日本の心

激動する時代に日本人はいかに対処したのか振りかえる。

大川周明 「満蒙問題の重大性」 (昭和七・六・十五日「月間日本」)

2020-10-11 17:00:57 | 大川周明

二重の難局に対する覚悟

 満蒙問題の徹底的解決とは他なし。満州と日本を有機的に一体ならしむることである。而して其のためには日本国内の生活組織を改造しなければならぬ。
 現実の日本は、台湾・朝鮮をさえも其の生活に組織し得ぬ日本である。したがって満州国を見事に消化するが如きは、現実日本の到底企及し得ざるところである。

 満蒙は、しばしば繰返さるるごとく、之を国防の見地からしても、之を経済の点からしても確実に日本の生命線である。この生命線が脅威された故に吾等が敢然として起こってその脅威の本源たる満州軍閥を掃蕩した。
 満蒙三千万人民衆も多年軍閥の虐政の苦しみを嘗め来れるものなるが故に、この好機に乗じて独立する新国家を建設し、永久に軍閥再興の禍根を立ち去った。
 而して生まれたばかりの新満州国は、其の補導者として日本の提撕を待っている。満蒙をして日本の生命線たる事を挙げしめるためには、最初に立言せる如く、之を日本の生活に組織化しなければならぬ。そのためには軍事同盟及び経済同盟を結んで、日本と満州国とを有機的に一体ならしめねばならない。
 若し之を能くせずば、満蒙は遂に日本の生命線たり得ざるのみならず、実に朝鮮―従って日本の脅威となる。日清、日露の役は、取りも直さず其のために戦われたのである。それ故に日本は万難を排してこの目的を遂げねばならぬ。


 然るに日本は、此の目的を遂げる上に於て、内外二重の障礙に当面している。
即ち、満蒙を日本の生活に体系化するためには、必然現在の経済機構と撞着扞格するが故に、之を依持することによって利益を得つつある階級、取りも直さず財閥と而して政党とが、あらゆる妨害を試みるであらう。

 彼らは唯旧式なる植民政策を墨守し、満蒙に対して植民地的搾取を主張するであらう。かくするこは暫くの間だけ彼等のみには利益を与へるであらう。而も其の利益は永続すべくもなく、やがて彼らと日本とを共に破滅に導くであらう。故に吾等は先ず此の敵と戦ひ、日本の経済機構改造して、内には国民の多数を彼等の搾取より救ひ、外には満蒙の国民的消化を可能ならしめねばならぬ。

 第二の障礙は国外より迫る。それは日本の隆興を喜ばざる列強が、若し日本にして満蒙の勃興きわめて可能なるを信ずるが故に、極力その進出を阻止せんとしつつあるが故である。
 イギリスは、恰も戦前のドイツが新興工業国として台頭せるに対すると同様の警戒と嫌悪とを吾国に対して抱いて居る。日本の発展を妨げるとするイギリスの外交政策は、リットン卿が旅先で機嫌を良くすると悪くするとに関せず、一貫不変である。

 アメリカの対日政策が甚だしく非友好的のものなることは言ふまでもない。而してロシアは、日本の満蒙進出によって、その太平洋政策の根底を覆へされることを恐れ、戦争までに至らざる程度に於て、即ち出先官憲に責任を帯びさせ得る範囲に於て、吾国の満州政策を極力防止するであらう。

 列強は虎視眈々と常に乗ずべき機会を覗って居る。此の内外の国難は、同時に迫りつつあり、また同時に解決せらるべきものである。
 吾等は日本の今日が、真に文字通り「非常時」なることを明確に認識し、これに処するの覚悟を一層堅固ならしめねばならぬ。

         (昭和七・五・十五日「月間日本」)

 

満蒙問題の重大性 

 満蒙問題は今や空前の重大性を帯びてきた。
 外、国際的圧迫が非常の勢いを以て加はらんとするに先立ち、内、満州新国家そのものが動揺不安の状態に陥り、建設の歩みよりも崩壊の歩みが急速に進みつつあるかに思はれる。若し形成がこのままに推移するならば、誰が今度の満州事件がまたもや「シベリア出兵」乃至は「山東出兵」の轍を踏まぬと断言し得やう。

 満州問題の適切なる解決は今や日本を内外の難局より救ふ無二無三の途となって居る。
 従って其の解決の成否は直ちに国家の運命そのものに影響する。
 若し満州を失ふ如きことあらば、吾国はロシア・支那・アメリカ三国に圧迫せられ、列強の限りなき軽侮を満身に浴びつつ、永久に浮かぶ瀬もなき小国として、恰もベルギーがヨーロッパに於て占むるが如き憐れなる地位を、かろうじて極東の一角に保ち得るにすぎぬこととなるであらう。
 それは断じて吾等の忍び得るところではない。


 国民は満州問題の解決が如何に非常の努力を必要とするかを十分に知って居ない。
吾等は日露戦争に於て、実に三十億の国帑を費やし、三十万の生霊を犠牲にして、僅かに満鉄と関東州の租借権とを獲得した。

 然るに今日は、自国に二倍する広大なる満州全土に亘りて、その治安を維持し、その統治に助力し、その資源を開発し、三千万の住民に幸福と安寧を与えつつ、満州新政府と協力して、一個の楽土を実現とするのである。
 それは非常の事業である。これによって得らるべき結果は、日露戦争のそれに数倍する偉大なるものである。以上の確認をとることなくしては、この大業は成就することは考ふべくもない。

 然るに国民は、大業のために、日露戦争にあらゆる努力と犠牲の十分の一をさえ払はうとしない。
 単に之を経費の点だけについて見るも、日露戦争当時の二十億円は、恐らく今日の六十億円乃至八十億円に相当するであらう。
 当時の国富と国民所得を以てしても、君国のための屹度必要であると覚悟すれば、其れ程の無理算段も出来たのだ。それであるのに今日は、満州問題のために費やされた軍事費以外、一億の金さえも出そうとしない。

 嘗て予の談話筆記が某雑誌に発表されたが、そのうちに予が満州開発のためには、三十億円以上の資金を投ぜねばならぬと言へるに対し日本論壇の雄として日頃尊敬して居る若宮卯之助翁さへ、極めて冷笑的なる批評を加へたことがある。其他の人々の見識押して知るべしと言わねばならぬ。


 日本の国富は、内閣統計局の調査で大正十三年末に約一千億円、これは今日と雖も減じて居る筈がない。
 国民所得は大正十四年に約百三十億円と推算されて居り、これは若干の減収ありとするも、尚百億円内外と見て宜しからう。三年間に三十億円を支出するとすれば、国民所得の一割に四か当たらない。
 これをソヴェート・ロシアが国民所得の四割を取立てて五か年計画の遂行に充当しつつあるのに比ぶれば毫も驚くに足らない。

 日露戦争によって得たものより、幾層倍も偉大な結果を収めるのに、その十分の一にも足らぬ努力で目的を達しうるかの如く考えて居ることが、実に満州問題に対する吾国の根本的なる心得違いである。

 左様なことは決して有り得べからざることである。個人と言わず民族と言わず、努力と犠牲の大小に応じて収穫にも大小がある。言ふに足らぬ努力と犠牲を以て、莫大なる結果を掴もうとするが如きは、天人倶に許さぬところである。

 日本は直ちに此の根本的なる心得違いを改め、日露戦争以上の緊張と覚悟を以て、満州問題の解決にあたらねばならぬ。
 この問題の徹底せる解決のみが、能く日本を当面の経済的窮境より脱却せしめ、能く天業を恢弘する基礎を築くことを得せしめる。国民の金鉄の如き決意を要求する所以である。

                            (昭和七・六・十五日「月間日本」)




最新の画像もっと見る