カウベル二転三転

2015年04月03日 | ショートショート


電話がけたたましく鳴った。不安げに高橋氏が警部を見上げる。
逆探知係に目配せをしてから、警部が高橋氏にうなずく。受話器の向こうから誘拐犯のくぐもった声。
「・・・警察には連絡してねえだろうな?」
「もちろんです。桃香は、桃香は無事なんですか?」
「今のところ、な。で、金は用意できたのか?」
「準備中です。なにせ大金なもので」
「そんだけの価値があんだろぉ?早くしろ」
「桃香の、桃香の声を聞かせてくださいっ」
「受け渡しの方法はあとで連絡する。いいか、つまんねえ細工すんじゃねえぞ」
そこでブツリと切れた。
「も、桃香~っ」
受話器を握りしめたまま、愁嘆に暮れる高橋氏。身を寄せる高橋氏の妻。
「ダメです。場所の特定ができません」逆探知係がため息をつく。
愛娘を誘拐された夫妻を、なす術もなく見つめる警部。
その時だ。警部のお腹がギュルルルと鳴った。もしや?これは?・・・
「おい!今の電話、すぐに再生できるか?」
逆探知係は慌てて装置を操作し、再生を始めた。
今し方の誘拐犯と高橋氏との通話音声がスピーカーを通して居間に流れる。
警部のお腹が再び鳴った。
「まちがいない!失敬しますぞ!」
「私も、私も同行させてください!」
居間を飛び出す警部。後を追う高橋氏。パトカーに乗り込むと、サイレンの音もけたたましく、一路向かった先は・・・

焼肉専門店『カウベル』。息せき切って店に入ると、カランコロン、ドアに取り付けられたカウベルが鳴った。
肉がジュージュー焼ける音、そして食欲をそそる香ばしい匂い。警部のお腹がギュルルル。
「警部、どうしてここに?」
「高橋さん、先程の通話に混じって微かに聞こえたのです。肉を焼く音、そしてカウベルの音が」
「ということは、犯人はこの店から電話を?」
「エ?・・・いや、以前この辺りに勤務してて思い出したので無性に食べたくなって・・・ま、食べましょうよ、高橋さん。スミマセーン、店員さ~ん・・・えっとタン塩、カルビとロース二人前ずつ」
「警部!・・・生の大ふたつ」
「いえ、高橋さん。自分、勤務中ですから中で」
そんな調子の両名、しこたま焼肉を堪能、あまりの美味さとビールの勢いで「店長を呼べ!」と怒鳴った。
と、『カウベル』店長が厨房よりダダダと駆け寄り泣き伏した。

「私が誘拐しました。申し訳ございません!!」
警部「エ?店長さんが犯人?」
高橋氏「桃香!桃香は?」
店長が呻くように泣いた。
「お二人があまりにも唐突に店に現れたので証拠を消そうと、厨房で桃香さんを・・・」
そして、今、二人が食べているお肉へと視線を移した。
高橋氏「桃香~!!」
警部「そっか。この展開だと、可愛いい娘の桃香さんって娘のように可愛がっていた仔牛だったんだ。でしょ?高橋さん」
落胆しきった高橋さんの表情からは何も読み取れない・・・
さぁ~てどっちに転がる?カランコロン。
    


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