Cosmos Factory

伊那谷の境界域から見えること、思ったことを遺します

自家で野菜を作っても

2005-09-10 13:36:33 | 農村環境
 母の実家の娘(いとこ)が横浜の方へ嫁いでいる。実家は果樹農家で、水稲も野菜も果樹ほどではないが作っている。娘の所に野菜などを送っても、このごろは喜ばないという。夫婦共働きで、子どもたちもそこそこ大きくなってくると、畑から採ったばかりの生々しい野菜は、面倒で喜ばれないという気持ちもわかる。事実、単身赴任している自分も、なるべく食材は買わないようにと思って、自ら野菜などを多用して簡単な料理を作るが、たとえばたまねぎとか、ジャガイモとか、皮をむかないといけないようなものは、ゴミも出るし、面倒であることは確かである。むしろ家でカットしてもらい、真空パックなんかにして赴任先の冷蔵庫に保管しておくものの方が確かに使いやすいし、手も出る。母の実家でも、娘たちがあまり喜ばないということもあるのだろう、自分たちだけが消費する野菜などわずかだから、それほど野菜を作ることにこだわらなくなったようである。ようは、農家であっても、無理して作らなくても、必要なものがあれば買えばいい、というような考えになっていく。面倒であるというだけでもないようで、母の実家の娘の家では、虫がついていたり、痛んでいるような汚れた野菜は子どもたちが喜ばないという。今では、カットされた食材を買っているという。
 自分の実家をみていてもそうだが、父や母が年老いていてもまだ動ければなんとか野菜を作る。しかし、その世代がいなくなったら、米はともかく(米は手がそれほどかからないし、できない部分は頼むということもできる)、野菜など買ったほうがよいといって、作りそうもない。農村地帯のほとんどが、おそらく10年後、あるいは20年後には、自家に土地があっても、自家用の野菜すら作らなくなるのではないだろうか。
 妻の実家では、妻も含めて一生懸命野菜を作っているので、おそらく自分は年老いるまで、自家の食材で食生活をおくることになるだろうが、農村を見ていて、先が暗い。家が点在しているような田舎のセブンイレブンだというのに、昼最中になると、駐車場が満杯である。とくに土日はそれが目立つ。そうした客は、よそから来た人たちではなく、地元の人たちである。地方で強かった自民党が、今回は都会で強いという。どこかでも書かれていたが、まさしく小泉自民党は、かつての自民党ではなくなった。看板が自民党ならば、かつて自民党を推していた農民は、自民党を推さざるを得ないだろう。しかし、現実的には農民の数は少ない。ということは、ここ数年来で、看板は変わらなかったが、あきらかに世の中の変化に対応して中身をすり替えてきた大自民党なのだろう。田舎で今でも農民の味方と思って推している人たちを見ると、哀れみさえ覚える。もう田舎は消えたのである。
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