昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

水たまりの中の青空 ~第二部~ (二百二十一)

2022-04-19 08:00:24 | 物語り

 母親の位牌の前で手を合わせる小夜子の耳に

「良かったね、小夜子。幸せになるのですよ」と、そんな声が聞こえた気がした。

「お母さん、あたしはお母さんのようにはならないわ。

きっと幸せになってみせる、あたしを見守っていてね」

 目を閉じて母を思い浮かべると、床に就いている姿がある。

青白い顔色の澄江が、精一杯の笑顔で小夜子を見ている。

しかし小夜子が澄江の傍に近づこうとすると、きまって「だめ! お部屋に入ってはいけません」と、か細いながらも強い声が飛ぶ。

 

「小夜子、大丈夫か? 入るぞ、俺にも挨拶をさせてくれ」と、武蔵の声がかぶった。

「いいわよ、入って」。ほほを伝った涙の筋をハンカチでおさえてから答えた。

小夜子の隣に座ると、両の手を合わせて

「御手洗武蔵と申します。

小夜子を伴侶として迎える男でございます。どうぞ、お見知りおきください」と、神妙にする。

 

「くくく、はじめて見たこんなタケゾーは」

笑っているのに、大粒の涙が頬を伝っている。

哀しみの冷たい涙ではなく、温かい涙があふれ出てくるのだ。

「大丈夫だぞ、心配はないぞ。お義父さんの面倒は、しっかりと見るからな」

武蔵の口から“お義父さん”という言葉が出るたびに、蜘蛛の巣に取り込まれていく自分を感じた。

 

“なんだか人質にとられたみたい”。

後悔なのではない、自嘲しているのでもない。

たゞ漠然とした、得体の知れぬものにまとわりつかれている気がする。

武蔵の発する妖気に、包み込まれているのだ。

 

「小夜子、日取りが決まったぞ。

茂作と相談の結果じゃが。村を離れとる者も、お盆には帰省してくるじゃろうからの。

ちと暑いかもしれんが、まあ辛抱してくれ。御手洗さんも、それで宜しいでしょうかな?」

 繁蔵が二人に告げた。

茂作は憮然とした顔つきをしながらも、緩む口元を必死の思いでこらえているようにもみえた。

「分かりました、それで結構です。小夜子、お前も異存はないな? 

大急ぎで、花嫁衣裳を作らなけりゃな。忙しくなるぞ、また」

満面に笑みを浮かべる武蔵に対して、曇りがちな表情を小夜子が見せる。

 

「どうなすった、小夜子さん。具合が悪いかな? 

まだ車酔いが収まってないかのお? 診療所に寄ってみるかの?」

「助役さん、そりゃないぞ。往診させてくださいの。大事な、村の宝なんじゃから」

 助役のことばに、すぐさま繁蔵が噛みついた。

武蔵の横顔を盗み見しながら、その表情を読み取ろうとしていた。

武蔵は「どうする、小夜子。往診してもらうか?」と、心配気に問いかけるだけだった。

「うん……」。力なく、小夜子が答えた。

 


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