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Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

35年後の景色

2016-01-16 23:29:55 | つぶやき

 

 

 暖冬なんていうには比にならないほど雪の降らない年だ。週明けの天気予報に珍しく「雪」が見えて、少しばかり冬を満喫できるのかどうか。

 この週末に向かった野沢温泉は、かつて飯山に暮らした時代には何度も訪れた地だった。忘年会といえば野沢か湯田中、湯田中を選択しても新年会は野沢だった。もちろん当時は宿泊忘年会。何度も訪れていた地なのに、当時のわたしと今のわたしは違った人間のよう。こんなところにこんなものあったんだろうか、そう思うことしきり。かつてのわたしの観察眼と今の観察眼は別人のように違う。あのころ今のわたしの疑問意識があったら、もっとたくさんの蓄積があっただろうに、そう思う。今の時代は記憶を記憶として取り込まなくても、たくさんのデータを記憶外のところに蓄積することができる。「いい時代になった」、そうつくづく思う。その最たるアイテムがデジカメだろうか。現像を介さなくても容易に写真として確認でき、それも懐を探らなくてもいくらでもシャッターを切ることができる。それでもかつてのカメラの意識が身体に身にしみているから、これでもかというくらいにシャッターを切ることには慣れていない。昨日の野沢の道祖神祭りの際にも、横に割り込んできた比較的年配の女性は、わたしがシャッターを一度切る間に、5回、いや多い時は10回くらいシャッターを切る。恐ろしいほどのシャッター音に、唖然とするほどだった。わたしより年配でも、かつての体感をきっと持ち合わせていないのだろう、そう思った。

 さて、野沢温泉に向かう途中に、飯山市内で1枚だけシャッターを切った。それが1枚目。市街を通るかつての国道117号のひとつ西側の裏通りだ。道の真ん中に消雪パイプが見えるが、おそらく今年はほとんど使っていないだろう。日陰にわずかながら雪が残っているが、ほぼ雪は無し。この時期に積雪ゼロなどということがかつてあったんだろうか。見て分かる通り、右手に「みはる寿司」という看板が見える。わたしの記憶ではここでかつてもシャッターを切った覚えがあって、この日記憶通りシャッターを切った。帰宅後かつての写真を紐解いてみたら、2枚目の写真があった。同じように「みはる寿司」の看板が。2枚目の写真はわたしが中版カメラを購入した頃に撮ったものだから、昭和56年か57年の冬のもの。35年くらい前のものだろうか。あの当時と同じ看板なのか2代目なのかは定かではないが、記憶通りの写真が見つかるとは思っていなかった。冬季間はこの通りは毎年こんな感じだったから、当時は消雪パイプが入っていなかったと思う。いちおう店の入口は1階にあったが、2階くらいのところから下って入るようなことが普通にあった。今は消雪パイプが入っているから、35年前のような景色になることはないのだろうが、それにしてもまったく雪の無い景色に驚く。こんな具合だから、もちろん野沢温泉に行く途中の道にも雪はなく、飯山市瑞穂から野沢温泉への坂を上り始めると、ようやく周囲に雪が。とはいえ、野沢温泉も道には雪はなく、普通タイヤでも大丈夫なほど、今年の光景は普通じゃなかった。


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