昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (五)講談

2024-03-20 08:00:14 | 小説

「講談師、見てきたような嘘をつき」
講談師のかたる講談、ご存じの方もおられると存じます。
なんでも江戸時代の大道芸のひとつだった辻講釈が始まりだと聞いたことがございます。
軍記物やら政談などを主とした歴史読み物を、張り扇でもって釈台を叩いてリズム良く語る話芸だとか。
まさにそれでございます。張り扇は使われませんが、ご自分の声でもって、「タタタン」とその代わりをされるのでございました。

 身振り手振りを交えての熱演でした。
しかしその話に皆さんが引き込まれていたのは確かでございました。
ご老人がひと息吐かれる度に、皆さんもひと息吐くといった具合でした。
そしてお話が終わると同時に、ご老人と同じようにがっくりと肩を落とされたものでございます。
まあ何にしろ、これで終わった、ご老人が退席されるものと、みなさん一様にほっとした表情を見せました。

 が実は、これからだったのです。
 これからご老人の、哀しい物語りがはじまっていくのでした。
 ふと気が付きますと、ご老人がさめざめと泣いておられました。
最前列の峰子さんが
「どうしました、大丈夫ですか? どなたかお家の方に連絡を入れましょうか?」と、声を掛けられました。

 と、かっと目を見開いて、怒ることおこること。
「なに! 誰を呼ぶと言うんじゃ! 妙子か、それとも小夜子を呼んでくれるとでも言うのか? 
おうよ、面白い。呼べるものなら呼んでみよ。おゝ、面白い。呼んでみよ!」

 峰子さんも、唖然とされています。どんな気に障るようなことを言ったのかと、思われているようです。
「いえそんな…あたしは、ただ…。ねえ、あんた。何とか言ってよ」
 お隣に座られているご主人に助けを求められました。
しかしご主人にしても、ただただ、「あの、これが失礼なことを……」と、ご老人の剣幕に気圧されていらっしゃるようで。
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「まあ、いいわ。皆さま、お騒がせして申し訳ありませなんだな。
では、わたしの話を聞いて頂きましようかな。わたくしめと愛娘であめる妙子との、それはそれは哀しいお話を」

 穏やかな表情にもどられたご老人、静かな口調でございました。
が、皆さまはうんざりと言った表情でございます。
しかしここでまた声をかければ、それこそ何を言いだされるか分かりません。
やむなくご老人の話を聞くことになりました。

♪梅は咲いたか、桜はまだかいな。あ、ちょいちょい♪ と、またしても歌いだされたご老人でした。



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