30 | 歴史

城主   :富永直安

別名   :沖のもり城

築城者 :不明

築城年 :不明

標高   :35m(比高20m)

形態   :丘城

 

肱川とその支流である八河川が合流する地点の東に低い丘にある。

現在は神社の境内なっており周囲は水田であるが地元の人が言うには

もともとは肱川の氾濫による湿地帯であった。道路から田んぼのあぜ道を

通って行く。頂上は西側が一段高く、櫓台状になり、その上に社が祀られておる

曲輪が2ヶ所ある。道路を挟んで反対側ん民家の庭に墓石がある。

その人の話では、もともと違う場所に転がっていたのを、先祖のひとが、ここに

持ち帰り、この庭に立て、今も管理してるとのこと、どうも、戦いで討死した兵の墓らしい。

 

所在地 愛媛県大洲市森山

内子ICを下りて、左に曲がり、その先を斜め左に進み次の信号を左に走る。

内子五十崎に入り、内子役場に到着

  

  

       

その先を右(橋を)渡り、信号を左に行き179号線を行きます。     

 

 

道なりにしばらく走ると、道の駅(清流の里ひじかわ)が見えてきます。

更に走ると前方に信号と橋が見えてきます、そこを左にとり橋を渡ります。

橋を渡り終わったら、すぐ先を右に走ります。

更に進むと大洲市大川公民館の前、小学校前を通るとまもなく右側に小高い

森が見えてきます。

民家の庭にある討死した兵の墓と思われる。

裏の肱川には、水がきれいですので、鮎、ハヤ、小魚、また野鳥もいるそうです。

昨年と、今回2回行きました。