昭和の恋物語り

小説をメインに、時折よもやま話と旅行報告をしていきます。

愛の横顔 ~地獄変~ (九)お為ごかし

2024-04-24 08:00:50 | 小説

 おまんじゅう類だけでは先細りになりはしないかと考えて、妻の反対を押しきって醤油せんべいをつくってみたのでございます。
「かたいおせんべいは他所さまでも作られてるものですよ。
あなたのお饅頭は、だれにもまねのできないほどよい甘さがあるのですから」などと、またしてもお為ごかしのことばを言うのでございます。
まあたしかに、お客さまのお口に合わなかったようでして……。
いえいえ、きっと買ってくださるはずでした。

 ある夕暮れどき、はじめて売れましてございます。
思わず小おどりしてしまうほどでした。
「あなたには負けたわ。
それじゃその、新しく作られたお煎餅を頂こうかしら」
妻の押し付けがましさは我慢なりませんです、はい。
きっと売れるはずなのでございます。

それが証拠に
「美味しかったわよ、また頂くわ」
と仰っていただけるお客さまが、日にひに増えているのでございますから。
「奥さんの太鼓判ですもの、美味しいはずよね」
などと、お客さまにおべっかをつかわせるとは、まったく不届き千万でございます。
それにしてもイヤ味な妻でございます。
今日もきょうとて、これみよがしに大声を張り上げているのでございますから。

娘は、妻に手をあげたわたくしが許せなかったようで、敵意にも似た感情を持ったようでございます。
やりきれない日々がつづきました。
しだいにお店での時間が長くなり、食事も外で済ませるようになりました。
“離縁”ということも頭をよぎりましたが、娘のかよう学校のことを考えるとそれもできませんでした。

……いえ、本当のことを申し上げます。
世間体を気にしてのことでございます。
わたくしどものような和菓子屋は、家庭内のゴタゴタが外にもれますと、たちまち売り上げにひびくのでございます。
考えてもみてください。
ゴタゴタを抱えた職人の作る和菓子が美味しいはずがございません。
実際、
「ご主人がお店番? 以前より、味が落ちたんじゃないの」
などとイヤみを言われたこともございます。

一年近くつづきましたでしょうか、そのような地獄の毎日が。
妻でございますか? いまは店の手伝いもしておりません。
さあ、一日をどのように過ごしていたのか……。
また、嘘をついてしまいました。
じつは、寝込んでおりますです。

もうかれこれ、ふた月になりますでしょうか。
いえいえ、わたくしとのいさかい事が因ではありません。
心労からではございますが、以前から、ときどき寝込むことがございました。
ただ、今回はすこし状態が悪かったようではございます。

 



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